医療DXの現状と展望―「令和ビジョン2030」の概要、進まない理由も考察

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業界動向

公開日:2024.03.21

医療DXの現状と展望―「令和ビジョン2030」の概要、進まない理由も考察

医療DXの現状と展望―「令和ビジョン2030」の概要、進まない理由も考察

近年、医療DXという言葉をよく耳にするようになりました。ただ、この言葉はどこか漠然としていて、具体的に何が起ころうとしているのかはっきりしない、と感じている人もいるのではないでしょうか。実際の現場でなかなか進んでいないというイメージを持っている人も多いかと思います。

デジタル技術は物事を効率的に進める助けとなり、私たちの仕事や生活を大きく変えてくれるはずです。この記事では、医療DXとは何なのかを簡単におさらいした後、政府が進める「医療DX令和ビジョン2030」の内容を中心に紹介します。医療DXが進みづらい理由についても考えてみましょう。

医療DXとは

医療DXとは一体何なのか―これを考える上で重要になるのが「DX」(デジタルトランスフォーメーション)という言葉の意味です。

デジタル」はデータやデジタル技術、「トランスフォーメーション」は変化・変形・変容といった意味を持ちます。つまりDXとは、単なるデジタル化ではなく、デジタル化により物事の仕組みや形・スタイルを変化させることです。

医療DXと聞いてイメージしやすいのは、電子カルテではないでしょうか。しかし、アナログの記録を電子データに変化させただけでは「デジタル化」「IT化」であり、DXとは言いません。電子カルテを通じて情報共有につなげたり、電子カルテのデータを二次的に利用したりと、紙カルテではできなかった新たな仕組みをつくることが医療DXなのです。

近年、AIの医療分野での活用が急速に広まっています。AIは機械学習などの手法を通じて、人間の行動や思考を機械的に実行します。AIやIT化といったデジタル技術は、医療DXのための有効な「手段」と言えます。

医療DXの定義

2023年時点の厚生労働省の資料では、医療DXを以下のように定義しています。

医療DXとは、保健・医療・介護の各段階(疾病の発症予防、受診、診察・治療・薬剤処方、診断書等の作成、診療報酬の請求、医療介護の連携によるケア、地域医療連携、研究開発など)において発生する情報やデータを、全体最適化された基盤を通して、保健・医療や介護関係者の業務やシステム、データ保存の外部化・共通化・標準化を図り、国民自身の予防を促進し、より良質な医療やケアを受けられるように、社会や生活の形を変えることと定義できる。

厚生労働省「医療DXについて(その1)」p.4より引用
https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001091100.pdf

つまり、医療DXは保健・医療・介護の全過程にわたる情報を最適化し統合する取り組みであり、より良い医療やケアのために社会や生活の形を変えていくことです。これまでバラバラだった情報が統合されることで、国民一人ひとりに適した質の高い医療やケアが提供されると期待できます。

医療DXが必要な理由

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医療にDXが必要とされる背景には、業界に「業務の効率化」と「情報統制」が求められていることがあります。

日本では高齢化が急速に進み、2023年には高齢者人口が29.1%*1と過去最高になりました。2050年には37.7%*2に達すると見込まれており、社会保障制度を持続可能なものとするため、健康寿命の延伸が喫緊の課題となっています。

この課題を解決するため、保健・医療・介護の効率化と、そのための医療DXによる情報統合が必須と考えられています。

医療の効率化が必要な理由には、働き方改革も挙げられます。医療従事者の長時間労働を是正した上で、医療の質と量を維持するためです。

さらに、地震などの自然災害や、新型コロナウイルスのような新興感染症の拡大など、医療は常に想定外の状況に晒される可能性を含んでいます。有事に備えるため、日ごろから医療情報を統制しておく必要があります。

高齢化、働き方改革、自然災害、新興感染症...これらは今、私たちの目の前にある課題です。時間の猶予はなく、解決に向けてすぐに取り組まなければならない状況と言えます。

医療DXの現状と展望

医療DX令和ビジョン2030

医療DXを推進しようと、2022年5月、自由民主党が『医療DX令和ビジョン2030』と題する提言を出しました。日本の医療分野の情報のあり方を根本から解決する」ために必要な取り組みとして、次の3点を挙げています。

