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「コミュニケーションエイド」という単語を聞いたことはあるでしょうか。一般に、身体機能に障害がある方の発話を補助するデバイスやアプリケーションを指します。
この記事では医師の方々に向けて、コミュニケーションエイドの概要や対象疾患、具体的な機器の選択例などを解説します。
執筆者:竹内 想
コミュニケーションエイドとは
「コミュニケーションエイド」(communication aid/aids)とは、文字通りコミュニケーションを支援するためのもので、多くは身体機能に障害がある方の発話補助に利用するデバイスやアプリケーションを指します。
たとえば、脳梗塞の後遺症として四肢麻痺があれば、姿勢の維持や歩行を補助するための補装具短下肢装具を、加齢により身体機能が衰えると、歩行を補助するための歩行器や杖を使います。 同様に、発話機能に障害がある場合にスムーズな意思疎通を行えるようサポートしてくれるのが、コミュニケーションエイドです。
コミュニケーションエイドの対象疾患
コミュニケーションエイドが使われるのは、進行性の神経・筋疾患や、事故の後遺症などによって発話が難しい場合です。疾患として代表的なのは筋萎縮性側索硬化症(ALS)でしょう。
ALSは、上位/下位運動ニューロンが選択的に障害される神経変性疾患です。筋肉をうまく動かすことができなくなる一方、意識は清明で知的機能も保たれます。他者とのコミュニケーションに必要な発話のほか、最終的には呼吸筋も機能しなくなってしまう(気管切開と人工呼吸器の装着が必要になります)ため、神経疾患の中でもコミュニケーション手段の確保がとくに重要となる疾患です。
ALS以外の疾患では、進行性筋ジストロフィー症、中枢神経損傷による麻痺(頸髄損傷による四肢麻痺など)、重度脳性麻痺などが、コミュニケーションエイドの対象疾患となります。
コミュニケーションエイドの種類
コミュニケーションエイドが具体的にどんなものなのか、見ていきましょう。
デバイス
コミュニケーションエイドとして従来から用いられているのは、デバイス型のものです。具体例をご紹介していきます。
携帯用会話補助装置
ひらがな50音の文字盤を押すことで、対応する音声が出力される装置です。よく使う語句や急ぎのコメントは、メッセージとしてあらかじめ登録しておくことで簡単に呼び出すことができます。代表的な製品として「トーキングエイド」シリーズ(株式会社ユープラス/株式会社バンダイナムコゲームス)があります。
VOCA(音声出力コミュニケーションエイド)
肉声で短い言葉を録音しておき、丸い大きなプレートを指先や肘・踵などで押して操作する装置です。携帯用会話補助装置と比べてスイッチが大きいため、細かな動作が難しい場合も利用しやすいのが特徴です。
重度障害者用意思伝達装置
より重度な障害を持つ人でも利用できる装置で、「文字等走査入力方式」と「生体現象方式」に大きく分けられます。
文字等走査入力方式の装置では、画面に表示された文字やシンボルを1つのスイッチで選択し、文章作成を行うことができます。たとえば「す」を選択する際、50音表で「あ行」「か行」...と順に選択箇所が移動(スキャン)していくので、さ行でスイッチ操作を行います。その後は「さ」「し」「す」と順番に移動していくので、「す」のときにスイッチ操作を行うと「す」が選択される、という仕組みです。代表的な製品として「伝の心」(日立ケーイーシステムズ)があります。
一方の生体現象方式の装置は、スイッチ操作が難しい場合に用いられます。脳波や脳血流などの生体現象を利用し、「はい・いいえ」を判定できます。代表的な製品として、脳波や筋電を利用する「MCTOS(マクトス)」(株式会社テクノスジャパン)や、脳血流を利用する「心語り」「新心語り」シリーズ(エクセル・オブ・メカトロニクス株式会社/ダブル技研株式会社)があります。
アプリ
従来、コミュニケーションエイドはデバイスそのもののことを指していましたが、近年はスマートフォンやタブレット端末の普及に伴い、アプリケーションも発達しています。先ほど紹介した「トーキングエイド」シリーズも、iPadやiPhone、Windows版のアプリが展開されています。
