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保険医療機関の大きな収入源となっている「診療報酬」。診療行為(診察や検査・処置など)の一つひとつに診療点数が定められており、この点数に応じた報酬が医療機関に支払われる仕組みになっています。
診療報酬は社会情勢に合わせて変更する必要があり、原則として2年に1回改定されています。2024年はこの改定が行われる年度にあたり、6月に施行される予定です(薬価改定は4月1日より施行)。
この記事では、2024(令和6)年度診療報酬改定で注目されるポイントについて解説します。
令和6年度診療報酬改定について|厚生労働省
執筆者:Dr.SoS
2024年度の診療報酬改定は「トリプル改定」
介護報酬、障害福祉サービス等報酬との同時改定
2024年度は、診療報酬のほかに介護報酬と障害福祉サービス等報酬の改定も同時に行われます。診療報酬は診療行為のサービス対価を決める制度ですが、介護報酬は要介護者・要支援者への、障害福祉サービス等報酬は障害者(児)や難病疾患の対象者へのサービス対価を決める制度です。
これら3つが同時に改定されるのが、通称「トリプル改定」です。トリプル改定は6年に1回のため、今回の注目点の一つです。
トリプル改定においては各報酬間の連携が重要なため、各種議題についての意見交換会が実施されます。意見交換会には、医療サイドの「中央社会保険医療協議会」と介護サイドの「社会保障審議会介護給付費分科会」の両者が参加します。2023年5月までに3回開催され、地域包括ケアのさらなる推進に向けた連携や、高齢者施設・障害者施設等における医療、訪問看護に関することなどが議論されました。
2025年問題と2040年問題
トリプル改定にかかわる話題として、「2025年問題」と「2040年問題」があります。
2025年問題の「2025年」とは、いわゆる団塊の世代と呼ばれる1947〜1949年生まれの人(第1次ベビーブーム世代)が全員75歳以上になる年次です。このため75歳以上の後期高齢者が大きく増えることになります。
2025年を過ぎると、2040年にかけては高齢者人口の増加自体は落ち着きますが、支え手となる生産年齢人口は年々減少していきます。これにより、さらに社会保障費の負担が増えることが「2040年問題」です。第2次ベビーブーム世代と呼ばれる1971〜1974年生まれの人が65歳以上となった後、2043年には65歳以上人口がピークを迎えます。こうした時代になれば「65歳=仕事を辞めてリタイア」というわけにもいかなくなるでしょう。2040年問題対策の一つとして「生涯現役社会」をスローガンとする、高齢者が働きやすい社会づくりが進められています。
2040年が実際に訪れた際、社会保障費や診療報酬面にはどんな影響がもたらされるでしょうか。一般に高齢者ほど病気に罹りやすいため医療・介護需要が大きく、社会保障費も増加します。たとえば、要介護者等の高齢者が誤嚥性肺炎や尿路感染症を患った場合、介護だけでは対応が困難なため、医療施設である急性期病院に入院する必要があります。状態が落ち着いた後は、介護サービスを主体とする施設へ再度移る必要が出てきます。このようなケースでは両施設間のスムーズな連携が重要であり、医療-介護業界の橋渡しが診療報酬面でも評価されていくでしょう。
2024年度の診療報酬改定は、2025年前最後の改定となります。2040年問題を見据えた変更も求められており、社会の過渡期における診療報酬改定と言えるでしょう。
2024年度診療報酬の改定率
2023年12月、具体的な改定率が公表されました。診療報酬本体は+0.88%であるものの、「薬価等」では-1.00%と、全体で-0.12%のマイナス改定となることが決定しています。
今回の改定率の決定においては、とくに食材料費や光熱費をはじめとする物価の高騰と賃上げの状況をふまえ、医療従事者の賃上げがかなり重視されており、賃上げに向けた評価が「外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)」として新設される見込みです。外来や在宅医療を担う医療機関で職員の賃金改善を実施している場合、評価されます。
「初診料」と「再診料」は、2〜3点ほど引き上げられました。とくに初診料の引き上げは、消費税率引き上げに伴う措置を除けば2004年度以来です。「入院基本料」も、病床によって上昇幅は異なるものの、引き上げられる見込みです。
一方、「生活習慣病を中心とした管理料」、「処方箋料等の再編等の効率化・適正化」によって、-0.25%の改定が見込まれています。とくに大きな変化は、もともと特定疾患療養管理料(225点)として算定されてきた糖尿病・高血圧・脂質異常症が、対象疾患から外れることです。現在の生活習慣病管理料に包括されている「検査等」を含まない「生活習慣病管理料(Ⅱ)」が新設される予定ですが、内科系の診療所などでは収益への影響が大きいと考えられます。
「生活習慣病管理料」とは?2024年度診療報酬改定で注目される背景とポイント
往診サービスをめぐる改定
ほかに改定率をめぐって話題になったのが往診関連です。