①「全国医療情報プラットフォーム」の創設
電子カルテ情報の標準化(全医療機関への普及)
③「診療報酬改定DX

自由民主党政務調査会「「医療DX令和ビジョン2030」の提言」p.2より引用
https://storage2.jimin.jp/pdf/news/policy/203565_1.pdf

詳しい内容は、後述の「具体的な施策」の段落で解説します。

医療DX推進本部による「基本的な考え方」

2022年10月、政府は「医療DX推進本部」を内閣に設置し、「医療DXの基本的な考え方」と、具体的に進めていくための工程表を定めました。

「基本的な考え方」は、以下のような内容です。

  • 医療DXに関する施策の業務を担う主体を定め、その施策を推進することにより、①国民のさらなる健康増進、②切れ目なく質の高い医療等の効率的な提供、③医療機関等の業務効率化、④システム人材等の有効活用、⑤医療情報の二次利用の環境整備の5点の実現を目指していく
  • サイバーセキュリティを確保しつつ、医療DXを実現し、保健・医療・介護の情報を有効に活用していくことにより、より良質な医療やケアを受けることを可能にし、国民一人一人が安心して、健康で豊かな生活を送れるようになる
内閣官房「医療DXの推進に関する工程表(概要)<令和5年6月2日 医療DX推進本部決定>」p.1より引用
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/iryou_dx_suishin/pdf/suisin_gaiyou.pdf

上記で挙げられている「5点」は、いずれも2030年度を目途に実現を目指すとされています。具体的には以下のような取り組みが該当します。

①国民のさらなる健康増進 個人が自分の保健・医療・介護の情報をPHR(Personal Health Record)として把握できる仕組みづくり
②切れ目なくより質の高い医療等の効率的な提供 全国の医療機関が診療情報を共有し、救急時などに必要な情報を入手できる仕組みづくり
③医療機関等の業務効率化 デジタル化やICT機器・AI技術の活用によるコスト削減・業務改善
④システム人材等の有効活用 診療報酬改定作業を効率化し、人材や費用を医療保険制度全体に有効活用する仕組みづくり
⑤医療情報の二次利用の環境整備 医療情報を統合し二次利用することで、創薬など医療の発展に寄与する仕組みづくり
内閣官房「医療DXの推進に関する工程表」<令和5年6月2日 医療DX推進本部決定>」p.2~3をもとに作成
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/iryou_dx_suishin/pdf/suisin_kouteihyou.pdf

これらを実現していくために、先述の『令和ビジョン』でもふれられている「全国医療情報プラットフォーム」や「電子カルテ情報の標準化」で医療情報の共有・統合を進め、「診療報酬改定DX」により業務効率化を目指そう、というのが工程表の内容になっています。

医療DX推進の具体的な施策

それでは、医療DX推進の具体的な施策について見ていきましょう。

マイナンバーカードと健康保険証の一体化

国民一人ひとりのマイナンバーカードに、診療情報や薬剤情報を紐付けするという施策です。

これにより医療機関や薬局、救急現場などで情報を共有することができるようになります。医療費助成や予防接種の手続きにも活用できるようにすれば、マイナンバーカードやその機能を持ったスマートフォンのみで医療機関を受診できるようになります。政府はこれらの実現を視野に、2024年秋に健康保険証の廃止を目指すとしています。

「全国医療情報プラットフォーム」の創設

保健・医療・介護情報を共有する「全国医療情報プラットフォーム」をつくるという施策です。

医療機関や薬局間で電子カルテを共有するだけなく、自治体検診や介護、予防接種、母子保健情報など、多様な情報の連携が目指されます。統合された医療情報を二次的に利用しやすくすることや、感染症対策のデジタル化・効率化も目的です。

そのために、2023年度から2025年度にかけて、医療・介護データの解析基盤の拡充や、匿名加工医療情報に関する法改正医療機関の電子カルテとの連携強化などを実施する予定です。

