マルチモビディティ(多疾患併存)とは?定義やガイドラインの有無、診療のポイントを解説

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医療知識

公開日:2024.11.28

マルチモビディティ(多疾患併存)とは?定義やガイドラインの有無、診療のポイントを解説

マルチモビディティ(多疾患併存)とは?定義やガイドラインの有無、診療のポイントを解説

臨床に携わる中で、自分の専門領域以外の疾患を抱えている患者さんを診る機会も多いと思います。複数の疾患が併存する状態を「マルチモビディティ」(multimorbidity)といい、高齢化に伴い該当する患者さんが増えています。

マルチモビディティに対しては、単に各疾患のガイドラインなどに沿った診療をするだけなく、多職種連携や包括評価を用いたより良い診療・ケアが必要です。この記事ではマルチモビディティの定義や疫学に触れながら、臨床でどのように意識したら良いか考察します。

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執筆者:三田 大介

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マルチモビディティ(多疾患併存)とは

マルチモビディティの定義

マルチモビディティ(multimorbidity)とは、「multi=複数の」+「morbidity=病的状態・罹病率」から成る言葉で、1人の患者さんに2つ以上の慢性疾患が併発している状態を指します。日本語では訳のとおりに「多疾患併存」と表現されます。

現時点では具体的な疾患の内容や数に統一された基準はなく、「2つ以上の慢性疾患」とされることが一般的です。

マルチモビディティの症例

まずは、架空の症例でマルチモビディティのイメージをつかみましょう。似たような症例を経験している方も多いのではないでしょうか。

【架空症例:Aさん(78歳男性)】
Aさんは過去に健診で慢性閉塞性肺疾患(COPD)と2型糖尿病を指摘され、かかりつけ医から吸入薬と血糖降下薬を継続処方されていた。
定年後に呼吸困難で総合病院を受診したところ、心不全と診断され、以降は循環器科で心保護薬と利尿薬を処方されていた。

2年前に脳卒中となり、急性期病院に入院し、抗血栓療法が開始された。麻痺は軽度で、なんとか歩行ができるようになったため、自宅へと退院した。
認知機能が低下したためか、自身での薬剤管理が困難となった。
脳卒中後、排尿障害で泌尿器科への通院も始まり、排尿改善薬が処方されるようになった。

今回、自宅で転倒してしまい、脊椎を骨折した。

このAさんは、まさに「マルチモビディティ」の状態です。COPD、糖尿病、心不全、脳卒中、骨折といった疾患だけでなく、複数の治療薬を継続服用していることや、認知機能の低下、自宅環境なども診療時に考慮しなくてはいけません。各疾患の診療の組み合わせ以上に、複雑なアプローチが必要であることがおわかりいただけるのではないでしょうか。

マルチモビディティでよくみられる疾患

先述のとおり、マルチモビディティに厳密な定義はありませんが、考慮すべき疾患としては以下のようなものがあります。

糖尿病、呼吸器疾患(COPD・気管支喘息)、高血圧症脳血管障害、心疾患(虚血性心疾患・うっ血性心不全)、不整脈、甲状腺疾患、認知症、うつ病、不安障害、関節疾患、骨粗鬆症、悪性腫瘍、聴力障害、排尿障害(前立腺肥大症・神経因性膀胱など)

太字で強調した5疾患は、2019年に日本プライマリ・ケア連合学会誌に掲載された報告*1マルチモビディティに含まれる慢性疾患(※)の上位5つとして紹介されたものです。

(※)システマティックレビューで抽出された14論文において、50%(7論文)以上がマルチモビディティを定義する際に含める対象とした疾患。(参考資料*1より引用)

マルチモビディティの疫学

マルチモビディティの患者さんがどれくらいいるのかについては、スコットランドの研究が大規模なもので興味深いです*2。なんと約175万人を対象とした観察研究で、23.2%の患者さんに2つ以上の疾患がある、つまりマルチモビディティの状態でした。

この数値は高齢であるほど増加し、65~84歳では64.9%、85歳以上では81.5%にのぼりました。データ自体は少し古いものであり、イギリスも日本と同様に高齢化率が上昇していることを考えると、有病率はさらに上昇しているでしょう。