往診には「緊急往診加算」(325点)や「夜間・休日往診加算」(405点)、「深夜往診加算」(485点)といった大きな加算がありますが、今後これらの加算を得るためには、日ごろから訪問診療を受けているか・地域の関係施設と連携しているかといった厳しい条件が課されることになりました。
近年、スマートフォンアプリなどを介し往診を依頼するサービスが広がっています。とくに小児医療では医療費助成制度が適用されることから、少ない自己負担で利用することができます。新型コロナウイルス感染症の流行拡大期には時流に加えて診療報酬上の特例もあり、往診サービスは大きくシェアを拡大しました。夜間・休日、深夜往診加算の算定状況は東京都・大阪府・神奈川県などの都市圏でとくに伸びており、往診サービスの提供エリアとも合致します。
しかし、今回の改定はこうしたサービスにとってかなりの逆風です。改定の詳細が発表された翌々日(2024年2月16日)にサービス終了を発表する企業もありました。現時点でサービスを継続している企業も、改定で利幅が薄くなれば医師への報酬を下げざるを得ない可能性があります。一方で、2024年度から医師の働き方改革が始まったことで(後述)、往診サービスへ協力する医師の労働力は減っていくと予想されます。診療報酬改定による"賃金引き下げ力"と、働き手不足による"賃金上昇力"の両者がどのような結果を生むのか、今後の動向が注目されます。
診療報酬・介護報酬・障害福祉サービス等報酬改定について(令和5年12月20日)|厚生労働省
診療報酬改定の基本方針(令和5年12月11日)|厚生労働省
特定疾患療養管理料(高血圧・糖尿病・脂質異常症)に代わる管理料を新設|日本医師会 日医on-line
医師の働き方改革への対応
働き方改革関連法は2019年4月から施行されていますが、医師への適用は5年間猶予されてきました。2024年4月からは、いよいよ医師も働き方改革の対象となります。
働き方改革は主に労働時間や連続勤務時間の制限が課されるものであり、診療報酬とは直接関連しないと思う方もいるかもしれません。しかし診療報酬改定にも、働き方改革をサポートするような内容が含まれています。
たとえば2022年度の改定では、「医師事務作業補助体制加算」の見直しが行われました。従来医師が行うことの多かった文書作成(診断書など)やカルテ記載の業務を医師の指示のもとで行う「医師事務作業補助者」を配置し特定の条件を満たすことで、入院料に対する加算を算定できる制度です。医師から多職種へのタスク・シフトを進め、医師の過重労働問題解決・働き方改革へつなげようとする意図が感じられます。
2024年度の診療報酬改定は、医師の働き方改革実施前に議論が進められた最後の改定であり、働き方改革への対応がこれまで以上に重視されています。具体的には、上記のタスク・シフト/タスク・シェアの推進のほかに、医療機関内の労働環境の改善、ICT(通信技術を活用したコミュニケーション)による業務効率化などが念頭に置かれています。
たとえば「地域医療体制確保加算」は下記のような施設基準が設定される見込みです。
医師の労働時間について、原則として、タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること。また、(中略)1年間の時間外・休日労働時間が、原則として、次のとおりであること。
(中略)
ア 令和6年度においては、1,785時間以下
イ 令和7年度においては、1,710時間以下
厚生労働省「令和6年度診療報酬改定 個別改定項目について」(令和6年2月14日、改3月7日)p.81より引用
https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001220531.pdf
具体的な労働時間にまでふみ込んだ、かなり積極的な基準であると言えるでしょう。
「医師の働き方改革」とは?B水準・連携B水準は2035年度で廃止に
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診療報酬改定DX、医療DX
近年、「DX」という言葉が頻繁に使われています。DXとは「デジタルトランスフォーメーション」のことで、デジタル技術を利用することで生活をより良いものにしようという試みのことです。
診療報酬改定においてもDXを取り入れようという動きがあります。「診療報酬改定DX」と呼ばれており、具体的には以下の4つのテーマが挙げられています。
- 共通算定モジュールの開発・運用
- 共通算定マスタ・コードの整備と電子点数表の改善
- 標準様式のアプリ化とデータ連携
- 診療報酬改定施行時期の後ろ倒し等
厚生労働省資料「診療報酬改定DX対応方針(案)」(令和5年4月)p.1より引用
https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001091070.pdf