電子カルテ情報の標準化

現在の電子カルテは、医療機関によって規格などにバラつきがあります。電子カルテを標準化することにより、医療情報(3文書6情報:診療情報提供書、退院時サマリー、健康診断結果報告書/傷病名、アレルギー情報、感染症情報、薬剤禁忌情報、検査情報、処方情報)の共有を促進する施策です。

とくに、救急時に必要な情報にアクセスする体制を整備し、マイナンバーカードを使った救急業務の迅速化を2024年末までに全国展開することを目指しています。

あわせて、2030年までの全医療機関での電子カルテ導入、コスト削減、サイバーセキュリティ確保のためのクラウドベースの標準型電子カルテの整備を進めるとしています。

診療報酬改定DX

人的・金銭的に大きなコストが生じているのが、定期的に実施される「診療報酬改定」です。改定業務にDXを推進することで作業を効率化し、コストの極小化を目指します。

2024 年度には、医療機関で使われている各種システムの"共通言語"となる「マスタ」、さらにはそれを活用した「電子点数表」を改善するとしています。

医療DXが進みづらい理由

女性医者悩む白背景

このように、対象や影響範囲が多岐にわたる医療DXは、実現すれば多くのメリットがあることは想像に難くありません。しかし、順調に進んでいるとは言い切れないようです。どのような事情があるのでしょうか。

医療DXに対する反対意見

まずは、医療DXの推進に反対する人々の影響です。医療DXの内容そのものというよりは、その進め方に対する意見が多いようです。

一例は、電子処方箋です。電子処方箋には、オンライン資格確認システムをベースに、重複投薬のチェックを電子的に行うことができるなど多くのメリットがあり、一部の地域ですでに実用化されています。

しかし、ベースとなるオンライン資格確認システムが浸透していない時点で電子処方箋を導入すると、混乱を招くのではないかという指摘です。

同様に、現状に合わない"拙速"あるいは"強引"な進め方だと強く批判を受けているのが、先述した「2024年秋の健康保険証廃止」です。そもそもマイナンバーカードの取得は任意であり、2024年2月末時点の取得率は73.3%*3と、国民全員が持っているものではありません。政府は、マイナンバーカードを持たない人には「資格確認書」を交付するとしていますが、これには多大な費用や人手を必要とするため、保険証の廃止自体を延期・中止するべきと指摘されているのです。

マイナンバーカードと保険証を一体化する仕組みそのものへの信頼性が揺らいでいることも、反対意見を招く要因となっています。2023年12月には、マイナンバーと紐付けられた保険証情報が誤っているケースがおよそ139万件にのぼっていると報じられました。政府は誤りを認め、2024年春をめどに確認作業を終えるとしていますが、その動向が注目されます。

医療DXにかかるコストと必要なセキュリティ対策

医療DXを導入するには機器の導入やシステムの更新が必要で、医療や介護の現場に多くの費用負担がかかります。医療機関や介護施設の昨今の経営環境は厳しく、医療DXへの投資を阻む要因となっています。

機器やシステムを新しくしても、それを使いこなす人材の育成も必要であり、費用面だけが課題ではありません。

また、医療DXでは多くの個人情報を扱うため、セキュリティ対策が重要です。これにもやはり費用や人的コストがかかります。

医療DXの理念や目指すところは、誰もが魅力的に感じるところでしょう。しかし「絵に描いた餅」にならないよう、さまざまな課題をクリアしていく必要があります。

まとめ

医療DXの概要や課題について紹介しました。これまでのシステムや慣習を改変し新たなものをつくり出すのは簡単なことではありません。現場に一定の混乱が生じるのは避けられないと言えるでしょう。現場の医師はその影響をもろに受けることになりますが、診療の本質が変わるわけではありません。患者さん、そして私たち医師や医療従事者にとってより良い環境をつくっていけるよう、柔軟な対応をしていきたいものです。

Dr.Ma

執筆者:Dr.Ma

2006年に医師免許、2016年に医学博士を取得。大学院時代も含めて一貫して臨床に従事した。現在も整形外科専門医として急性期病院で年間150件の手術を執刀する。知識が専門領域に偏ることを実感し、医学知識と医療情勢の学び直し、リスキリングを目的に医療記事執筆を開始した。これまでに執筆した医療記事は300を超える。

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