【医師の業務スキルに直結するコミュニケーション】vol.3 論文・学会 ~研究精神の効能、あなたには可能性しかない~

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スキルアップ

公開日:2023.07.26

多職種連携時代の医師コミュニケーション術

【医師の業務スキルに直結するコミュニケーション】vol.3 論文・学会 ~研究精神の効能、あなたには可能性しかない~

【医師の業務スキルに直結するコミュニケーション】vol.3 論文・学会 ~研究精神の効能、あなたには可能性しかない~

いまを生きる医師に必要な、医師同士・他職種とのコミュニケーションについてお送りする連載企画。今日は、市原真先生による「医師の業務スキルに直結するコミュニケーション」(全3回)の最終回です。

みなさんこんにちは。市原でございます。「業務スキルに直結するコミュニケーション」の3回目は、「論文・学会」を取り上げます。

「つまり研究かあ。今日のは読まなくていいや」と感じた方はいらっしゃいますか? お引き留めはしませんが、もしあなたが「自分は臨床をやりたいから研究の話は要らない」という意味でこの記事を閉じようと思っていらっしゃるのでしたら、ちょっと待ってください。これからお見せするものは、そういうあなたにこそ読んでいただきたい内容です。

医師は、研究精神を持つことで、自分の臨床力を高めることができますこれはあらゆる医師に言えることであり、例外はありません

研究が単に「アカデミアにおけるキャリア形成に役立つもの」や、「自分の興味や向上心を満たすためのもの」だと思っていらっしゃるなら、それは勘違いです。「研究をはじめたら臨床から距離を置かなければいけない」というのも不正確です。一部の限られた、医学研究という魔界に魂を持っていかれた人たちの話ばかり聞いていると、往々にしてそういう誤認が起こりがちですが、実際には研究というのはもっと幅広い概念です。あなたの自由なキャリアのどこにでも、研究を取り入れることができます。

そして、研究精神をある種のコミュニケーションスキルとセットで運用すると抜群に応用しやすくなります。しかもそのスキルは、ここまでの2回の記事でお話ししてきた内容とオーバーラップします。さっそく見ていきましょう。

症例報告で頻繁に用いられるフレーズを使わない手はない

本連載のvol.1で、「カルテを使って3カ月前の自分とコミュニケーションを取る」ことをおすすめしました。実際に、自らの文章を読み直してフィードバックをかけていこうとすると、おそらくすぐに、「患者のことをより的確に表した言葉」が欲しくなると思います。語彙が足りないため、患者を取り巻く状況や病態のニュアンスをうまく言い表せないことに気付くのです。

そういうとき、往々にして、勤め先の先輩や同僚が使っているイディオムを真似して使ってしまいがちですが、それは劣化コピーとしての自分を許容することにつながりますからあまりおすすめしません。ぜひ、症例報告を読んでください。患者の病態や病名で検索し、直近の論文をいくつか見比べ、共通して使われている言葉をカルテなどの日常業務にどんどん取り入れましょう。

ちなみに、レベルの高い症例報告では、「はじめに」(introduction)がきわめて優れたミニレビューになっているのをご存じでしょうか*。既報で指摘された概念、現状わかっていないこと、論争になっていること、クリニカルクエスチョンなどがコンパクトにまとまっており、短時間で疾患や病態の全貌をつかむのに大変便利です。

症例報告を読んで語彙を集め、領域の簡単なまとめをさっと読むクセを身に付けると、1年もしないうちに臨床力がぐんぐん向上します。......というか、症例報告を読んでいない医師があっという間に置いていかれる、と言ったほうがいいかもしれません。

*医療法人社団永生会南多摩病院の國松淳和先生に教えていただいた考え方です。この場を借りて御礼申し上げます。

症例報告に入り込んだ「偏り」を見出すことはハイレベルトレーニングである

症例報告を読む習慣を付けると、ほかにもいいことが起こります。前回のvol.2で、カンファレンスではほかの医師のプレゼンを聞きながら「事実の説明」と「解釈」とをきちんと分けて整理しようと申し上げました。客観と主観の切り分けです。これを、症例報告でもやってみましょう。

えっ、論文に主観なんて入ってるの? せいぜい考察(discussion)の最後にちょっと出てくるくらいなのでは? と思われるかもしれません。しかし、症例報告を批判的に吟味すると、ほとんどの論文には「無意識的に紛れ込んだ主観」がたくさんちりばめられています。

たとえば、「この検査値の変化が診断に有用であった」とか、「この画像所見が有用であった」と結論付けた論文のほとんどは、一見客観的に記述されているように見えても、実際には著者の視座でないとよく見えない/用いづらい/あてはまらない判断がかなり多く含まれています。「ハイボリュームセンターであり困難症例の紹介が多い」とか「近年話題の疾患なので話題にのぼる確率が高い」などといった前提で生まれた、良く言えば「会心の診療」、意地悪く言えば「たまたまうまくいった成功例」が症例報告として報告されているのです。

