デジタルセラピューティクス(DTx)とは?「治療用アプリ」「デジタル薬」とも呼ばれる特徴と現状

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業界動向

公開日:2023.10.25

デジタルセラピューティクス(DTx)とは?「治療用アプリ」「デジタル薬」とも呼ばれる特徴と現状

デジタルセラピューティクス(DTx)とは?「治療用アプリ」「デジタル薬」とも呼ばれる特徴と現状

近年、デジタルトランスフォーメーション(DX)が注目されています。医療業界ではまだDXが進んでいるとは言い難い状況ですが、今後の展開が期待されています。その中で取り上げられる機会が増えているのがデジタルセラピューティクス(DTx) です。「治療用アプリ」「デジタル治療」「デジタル薬」などと呼ばれることもあり、これらを耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。

この記事では、デジタルセラピューティクスの概要や特徴、課題、具体例などについて解説します。

デジタルセラピューティクスとは

デジタルセラピューティクス(DTx:Digital Therapeutics)の厳密な定義は定まっていませんが、「疾患・障害・状態・怪我の治療や緩和を目的に医療的に介入し、治療効果をもたらす医療用ソフトウェア*1と表現されます。保険が適用され処方される「治療」であり、馴染みやすい言葉として「治療用アプリ」「デジタル治療」「デジタル薬」と呼ばれることもあります。

デジタルヘルスとの違い

医療DXの推進で注目されている「デジタルヘルス」という概念は、「デジタル技術や情報通信技術を活用したヘルスケア」を意味する単語です(詳しい記事はこちら)。ヘルスケアの定義は近年拡大しており、疾患からの回復を目指す医療行為を含む場合もありますが、あくまで「デジタル技術を活用することでヘルスケアの効果を向上させる」ことがデジタルヘルスの概念であり、医療的なエビデンスは問いません。

これに対して、DTxは「医療行為」であるため、いわゆる健康増進などを目的としたもの(たとえば歩数計、服薬・食事管理アプリなど)と異なり、保険診療であることが最大の特徴です。AIによる画像診断なども、DTxと同じく「DXの活用」ですが、DTxに含まれないことが多いです。

プログラム医療機器(SaMD)との関連

DTxに関連する概念として「プログラム医療機器」(SaMD:Software as a Medical Device)があります。SaMDは、アプリや人工知能(AI)などの技術が組み込まれた医療機器(および記録媒体)のことで、DTxはSaMDに内包される概念です。日本では2014年に施行された「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(医薬品医療機器等法)でソフトウェアが医療機器としての規制対象になったことを機に開発が加速しており、2024(令和6)年度診療報酬改定ではSaMDの評価が明確化される予定です。このことからも、DTxの発展が期待されていると言えます。

期待されている役割

DTxの導入によるメリットとして、下記のような点が期待されています。

  • 診療の質の向上
  • 使用する医薬品の減少
  • 医療費の減少

DTxによって、データの直接入力や機器を通じたデータ取得が可能になると、医師の問診や病院・診療所での検査以外でも診療情報を取得できるようになり、診療の質の向上につながると期待できます。

また、DTxは医療行為ですから、これにより疾患のコントロールが可能となれば、これまで内服・吸入などで利用していた医薬品の削減効果も期待できます。とくに高齢者におけるポリファーマシーの問題には、DTxの効果が大きくなるでしょう。

医薬品を削減できれば、国内の医療費を減少させる効果も期待できます。日本の医療費は増加の一途を辿っており、少子高齢化による"支え手不足"も問題になっているため、医療費削減への貢献は大きなものがあります。

このようにDTxは大きな可能性を秘めていることから、今後の成長性も期待されています。日本におけるDTx市場は、2021年の約1億円から、2035年には約2,850億円まで急拡大するという調査結果*2もあります。

デジタルセラピューティクスの具体例

続いて、DTxの具体例を見ていきましょう。日本で実用化に至っている3つのアプリケーションを紹介します。

  1. ニコチン依存症治療:CureApp SC ニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー(株式会社CureApp)
  2. 高血圧治療:CureApp HT 高血圧治療補助アプリ(株式会社CureApp)
  3. 不眠障害治療:サスメド Med CBT-i 不眠障害用アプリ(サスメド株式会社)