共通算定モジュールとは、診療報酬の算定や患者さまの窓口負担金を算出するための電子計算プログラムとして、業者や医療機関を問わず共有することを想定しているものです。医療機関やプログラムのベンダーは、診療報酬改定の時期に仕事が集中し大きな業務負荷が生じます。共通算定モジュールを導入することで、業務負荷を減らせると期待されています。
また、施行時期についても検討が進んでいます。診療報酬改定を施行する時期を後ろ倒しにすることで改修コストを低減させることが狙いです。
診療報酬改定にとどまらず、医療全体にかかわる「医療DX」も進められています。たとえば、「電子処方箋」の本格運用が2023年1月に始まりました。重複投薬の確認などが容易になります。ほかにも、電子カルテ情報の標準化や保険証とマイナンバーカードの統合(マイナ保険証への一本化)などが計画されています。DXは社会全体のトレンドですが、医療界もその例外ではないと言えるでしょう。
具体的には「医療DX推進体制整備加算」が新設される予定です。電子資格確認が可能・電子処方箋を発行する体制を有している・電子カルテ情報共有サービスを活用できる体制を有しているなどの施設条件を満たすことで、加算を得ることができます。
病院だけでなく、在宅医療や訪問看護においても医療DXを評価する加算が新設されます。
診療報酬改定DX対応方針(案)|第3回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム(令和5年4月)
令和4事業年度社会保険診療報酬支払基金事業計画及び保健医療情報会計収入支出予算変更(令和4年12月)|社会保険診療報酬支払基金
医療DX推進本部|内閣官房
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医療DXの現状と展望―「令和ビジョン2030」の概要、進まない理由も考察
第8次医療計画との関連
医療計画とは、医療法に基づき、効率的な医療提供体制の確保を図るための計画です。6年ごとに区切りがあり、2024年からは第8次医療計画がスタートしています。
従来は、5つの事業(救急医療・災害時における医療・へき地の医療・周産期医療・小児医療)と5つの疾病(がん・精神疾患・脳卒中・急性心筋梗塞・糖尿病)が対象とされていました。第8次医療計画からは、新型コロナウイルス感染症の影響もふまえて「新興感染症対策」が6つ目の事業として盛り込まれています。
具体的には、感染拡大時に病床や人材を迅速かつ柔軟に確保できるよう、平時や感染拡大時のフェーズに応じた対応方針を定めることなどが想定されています。
2024年度の診療報酬改定では、この医療計画の改定も念頭に置かれています。新型コロナウイルス感染症への対応に加えて、たとえば救急医療については、第8次医療計画で高齢者の救急患者を受け入れるために、地域の救急医療機関の役割の棲み分け(急性期病院が重症患者の対応に集中できる体制)を明確化する予定であるのに対し、診療報酬改定では地域包括ケア病棟を有する医療機関において救急医療の体制が要件化されます。
医療計画について|厚生労働省 第545回中央社会保険医療協議会総会(令和5年5月)
6事業目(新興感染症対応)について|厚生労働省 第22回第8次医療計画等に関する検討会(令和5年2月)
医療計画|厚生労働省
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【2024年度開始】第8次医療計画とは?―基本方針と改訂ポイント、自治体の具体例
プログラム医療機器(SaMD)
プログラム医療機器(SaMD)の評価が明確化される点も、2024年度診療報酬改定の注目ポイントです。SaMDとは、アプリや人工知能(AI)などの技術が組み込まれた医療機器(および記録媒体)のことです。禁煙外来におけるニコチン依存症治療アプリや、一酸化炭素(CO)チェッカーなどが、すでに利用されています。そのほか、AIを活用した画像支援システムとして、腫瘍の悪性度を判定できる内視鏡や、異常所見の見落としを防ぐCTなどもあります。
DXと同様に、デジタル技術を活用したSaMDの普及も予想されており、診療報酬改定でも対応が進められています。
具体的には、「プログラム医療機器等指導管理料」が新設される予定です。主に患者さん自らがSaMDを使って療養する場合の指導管理で、月1回算定できるものです。初回は導入期加算も上乗せされます。
令和4年度保険医療材料制度改革の骨子(案)(参考資料)|厚生労働省 第507回中央社会保険医療協議会(令和3年12月)
令和4年度保険医療材料制度改革の概要(令和4年3月)|厚生労働省保険局医療課
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まとめ
今回は2024年度の診療報酬改定に向けて、注目ポイントを解説しました。とくに医師の働き方改革やDXについては、現場で働く医師もかかわる機会が多い話題です。今後の議論にも注目しておきましょう。
執筆者:Dr.SoS
皮膚科医・産業医として臨床に携わりながら、皮膚科専門医試験の解答作成などに従事。医師国家試験予備校講師としても活動している。
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