それが悪いと言いたいのではありません。むしろ、バイアスと主観的判断を含んだリアルワールドの空気を伝えてくれることこそが症例報告の醍醐味であると思います。私たちの診療には常に無数の偏りが潜んでおり、無意識に私たちはそれらを主観的に処理しているはずだ、と自己の思考プロセスの偏りを自覚することが、上級医となるための第一歩ではないでしょうか

名医の話は、論文をある程度読んでおかないと十分に活用できない

さまざまな臨床論文が日々出版されています。とくに、薬剤の有効性や診断基準の妥当性を検討する臨床試験は、チェックしておくに越したことはありません。しかし、忙しい臨床の合間にすべてをキャッチアップするのは難しいですよね。

幸い、今はいろいろなウェブセミナーが開催されています。自分で論文を読まなくても、各界のエースやレジェンドが日替わりで「流行りの診療」を解説してくれます。いい世の中になったなあと思います。

ただし、論文を読む習慣があまりになさすぎると、いくら人に説明してもらっても理解できません。ここでも語彙が必要になります。タイムパフォーマンスを重視したい人は、症例報告やケースシリーズなど比較的ライトな報告を読んで脳内の「研究精神」を維持しつつ、ウェブセミナーなどを活用して多施設共同研究の結果やガイドラインの読み解きをすれば、効果的に情報のアップデートができます。

論文だけ書いていてもだめ、研究会や学会でほかの研究者に「顔見せ」しよう

最後に、「論文を読むだけでなく、自分で研究をしたい医師」へのアドバイスです。

アカデミアのポストを得るときに評価の対象となるのは主に英文誌の原著(article)です。症例報告や短報、あるいは学会での報告などは、(タテマエ上はともかく)出世の役にはあまり立ちません。

それを知ってか、「学会発表なんていくらやっても実績にならないから無駄。さっさとarticleを執筆したほうがいい」と述べて、学会に出席しない医師がいるようです。

それは機会損失です。

学会報告はとても大事です。なぜなら、今の時代、論文だけを書いていても、ほかの研究者に見つけてもらえないからです。

近年、AI系の研究が非常に多いので、これを例に取って説明します。あらゆる医学領域でAIに関する論文が毎日出版されています。「メドアーカイブ」(medRxiv)にプレプリントだけ載せて、査読のヒマも惜しんで研究を先に進めている例もみられます。しかし、これらのほとんどは臨床応用までたどり着きません。たくさん論文が出ているわりにいつまでも臨床が変わらないのです。

「知を拡充するための研究」はすばらしいことですし、「投資家から資金を手に入れるための研究」にもおもしろみがあります。しかし、AIという素晴らしいテクノロジーが、診療や患者のために活用しきれていない現状は、正直、さみしく感じられます。

なぜAI研究が臨床に還元されにくいのかについては、さまざまな理由が思い浮かびますが、AIを実際に用いる現場の人びとが学術成果に気付いていないという側面がわりと問題です。研究結果が医療現場やメーカーと共有されなければ、商品としてのAIがパッケージ化されませんし、臨床試験に乗りませんし、PMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)の承認を通りませんし、保険収載もされません。

IF(インパクトファクター)が高い論文だけを狙って執筆に勤しんでいれば大学で出世はできるでしょうし、科研費も取れるでしょう。でも、それだとコラボの波は広がっていきません。学会に出て同じセッションの人たちと交流しましょう。

これからの時代、続々と発表される基礎研究の成果を、他領域とコミュニケーションして臨床応用していくパワフルな人材が求められています。それは医学部を中退してベンチャーを立ち上げるタイプの人かもしれませんが、学会で得た縁を元に多職種連携する臨床医であってもいいわけです。チーム医療ならぬチーム研究で医学を次の世界に連れて行ってくれる人がたくさん育ってほしい、というのが私の願いです。

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以上、3回にわたって「業務スキルに直結するコミュニケーション」についてお届けしました。次回からは、「医療現場(医師・スタッフ間)でSNSやチャットツールは使えるか」という、なかなかニッチな、しかし意外と興味のある人が多そうな話題についてお話しさせていただきます。

市原 真

執筆者:市原 真

1978年生まれ。2003年北海道大学医学部卒。国立がんセンター中央病院研修後、札幌厚生病院病理診断科(現・主任部長)。博士(医学)。病理専門医、細胞診専門医、臨床検査管理医。日本病理学会社会への情報発信委員会委員、日本デジタルパソロジー研究会広報委員長、日本超音波医学会広報委員・教育委員。病理学・消化器内科学・超音波医学・看護学などの著書多数。一般書も多く手がける。


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