1.ニコチン依存症治療アプリ

2020年に日本で初めて医療機器として承認されたDTx(治療用アプリ)です。呼気に含まれる一酸化炭素(CO)の濃度を測定し、喫煙状況をモニタリングする機械(COチェッカー)をアプリと組み合わせています。

患者さん側は、アプリを通じてニコチン依存症に対する情報を得られるほか、行動療法を実践したり、喫煙データを入力します。医師は、患者さんの入力したデータを元に、治療の進捗を把握することができます。

2.高血圧治療アプリ

こちらはソフトウェア単体の治療アプリです。本態性高血圧の患者さんに対して、『高血圧治療ガイドライン』が推奨する生活習慣(減塩・減量・運動・節酒・睡眠・ストレス管理など)の是正を促し、医師による治療を補助することが目的となっています。

医師側は患者さんの日々の生活習慣をアプリで確認できるため、限られた外来診療時間で提供できる医療の質の向上をはかれます。

3.不眠障害用アプリ

不眠障害に対する治療法の一つである、認知行動療法(CBT-I)を行うことができるDTxです。不眠障害の代表的な治療法は薬物療法(睡眠薬)ですが、即効性はあるものの、ふらつき・転倒、頭痛・倦怠感などの副作用や、依存性が問題となります。CBT-Iはこうした副作用が少ない治療法ですが、日本では医療現場の人員不足などで十分に普及していません。

このアプリを使うと、患者さんは9週間にわたってアプリから出される指示に沿って、CBT-Iを受けることができます。医師はシステムを通じて、患者さんの不眠症状の改善状況を確認できます。

デジタルセラピューティクスの課題

DTxへの期待は大きい一方で、導入に向けた課題もあります。例として、以下のような課題が考えられます。

  • 個人情報の扱い
  • 稼働端末の確保・操作面

DTxでは個人の健康情報という非常にセンシティブなデータを扱うため、プライバシーやデータ保護の仕組みをどのように構築するかが課題となります。医療機関で用いられる診療録(カルテ)とどのようにデータ連携を行うかも重要です。

また、DTxは現状、スマートフォンなどで作動するアプリケーションの形で提供されています。これを稼働させる端末(ハードウェア)が必要なことは、誰もが容易にDTxにアクセスできることになりません。たとえば高齢者はスマートフォンの保有率が低く、とくに80歳以上はほかの世代に比べて激減します(保有率:13~59歳は90%以上、60~69歳 83.2%、70~79歳 60.6%、80歳以上 72.3%=令和4年通信利用動向調査より)。治療が適応となる患者さんがスマートフォンを持っていなかったり、操作に慣れていなかったりする場合、治療を進めることができなくなってしまいます。

海外の事例と、日本における今後の展望

海外では、糖尿病やうつ病、アルコール使用障害などの疾患領域でも、DTxの開発・普及が進んでいます。

たとえば糖尿病領域では、アメリカとカナダで「Bluestar®」というアプリが導入・販売されています。日本でもアステラス製薬とWelldoc社が共同で、血糖自己測定器との組み合わせ医療機器として製品化を進めており、2023年度中に臨床試験が開始される予定です。血糖自己測定機で取得した患者さんの血糖値や、服薬・食事・運動状況を管理・追跡することで、データに基づいた適切なタイミングで指導をしたり、治療のモチベーション維持につながるアドバイスが表示されたりします。これにより疾患管理をサポートできることが期待されています。2023年度中に、この組み合わせ医療機器の臨床試験が開始される予定です。

DTxの対象は、生活習慣病から精神的な症状などに関する治療・ケアまで、多種多様です。とくに有効な医薬品や治療法が少ない疾患では、その発展が期待されます。

まとめ

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今回はDTxの概要や具体例、課題などを紹介しました。DTxは健康増進を目的とするアプリとは異なり、保険が適用され処方される、れっきとした治療です。その分、なかなか承認が進んでいないのが現状ですが、日本でも徐々に利用可能なアプリが増えてきています。さまざまなメリットがあることから、今後の動向に注目です。

竹内 想

執筆者:竹内 想

大学卒業後、市中病院での初期研修や大学院を経て現在は主に皮膚科医として勤務中。
自身の経験を活かして医学生〜初期研修医に向けての記事作成や、皮膚科関連のWEB記事監修/執筆を行っている。

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