世界で最もシェア率の高いタブレット端末であるiPadには、そのOS(iPadOS)に「アクセシビリティ」という機能が標準搭載されています(この機能はiPhone(iOS)でも利用できます)。この機能を活用すると、端末のハンズフリー操作や音声入力、ほかのデバイスの遠隔操作などが可能になります。
2023年9月にリリースされたiOS17では、「Live Speech」や「Personal Voice」と呼ばれる機能も導入されました。Live Speechは、電話や対面での会話中に自分が話したいことをタイプして読み上げてくれる機能です。よく使うフレーズを保存しておけば、実際の会話ですばやく使うことができます。
Personal Voiceは、iPhoneやiPadでランダムに選ばれたテキストセットを読み上げ、その音声を15分間録音します。ALSのように、徐々に発話能力が失われる疾患の場合、あらかじめ自分の音声を録音しておけば、自分の声のように合成された音声を生涯利用することができます(自分の声を元にしたボーカロイドを作るようなものと考えると理解しやすいでしょう)。
こうしたApple社の純正機能以外にも、コミュニケーションエイドとして活用できるアプリケーションは複数登場しています。
コミュニケーションエイドの選択と導入
実際にコミュニケーションエイドの活用を考える際、複数の機器からどのように選択をすれば良いでしょうか。
まず、本人の身体状況(スイッチ操作が可能かどうか)が大きく関係します。身体障害が軽ければ、キーボードやタッチパネルによる入力操作が可能ですが、障害が重度であれば、視線を使った入力形式(オートスキャン、ステップスキャンと呼ばれるもの)が必要となります。
そのほか、患者さんや当事者のニーズ(相手と対面でコミュニケーションを取りたいのか、文字として残したいのか)や、パソコンなどの端末の利用経験を十分考慮する必要があるでしょう。他者とのコミュニケーションは、QOLに大きく影響する要素です。本人の意向をふまえ、適切なコミュニケーションエイドを選択することでQOL向上が期待できます。
コミュニケーションエイドの今後の展望
コミュニケーションエイドのうち、旧来型のデバイスは高価な傾向があります。コミュニケーションエイドは国の補助金が適応されたり、非課税対象となっていたりするため、販売価格が補助金の上限額と同様に設定されるなど、補助金の利用が前提になっていると言えます。しかし今後は販売価格自体の値下げが望まれるでしょう。
また、操作方法がより簡便になること、機能がより充実することが望まれるため、その方向で開発が進んでいくものと考えられます。
コミュニケーションエイドがより広く普及し、対象となるすべての人が利用できるようになれば、発話障害に苦しむ方々のQOL向上、自立や社会参加の促進にもつながると期待できます。障害の当事者だけでなく、コミュニケーションの相手となり得るすべての人にとって、コミュニケーションエイドが身近な存在になる必要があり、そのためにまずは私たち医師が、理解を深めておく必要があると言えるでしょう。
まとめ
今回はコミュニケーションエイドの概要や具体例について紹介しました。疾患によりコミュニケーションをうまく取れなくなっても、コミュニケーションエイドを利用することで、自身の意思を伝えやすくなります。本人の考えが周囲に伝われば、医療・介護の質や、生活の質を向上させることができます。近年はアプリケーションなどのソフトウェアで提供されるものが増えており、タブレットやスマートフォンを通してより広く普及する可能性を秘めていることから、今後のさらなる展開が期待されます。
執筆者:竹内 想
大学卒業後、市中病院での初期研修や大学院を経て現在は主に皮膚科医として勤務中。
自身の経験を活かして医学生〜初期研修医に向けての記事作成や、皮膚科関連のWEB記事監修/執筆を行っている。
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