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循環器医に限らず、多くの内科医の先生が、循環器診療における血栓イベントの予防に「抗血栓薬」を使用する場面が多くあるかと思います。
抗血栓薬には抗血小板薬と抗凝固薬の2つがあります。今回は両者の違いと、それぞれの"止めどき"はいつなのか、解説します。
執筆者:上原 拓樹(うし先生)
北海道大学大学院医学研究院 循環病態内科学教室
※この記事には筆者個人の見解も含みます。診療にあたっては最新のガイドラインや治療指針、各種薬剤の添付文書などをご確認ください。
抗血小板薬と抗凝固薬の違い
抗血栓薬は、「抗血小板薬」と「抗凝固薬」の2種類を総称する言葉です。両者はいずれも血栓の生成を抑制する薬剤ですが、作用機序が異なります。
抗血小板薬は、抗血小板作用により動脈などの血流の速い場所での抗血栓効果が期待できます。アスピリンやクロピドグレル、プラスグレルなどが該当します。
一方の抗凝固薬は、静脈や左房内などの血流が遅い場所で形成されやすい「フィブリン血栓」の生成を予防することで、抗血栓効果が期待できます。ワルファリンやDOAC(direct oral anticoagulant/直接経口抗凝固薬:ダビガトラン、リバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバン)が該当します。
上原拓樹『循環器診療に役立つ 抗血栓薬の使い方TIPS』(ドクタービジョン,2024)p.4より
上原拓樹『循環器診療に役立つ 抗血栓薬の使い方TIPS』(ドクタービジョン,2024)p.4より
抗血小板薬と抗凝固薬、一生飲むべき?【継続/中止の考え方】
患者さんに抗血栓薬を処方すると、「この薬はいつまで飲むのですか?」、「ずっと飲まないといけないのですか?」と聞かれることが少なくありません。
抗血栓薬に限らず、薬を処方する際には、"止めどき"を事前に想定しておくことが重要です。たとえば、脂質異常症治療薬であるスタチンは、LDL-コレステロールの目標値を維持できるように継続しますし、鎮咳薬は咳症状が改善するまで患者さんと相談して継続します。
ここでは、抗血栓薬を開始するにあたり「いつまで継続すべきなのか」、「中止は可能なのか」を解説します。
1.冠動脈治療後
経皮的冠動脈形成術(PCI)実施後の場合
急性期はステント血栓症のリスクがあるため、DAPT(抗血小板薬2剤併用療法)を行います。出血リスク*と血栓リスクにもよりますが、慢性期もステント血栓症の予防のためにSAPT(抗血小板薬単剤療法)を無期限で継続します。
薬剤コーティングバルーンを用いる「ステントレスPCI」の場合は、DAPT期間や血栓リスクに対する考え方が、ステントを用いる従来PCIとは多少異なります。しかし、そもそもPCIの施行有無にかかわらず、冠動脈イベント発生後は「二次予防」に該当するため、心血管イベントを予防する目的で、SAPTが無期限に推奨されます。
*抗凝固薬が必要(使用中)なケースを含みます。
冠動脈バイパス術後の場合
こちらも吻合部再狭窄予防と心血管イベントの予防目的で、SAPTを無期限で継続します。
2.末梢血管治療後
末梢血管(主に動脈硬化性の下肢動脈疾患)治療後の抗血栓療法においても、冠動脈治療後と同様、どのように治療をするか(どの種類のステントやバルーンを用いたか、外科的バイパス術かどうか)によって異なりますが、急性期はDAPTを行い、慢性期にはSAPTを無期限で継続します。末梢血管の再狭窄予防が強いですが、心血管イベントの予防目的もあります。
冠動脈や末梢血管などの心血管イベント後は総合的な再発予防のため、出血リスクが許容されるうちは無期限でSAPTを継続するのが一般的です。
3.静脈血栓塞栓症
肺血栓塞栓症と深部静脈血栓症を合わせて「静脈血栓塞栓症」と呼び、急性期治療として3カ月間の抗凝固療法が推奨されています。
3カ月目以降は、血栓リスクによって異なります。再発や担癌、中枢型の血栓症、血栓素因の合併、遺残血栓の存在、誘因の残存(長期臥床など)などがあれば、抗凝固薬の長期継続を考慮します。
エビデンスは乏しいものの、実臨床では血栓リスクがない症例は少なく、比較的長期間抗凝固療法を施行することが多いですが、ガイドライン上の3カ月間の抗凝固薬実施後は中止を考慮するという原則は理解しておきましょう。
4.心房細動
心房細動の抗凝固療法については、まずはCHADS2スコア(心不全:1点、高血圧:1点、年齢≧75歳:1点、糖尿病:1点、脳梗塞やTIAの既往:2点)*1を確認し、1点以上であれば抗凝固薬を開始します。
0点であっても心筋症の存在や持続性心房細動などの血栓リスクがある場合は、抗凝固療法を考慮します。