日本では、75歳以上の高齢者の約65%に、3つ以上の疾患が併存しているとする報告があります*3。男性では高血圧症、冠動脈疾患、消化性潰瘍が、女性では高血圧症、脂質異常症、消化性潰瘍が多いという結果でした。

有病率の高さから考えれば、高齢の患者さんを診療する際はマルチモビディティを念頭に診療することが重要と言えるでしょう。

なぜマルチモビディティが注目されているのか

Red puzzle heart with stethoscope on wooden background

近年マルチモビディティが注目されているのは、該当する患者さんが増えているためだけではありません。マルチモビディティの存在は、患者さん自身、医療従事者の診療・ケア、さらには社会にも影響を与える可能性があります。

患者さんへの影響

冒頭の架空症例のようなケースを見れば想像しやすいことではありますが、マルチモビディティの患者さんは健康予後が悪いことが知られています*4。早期死亡や入院可能性が高く、入院期間が長くなる傾向もあります。身体機能の低下や心理的なストレスにより、生活の質(QOL)も下がってしまいます。

診療・ケアへの影響

各疾患の診療ガイドラインや、治療法に関する研究は、原則として当該疾患のみを扱うため、目の前のマルチモビディティの患者さんにそのまま適応できるとは限りません。

また、マルチモビディティの患者さんは必然的にポリファーマシーになっている可能性も高く、その点もふまえて対策することが必要となります。

冒頭の架空症例では、認知機能が低下した状態で各疾患の治療目標をどこに置くのか、どの治療目標を最も優先するのか、薬剤の相互作用はどうなのか、病態の全貌を把握している人は誰なのかなど、気になることが多くあります。診療やケアにあたって考慮しなければならない点が多く、管理も難しいと言えるでしょう。

社会への影響

マルチモビディティは、社会に対しても悪い影響を与える可能性があります。

マルチモビディティの患者さんは、しばしば複数の医療機関を受診しています。冒頭の架空症例は、決して誇張が過ぎるわけではありません。政府による医療給付実態調査では、1カ月に2件以上の医療機関を受診した人の割合が、協会・組合健保では約20%、国民健康保険で約25%、後期高齢者医療で約55%でした*5。とくに認知機能や歩行能力が低下した高齢者では、受診に伴う労力、ときには家族の負担も無視できません。

マルチモビディティが医療費に与える影響を調査したシステマティックレビューもあります。国による医療制度の違いを前置きしつつも、マルチモビディティがある場合はない場合と比較して2~10倍程度の医療費がかかると結論付けています*6

マルチモビディティについて臨床で意識したいこと

マルチモビディティを抱える患者さんを診察する医師

マルチモビディティに対する介入

マルチモビディティに対する介入の手段としては、以下のようなものがあります。

  • 専門家による介入:医師に対してマルチモビディティの重要性を説き、管理のスキルを学ぶ など
  • 財政的介入:マルチモビディティの管理に対してインセンティブを設けることで、診察時間の延長などリソースの増加を見込む など
  • 組織的介入:多職種によるケアを提供する など
  • 患者中心の介入:患者教育や自己管理のサポートといった、患者さん自身に対する教育を提供する など
出典:Susan M Smith,et al. BMJ 345:e5205,2012(筆者和訳)
https://www.bmj.com/content/345/bmj.e5205(2024年11月28日閲覧)

しかし、ランダム化比較試験を含んだシステマティックレビューでは、マルチモビディティへの介入は臨床結果に影響しなかったとしています*4。試験数がまだ少ない、それぞれの成果がまちまちであるといった課題を明確にしつつ、今後介入効果についてさらなる研究報告が待たれます。

マルチモビディティのガイドラインはある?

