【皮膚科医解説】「アピアランスケア」とは?がん診療に携わる医師が知っておきたい基本事項

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医療知識

公開日:2024.07.23

【皮膚科医解説】「アピアランスケア」とは?がん診療に携わる医師が知っておきたい基本事項

【皮膚科医解説】「アピアランスケア」とは?がん診療に携わる医師が知っておきたい基本事項

医師の皆さん、「アピアランスケア」という言葉をご存知でしょうか。がんやその治療によって生じる「外見の変化に対するケア」を指します。抗がん剤による副作用で生じた脱毛に対してウィッグを使用するケースは想像しやすいでしょう。

外見の変化は治療を進めていく上で問題となる場合も多く、アピアランスケアは近年注目されている概念です。医師の場合は皮膚科や腫瘍内科で扱うことが多いですが、がんの診療に携わる医師であれば関わり得ることでしょう。

この記事ではアピアランスケアの概要や重視されるようになった背景、具体的な事例などを解説します。

アピアランスケアとは

外見の変化に悩み病室でうずくまる女性がん患者

アピアランス(appearance)は「外見」、つまりアピアランスケアとは「外見に対するケア」という意味です。

具体的には、がんやその治療で外見の変化が生じる患者さんに対するケアを指します。厚生労働省は「医学的・整容的・心理社会的支援を用いて、外見の変化を補完し、外見の変化に起因するがん患者の苦痛を軽減するケア*1と定義しています。

主に薬物療法や乳房再建などが想起されがちですが、外見の変化で患者さんが抱える苦痛は、症状そのものだけではありません。がんであることが周囲にわかり、周囲から過剰に気を使われてしまうのではないか、といった不安なども含まれます。単に美容・整容面に介入するだけでなく、心理的・社会的な介入も求められると言えるでしょう。

国や学会の動向

国の「がん対策推進基本計画」においても、2018年(第3期)に外見の変化が言及されるようになりました。「がん患者等の就労を含めた社会的な問題(サバイバーシップ支援)」の項目の中で「治療に伴う外見(アピアランス)の変化(中略)といった社会的な課題への対策が求められている」と記載されています。

2023年(第4期)からは、"がんとの共生"に必要な取り組みとして、アピアランスケアがより具体的に取り上げられるようになりました。以下のような記載があります。

(現状・課題)※一部抜粋

がん医療の進歩によって治療を継続しながら社会生活を送るがん患者が増加している。がんの治療と学業や仕事との両立を可能とし、治療後も同様の生活を維持する上で、治療に伴う外見変化に対する医療現場におけるサポートの重要性が認識されている

(取り組むべき施策)

国は、アピアランスケアについて、患者やその家族等が正しい知識を身につけられるよう、医療従事者を対象とした研修等を引き続き開催するとともに、相談支援及び情報提供の在り方について検討する。

国は、アピアランスケアの充実に向けて、拠点病院等を中心としたアピアランスケアに係る相談支援・情報提供体制の構築について検討する。

厚生労働省「第4期がん対策推進基本計画」(令和5年3月)p.44・45より引用
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001138884.pdf

学会による活動も進んでおり、2016年には『がん治療におけるアピアランスケアガイドライン』が取りまとめられました。2021年に改訂され、インターネット上で公開もされています。

アピアランスケアが重視される背景

抗がん剤治療による脱毛など、がん患者さんの外見に影響する副作用は最近知られるようになったわけではありません。

ではなぜ、近年アピアランスケアが重視されるようになったのでしょうか。これにはいくつかの理由が考えられます。

がん患者増加に伴うQOLへの意識の高まり

日本では高齢化に伴いがんの患者数が増加していますが、がんの治療成績(5年生存率)も上昇しています。また、健康寿命の延伸によって高齢者の就労率も上昇傾向です。つまり、働きながらがん治療をする人が増えているということです。

がん治療では生存期間(OS:overall survival)の延長が重要であることは間違いありませんが、単なる治療成績だけでなく、患者さんの生活の質(QOL)を保つことも重視されるようになっていると考えられます。

外来化学療法の普及

QOLの重視により、外来化学療法も普及しています。入院で抗がん剤治療を行う場合もありますが、なるべく外来での化学療法を選択することがスタンダードになってきています。

2000年以降の診療報酬における外来化学療法加算やDPC制度の導入なども、これを後押ししてきたと言えます。

従来と異なる副作用の増加

従来の殺細胞性抗がん剤だけでなく、近年は分子標的薬が使われる頻度が増えています。従来の抗がん剤とは異なる有害事象が知られており、その中には複数の皮膚症状が含まれています。たとえば下記のような症状です。

  • ソラフェニブ:手足症候群
  • セツキシマブ:ざ瘡様皮疹

こうした有害事象の増加も、アピアランスケアが注目されるようになった背景の一つと言えます。

アピアランスケアの具体例

ここでは、アピアランスケアに関わる、化学療法や放射線治療に伴う症状をいくつか紹介します。『がん治療におけるアピアランスケアガイドライン 2021年版』で概説されている治療法や日常整容とともに見ていきましょう。

脱毛

脱毛は化学療法による副作用として、一般的にも広く認識されています。頭髪だけでなく、眉毛やまつ毛でも生じる場合があります。

症状の程度は化学療法の種類によっても異なりますが、とくにパクリタキセルやドキソルビシンは脱毛を生じやすい抗がん剤として知られています。ウィッグの使用など、非薬物療法で対応することが一般的です。

