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公開日:2023.07.21
多職種連携時代の医師コミュニケーション術
【医師の業務スキルに直結するコミュニケーション】vol.1 医療用文書 ~カルテを用いてコミュニケーションする相手は誰だ?~
社会人に、職場でのコミュニケーションスキルは欠かせません。医師の場合は患者さまとそのご家族への接遇はもちろん、医師同士(上級医・同僚・後進)、看護師・薬剤師・コメディカル・事務スタッフといった他職種との連携など、さまざまな人間関係を抱えることが多く、周囲とのコミュニケーションがうまくいかず悩んでいる方も多いのではないでしょうか。
デジタル技術の革新やコロナ禍を経て、コミュニケーションそのものも多様化している昨今。いまを生きる医師に必要な「医師同士・他職種とのコミュニケーション」について、2名の現役医師にレクチャーいただきます。
病理医であり、SNSなどで「Dr.ヤンデル」としても知られる市原真先生には、2つのテーマで6回にわたり執筆いただきます。テーマは「医師の業務スキルに直結するコミュニケーション」と「医療現場のコミュニケーションにSNSやチャットツールは使えるか」。
今回は「医師の業務スキルに直結するコミュニケーション」(全3回)の初回です。
執筆者:市原 真
「コミュニケーションなき医療」の誘惑に負けないで
みなさんこんにちは。市原と申します。医師に必要なコミュニケーションについて、今日から6回に分けて述べさせていただきます。よろしくお願いいたします。
本論に入る前に一言。ベテラン医師の中には、それなりの確率で、
「医師同士で双方向コミュニケーションなんかそんなに真剣に考えなくていい。とにかく自分が言ったことを相手が聞けばそれでいい。シンプルなやりとりで医業は回る。最悪、訴訟に負けなければいい」
というお考えをお持ちの方がいらっしゃいます。長く安全に医師を続けていこうと思うあまり、他者とのかかわりを軽視してしまう気持ちはわからなくもないです。あるいは、こういう方は、過去に職場の人間関係でご苦労なさったのかもしれませんね。
しかし、あえて厳しいことを言いますが、「その程度の医師」を目指さないでください。
私たちは、高度なコミュニケーションによって業務の質を高めることができるタイプの職業人です。双方向コミュニケーションなしで医療が行えるという幻想は捨てましょう。それは人がやるべき仕事ではありません。AIに仕事を奪われますよ。自らの可能性を小さくまとめないでいただきたいと思います。
コミュニケーションを切り分ける
気を取り直して、医師の業務スキルに直結するコミュニケーションについて見ていきます。「場」ごとに切り分けて考えるのが良いと思いますので、連載もそのように進めてまいります。
Vol.1では「医療用文書(カルテ・紹介状・説明文書)」。Vol.2では「電話・カンファレンス」。Vol.3では「論文・学会」を取り上げます。
これらは医業を為すにあたって相互補完的な関係となっており、カヴァーする局面だけでなく、用いるべきスキルもそれぞれ異なります。どれも対象は医師(または医療従事者)で、伝達すべき内容も基本的には「患者についての情報」ですから、共通点は多いように思えますが、メソッドは使い分けるべきです。文書には文書の、会話には会話の固有スキルを発動させましょう。
カルテに小細工は不要
まずは医療用文書について。
最初に身も蓋もないことを言いますと、雑誌やブログなどでたまに「カルテを上手に使ってコミュニケーションしましょう!」みたいなことを書いている方を目にします。しかしこれはかなりの理想論であり、実際にはそううまくはいきません。
なぜなら、医療用文書は「他人とのコミュニケーションに用いるための余白が少ない」からです。
カルテのような医療用文書は、「後日裁判に資料として提出される可能性がある」ということを忘れてはいけません。「証拠」という性質が強く、安易に個人の思惑でアレンジできるものではありません。コミュニケーションのきっかけにしようと独自の書き方を導入したところで、院内の医療安全委員会に指摘されて書き方を元に戻させられるのがオチです。
カルテの記載を科内で統一するくらいならいいですが、専攻医の教育に使うとか、患者とのやりとりにまで拡張するといった試みは、実際に現場で運用してみると細かい部分でめんどうが増えるばかりで、まず定着しません。SOAPくらいならいいと思いますけれども、「○○法」みたいな海外の手法を取り入れても覚えきれない/使いきれないことがほとんどです。その手法を知らないほかの医師・医療者から「こいつは何をグチャグチャと分類してるんだ?」と悪印象を持たれることすらあるでしょう。