国際的には、イギリスのNICE(National Institute for Health and Care Excellence、国立保健医療研究所)より出されたガイドラインがあり、具体的なアプローチについて深く学びたい人の参考になります。

日本では、一定の診療の効果に関するエビデンスがないこともあり、マルチモビディティに特化した診療ガイドラインはまだありません(2024年11月現在)。

しかしマルチモビディティに関連するものとして、たとえば『高齢者総合機能評価(CGA)に基づく診療・ケアガイドライン』や、『高齢者の医薬品適正使用の指針』などは、診療の参考になることでしょう。

地域との関わり・多職種連携

地域包括ケアシステムの推進もあり、地域で生活する高齢者は増えつつあります。そうした中で、マルチモビディティで複数の医療機関を受診する人がいる以上、地域における連携は必須です。

他院でどのような診療が行われているかを知るには、医療機関同士の情報共有のほか、患者さんのご家族や介護スタッフから話を聞くことが推奨されます。

薬局の存在も重要ですが、内閣府が2021年に実施した調査*7,8ではかかりつけ薬局を決めている人の割合は26.0%、70歳以上でも45.2%にとどまっています。お薬手帳を利用している人の割合は増えていますが(全体の71.1%、70歳以上では84.6%)、地域連携を強化する上ではさらなる普及が必要でしょう。

マルチモビディティの患者さんへのケアについて、家庭医にインタビューをしたベルギーの研究があります*9。参加したすべての医師が、多職種連携が患者ケアに関する新たな視点を生むと回答しています。

日本の医療制度において、医師は多職種連携の起点になります。マルチモビディティについては、まだエビデンスのある介入方法は確立されていませんが、目の前の患者さんとご家族の満足度を高めていく取り組みは重要です。薬局やケアマネージャー、ときには他施設の医師などと連携していけると、より良い診療・ケアへとつながるでしょう。

まとめ

マルチモビディティを抱える患者さんは今後も増加することが予想され、医療を提供する側にとっても重要な課題です。個々の疾患に対する医療はもちろんですが、患者さんのQOL向上のためにも包括的なケアを提供することが求められます。そのためには地域や多職種で連携しながら、患者さんの生活背景や価値観にも寄り添うことが重要です。マルチモビディティの研究はまだ発展途上ですが、今後の研究成果や情報に注目しながら、より良い診療を目指しましょう。

▼参考資料
Søren T Skou,et al.:Multimorbidity.Nat Rev Dis Primers 8:Article number 48,2022
木村琢磨:多疾患併存.日本内科学会雑誌 108(4):764-769,2019
髙橋亮太ほか:プライマリケアにおける multimorbidity の現状と課題.日本プライマリ・ケア連合学会誌 42(4):213-219,2019(*1)
Karen Barnett,et al.:Epidemiology of multimorbidity and implications for health care, research, and medical education: a cross-sectional study.Lancet 380(9836):37-43, 2012(*2)
Seigo Mitsutake,et al.:Patterns of Co-Occurrence of Chronic Disease Among Older Adults in Tokyo, Japan.Prev Chronic Dis 16:E11,2019(*3)
Interventions for improving outcomes in patients with multimorbidity in primary care and community settings|Cochrane Library(Cochrane Database of Systematic Reviews)(*4)
令和4年度医療給付実態調査 報告書 Ⅱ調査結果の概要|政府統計の総合窓口 e-Stat(*5)

 └表10  制度別、受診した医療機関数別患者割合(令和5年3月)

Lili Wang,et al.:A Systematic Review of Cost-of-Illness Studies of Multimorbidity.Appl Health Econ Health Policy 16(1):15-29,2018(*6)
Susan M Smith,et al.:Managing patients with multimorbidity: systematic review of interventions in primary care and community settings.BMJ 345:e5205,2012
薬局の利用に関する世論調査(令和2年10月調査)|内閣府世論調査(*7)
「薬局の利用に関する世論調査」の公表について|日本薬剤師会(*8)
Pauline Boeckxstaens,et al.:Perspectives of specialists and family physicians in interprofessional teams in caring for patients with multimorbidity: a qualitative study.CMAJ Open 8(2):E251-E256,2020(*9)
三田 大介

執筆者:三田 大介

理学療法士から再受験し、現在はリハビリテーション科医師として病院勤務。より多くの人に正しい医療知識を届けたいとライター活動を開始。医師、理学療法士の両方の視点を活かしながら、企業などのオウンドメディアを中心に医療・健康に関する記事を執筆。


▶X(旧Twitter)|@sanda_igaku

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