色素沈着

色素沈着は、表皮や真皮におけるメラニンの増加で生じます。とくにシクロホスファミドなど、アルキル化薬に伴う副作用として知られています。

予防や治療ではメラニンやそれを産生するメラノサイトがターゲットとなり、ビタミンCやトラネキサム酸を用いることがあります。

乾皮症

乾皮症は読んで字のごとく皮膚の乾燥症状、いわゆる乾燥肌のことです。皮膚の水分量が減少することで皮膚バリア機能が低下し、炎症を惹起しやすくなったり瘙痒感を引き起こしたりします(体質的に肌が乾燥しやすいことは、アトピー性皮膚炎の原因にもなります)。

乾皮症治療の基本は医療用保湿薬の外用ですが、二次性に湿疹病変をきたしている場合はステロイド外用薬、瘙痒感軽減を目的とする場合は抗ヒスタミン薬内服を選択することもあります。

手足症候群

手足症候群は抗がん剤によって手掌足底の皮膚や爪に起こる症状の総称で、紅斑や疼痛・水疱形成などが見られます。従来薬(5-FUなど)の副作用として知られていましたが、近年は分子標的薬であるマルチキナーゼ阻害薬(ソラフェニブなど)の副作用として問題になることが多くなっています。

治療には医療用保湿薬やステロイド外用薬を使いますが、内服薬としてミノサイクリンやステロイド、ビタミンB6製剤を処方することもあります。

ざ瘡様皮疹

ざ瘡はニキビの医学用語で、顔や前胸部・背部などに毛孔一致性の紅色丘疹や膿疱がみられます。分子標的薬、とくにEGFR阻害薬投与に伴うことが多く、思春期に見られる通常のざ瘡と比べて瘙痒感や疼痛を伴うことが特徴です。

通常のざ瘡では外用薬として抗生物質が使われますが、ざ瘡用皮疹では積極的にステロイドを用います。ざ瘡の原因である毛包閉塞に対する外用治療としてアダパレンゲルや過酸化ベンゾイルゲル、内服抗生物質としてミノサイクリンなどを処方する場合もあります。セツキシマブでは発症率が高いため、予防的に抗生物質を内服することもあります。

爪囲炎(爪周囲炎)

分子標的薬に伴う副作用として、爪周囲の発赤や疼痛・腫脹が生じることがあります。この状態が続くと不良肉芽(爪囲肉芽腫)をきたすため、注意が必要です。

治療にはステロイド外用薬の使用や適切な爪切り方法の指導、テーピングなどがあります。症状が強い場合は肉芽部分を液体窒素で凍結する治療や、部分的な抜爪術(フェノール法)を実施することもあります。

放射線皮膚炎

放射線皮膚炎は放射線照射によって生じる皮膚炎です。炎症の程度が弱ければ紅斑のみですが、症状が強い場合はびらんや潰瘍をきたすことがあります。

放射線照射により皮膚のバリア機能が破綻することが原因の一つであるため、洗浄や保湿薬外用で皮膚バリア機能を補う治療や、炎症が強い場合にはステロイド外用薬、びらん・潰瘍をきたしている場合は創傷治療薬を用いることがあります。

◆◆◆

ここまで、主に保険診療について紹介しました。ほかに頭部脱毛症に対するミノキシジル、まつ毛貧毛症に対するビマトプロスト、シミに対するハイドロキノン、アートメイクなどの選択肢がありますが、現時点では自由診療であり、保険医療機関で扱うことは少ないでしょう。

アピアランスケアに関する助成制度

アピアランスケアが重視されている背景もあり、補助金などの助成制度を設ける自治体が増えています。2014年に山形県が始めたのを皮切りに、2024年4月時点で600以上の団体が医療用ウィッグなどの購入助成制度を導入しています*2

ただし課題として、自治体の助成内容に差があることが挙げられます。医療用ウィッグに加えて乳房補正具が補助対象となる自治体もあれば、医療用ウィッグしか対象にならない自治体もあります。

もっぱら美容を目的とする施術には保険が適用されないため、アピアランスケア普及のためにはこうした制度のさらなる拡大が期待されます。

アピアランスケアに関する診療報酬

医療機関がアピアランスケアにより注力するためには、それを評価する診療報酬点数がインセンティブとして有意義と考えられます。

しかしアピアランスケアに対しては、現時点で明確な診療報酬点数が設定されているとは言えません(強いて言うならば「外来腫瘍化学療法診察料」の「ロ」は抗がん剤の投与日と異なる日に外来化学療法や必要な治療管理を行った場合に算定可能な項目であり、治療に伴う副作用などへの対応ですから、アピアランスケアもこちらに含まれると考えることはできるでしょう)。

"がんとの共生"につながる「療養・就労両立支援指導料」の定期的な見直しも含め、医療機関ががん患者さんのケアにしっかり取り組める仕組みになることが理想と言えるでしょう。

まとめ

アピアランスケアを行う女性医師と患者

アピアランスケアは、がん患者さんの外見変化に起因する症状に対して実施するケアです。医師の業務ではないと捉えられることもあるかもしれませんが、手足症候群におけるステロイドやざ瘡用皮疹における過酸化ベンゾイルなど、一部の治療薬には医師の診断や処方が必要です。皮膚科や腫瘍内科、 化学療法部だけでなく、がんを取り扱う医師は多かれ少なかれアピアランスケアに関わることがあるでしょう。

この記事がアピアランスケアの概要を理解する一助となれば幸いです。

Dr.SoS

執筆者:Dr.SoS

皮膚科医・産業医として臨床に携わりながら、皮膚科専門医試験の解答作成などに従事。医師国家試験予備校講師としても活動している。

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