カルテの「書き方」で無理をする必要はないです。医療系文書を他者とのコミュニケーションに(現状以上に)活用するのは困難だと思ってください。
セルフ・フィードバックの場としてのカルテ
だったらこの記事は何なんだ、とびっくりした方もいらっしゃるかもしれませんが、慌てないでください。カルテは他者とのコミュニケーションには使いづらいですが、「自分とのコミュニケーション」に便利です。ここからが今日の本題です。
「言語化すること」は高度なスキルです。客観的な事実だろうと、自分の脳内で展開される主観であろうと、です。自分の脳や五感が非言語的に捉えていることを、誰もが読んで理解できる文字情報に直す作業は、きちんと訓練しないと身に付きません。
「SOAPを分けて書く」とか「時制で整理する」といったメソッドは、一見役に立ちそうですし、学歴社会でサバイブしてきた医師ならばわりと造作もなく修得できるでしょうが、大事なのはそこではありません。いくらSOAPを分けたところで、「臨床の多様なゲシュタルトを言語化能力が低い状態でかろうじて客観視したカルテ」なんてものは、単なる「言った・言わないの記録」にしかならないのです。
では、言語化能力はどうやって訓練したらよいでしょうか? それには「脳の中と外とを頻繁にコミュニケーションさせること」が有効です。言語化→自分で読んでチェック→言語化→チェックの繰り返し。「自分の脳」と「自分が書いたもの」とを地道に照らし合わせるのが、結局は一番役に立ちます。
ただし、私たちは医業に忙しいので、言語化術を専門的に学ぶ時間はないですね。そこで、カルテや他院への紹介状など、医業で文章を書く機会を利用してスキルアップにつなげましょう。「どうせ仕事で書くのだから、トレーニングにもしてしまう」ということです。
医師がセルフ・フィードバックをかけるチャンスはカルテにあります。カルテとは「患者と会うたびに自分の文章と自動的に出会い直すシステム」なので、ここを活用しない手はないです。3カ月前の外来でカルテを記載した過去の自分に、3カ月分だけ先輩になった今の自分がメンターとして付くことができるわけです。
過去の自分が記載した内容を先輩医師目線で読み、「言いたいことはわかるけどこれだと伝わらないよ、こっちの方がいいよ」と、やさしくフィードバックしましょう。自分ですのでパワハラの心配もありません。新たな情報を元にサマリーをわかりやすく更新していくのです。
「あのとき患者から感じた違和はそういうことじゃなかった気がするんだよな」とか、「アセスメントでCRPを一番上に書いてるけど本当はD-dimerが気になったんだっけな」みたいに、記憶と記録の齟齬が少しでも感じられたら、そこに自分の言語化スキルの改善ポイントが潜んでいます。
ちなみに、カルテのサマライズなんかしないだろ、だって「証拠」だもの、とお考えの方はいらっしゃいませんか? まあわからなくもないのですが、カルテを前回のコピペ+書き足しでどんどん長くしていく現象はJAMA誌で「ジョン・レノンの肘」と呼ばれて酷評されています*1。
◆◆◆
ここまで、カルテなどの医療用文書とコミュニケーションの関係を見てきました。
今日の内容ってメタ認知の話だよね、と思われた方もいらっしゃるでしょう。ただ、文章の能力を鍛えるにあたっては、その場その場で自分の文章をメタ認知するよりも、「時間をおいて自分を他人として用いる」ほうが運用しやすいということを付記しておきます。
「自分はこういう論理を使いがち」というのを理解しておくことは、そのまま、他者とのコミュニケーションに応用することができます。まずは自分とコミュニケーションする力を鍛えて、しかるのちに、他の医療者とのコミュニケーションを見据えましょう。
次回、「電話・カンファレンス」についてお話しします。
- 第1回
- 第2回
- vol.1:
すれ違いはなぜ起きる?
- vol.2:
- 第3回
- 第4回
- 第5回
- vol.1:
医療用文書 ~カルテを用いてコミュニケーションする相手は誰だ?~
- vol.2:
- vol.3:
- 第6回
- vol.1:
- vol.2:
- vol.3:
執筆者:市原 真
1978年生まれ。2003年北海道大学医学部卒。国立がんセンター中央病院研修後、札幌厚生病院病理診断科(現・主任部長)。博士(医学)。病理専門医、細胞診専門医、臨床検査管理医。日本病理学会社会への情報発信委員会委員、日本デジタルパソロジー研究会広報委員長、日本超音波医学会広報委員・教育委員。病理学・消化器内科学・超音波医学・看護学などの著書多数。一般書も多く手がける。
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