真の「初発の心房細動」では、5年間の再発率は50%程度とも言われていますが、よほど急性で短時間での発症(ICU入室を要する重症敗血症の治療中に短時間発症した初めての心房細動など)でなければ、抗凝固療法を開始した方が無難でしょう。発作性心房細動であってもいつ発症するかわからないため、無期限で抗凝固薬を継続することが原則です。
一方で、カテーテルアブレーション後の対応は悩ましいことが多いです。ガイドライン上は、洞調律が確認できている場合でもCHADS2≧2点であれば抗凝固薬を無期限で継続することを考慮します*2。
5.脳梗塞
脳梗塞に対しては、たとえば卵円孔開存による奇異性塞栓に対する閉鎖術後など、原因や介入によっても異なりますが、慢性期においては非心原性脳梗塞後の場合はSAPTを、心原性脳塞栓後の場合は抗凝固薬を無期限で継続します。
6.人工弁治療後
外科的弁置換術後の場合
使用した弁によって対応が異なります。機械弁置換後の場合は、ワルファリンを無期限で継続します(DOACは推奨されません)。生体弁置換後の場合は、3カ月間ワルファリンを投与し、その後中止します。
生体弁置換後3カ月以上経過してからの心房細動に対しては、DOACを使用してもかまいません。
経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI)の場合
複数の報告がありますが、SAPTを無期限で継続することが一般的です。心房細動などの抗凝固薬が必要な場合には抗凝固薬単剤を無期限で継続することが多いです。
7.出血イベント発生時
出血イベントが発生した場合は、まずは止血の状況を確認する必要があります。小出血イベントで止血が確認できている場合や、圧迫などでコントロールできる体表出血の場合は、抗血栓薬の継続を考慮できます。しかし大出血イベント発生時や、止血コントロールが困難な場合は、抗血栓薬の継続は難しいです。
そもそも抗血栓薬の本質的な意義は、血栓リスクが出血リスクを上回れば使用するということです。循環器診療における血栓リスクは状況により異なり、とくにステント留置直後や急性冠症候群などの急性期は、血栓リスクが高いと言えます。
しかし抗血栓薬の添付文書では、いずれも活動性出血がある場合は使用禁忌となっています。そのため血栓リスクと出血状況を確認し、循環器医と適宜相談することが重要ですが、出血をコントロールできるまで抗血栓薬を中止せざるを得ないのが一般的です。
まとめ
抗血栓薬を使用する際には、抗血小板薬と抗凝固薬の違いを意識して、止めどきを事前に確認しておくことが重要です。出血リスクが高くなければ無期限での継続が推奨されることが多いので、適宜血栓リスクと出血リスクを考えるようにしましょう。
2020年 JCSガイドライン フォーカスアップデート版 冠動脈疾患患者における抗血栓療法(2019年度活動)|日本循環器学会
2022年改訂版 末梢動脈疾患ガイドライン(日本循環器学会/日本血管外科学会合同ガイドライン)|日本循環器学会
肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に関するガイドライン(2017年改訂版)(2016-2017年度活動)|日本循環器学会
2020年改訂版 不整脈薬物治療ガイドライン(日本循環器学会 /日本不整脈心電学会合同ガイドライン)|日本循環器学会(*1)
不整脈非薬物治療ガイドライン(2018年改訂版)(日本循環器学会/日本不整脈心電学会合同ガイドライン)|日本循環器学会(*2)
脳卒中治療ガイドライン2021〔改訂2023〕|株式会社協和企画
脳卒中治療ガイドライン2021〔改訂2023〕(日本脳卒中学会Webサイト版)※改訂項目のみ公開|日本脳卒中学会
2022年 JCSガイドライン フォーカスアップデート版 安定冠動脈疾患の診断と治療(2021年度活動)|日本循環器学会
執筆者:上原 拓樹
北海道大学大学院医学研究院 循環病態内科学教室
日本内科学会認定総合内科専門医/日本循環器学会認定循環器専門医/日本不整脈心電学会認定不整脈専門医/日本心血管インターベンション治療学会認定医/日本周術期経食道心エコー委員会認定医
2015年北海道大学医学部卒業。勤医協中央病院にて臨床研修、その後臨床と教育に従事しながら、SNS等では「うし先生」として若手医師向けの情報発信にも注力。2024年4月から現所属。著書に『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』(医学書院、2024年)がある。
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