医療AIとは?現場で期待される役割、国の施策や倫理的課題を医師が考察

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公開日:2024.02.09

医療AIとは?現場で期待される役割、国の施策や倫理的課題を医師が考察

医療AIとは?現場で期待される役割、国の施策や倫理的課題を医師が考察

2023年は「ChatGPT」が話題になり、AI(Artificial Intelligence:人工知能)をより身近に感じるようになりました。人材の不足や偏在、急激に増えていく情報・知見などの問題を抱える保健医療分野においてもAIの活用は期待されています。

一方で、どのように変化していくのか、倫理的に問題はないのかなど、不安・疑問を持っている医師も少なくないことでしょう。

この記事ではAIとは何かということから、医療分野でどのようなことが期待されているかについて解説します。

三田大介医師プロフィール写真

執筆者:三田 大介

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医療AIとは

医療AIとは、AI(Artificial Intelligence:人工知能)の技術を医療分野に活用することです。課題を抽出・解決し、医療の質を向上させることを目指してさまざまな取り組みが行われています。

Microsoft、 Apple、 Googleといった世界を牽引する企業も、AIによるヘルスケア・医療の発展に注目しています。

そもそもAIとは

人工知能学会によれば、人口知能すなわちAIとは「大量の知識データに対して、高度な推論を的確に行うことを目指したもの*1とされていますが、具体的な定義は定められていません。総務省の情報通信白書には「人間の思考プロセスと同じような形で動作するプログラム、あるいは人間が知的と感じる情報処理・技術といった広い概念*2という解釈が記載されています。

AIの手法の一つに「機械学習」というものがあります。「人間の学習に相当する仕組みをコンピューターなどで実現するもの*1で、たとえば大量にゾウとキリンの写真を見せると、2つを区別するパターンやルールをコンピューターが発見し、以降はゾウの写真を見せると「これはゾウだ」と判定するようになるものです。このとき、どこに着目するか(ゾウとキリンの例で言うと、色や姿の特徴)は人が設定する必要があります

この機械学習の一つに「深層学習」(ディープラーニング)というものがあります。多数の層からなるニューラルネットワーク(人間の脳構造を模した数理モデル)を用いて、パターンやルールを発見するうえでデータの何に注目すれば良いかをコンピューター自身が判断する手法です。ゾウとキリンの写真を大量に見せた際にどこに着目するかもコンピューターが判断するイメージです。

総務省情報通信白書_第1部進化するデジタル経済とその先にあるSociety5-0_図表1-3-2-1AI・機械学習・深層学習の関係

総務省情報通信白書_第1部進化するデジタル経済とその先にあるSociety5-0_図表1-3-2-2深層学習の仕組み

(出典)各種公表資料より総務省作成

総務省「情報通信白書 令和元年版」より
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/html/nd113210.html

2023年に話題になった「ChatGPT」などの生成系AIは、この「深層学習」で成立しています。

医療AIに期待されること

厚生労働省は、日本の医療分野における現状(課題)とAIの成果を以下のように述べています。

<現状>医療現場には、次のような課題がある
①医療従事者の不足、地域偏在・診療科偏在、過重労働
②ヒューマンエラー「人はだれでも間違える」(安全な医療の提供)
③世界中から報告される科学的知見・文献が急激に増大 など
<AIの活用により期待される成果>
①全国どこでも安心して最先端の医療を受けられる環境の整備(例:画像診断支援AIによる見落とし率の低下)
②患者の治療等に専念できるよう、医療・介護従事者の負担軽減(例:膨大な論文をAIで解析し、医療従事者の負担軽減)
③新たな診断方法や治療方法の創出(例:枯渇している創薬ターゲットの候補をAIで探索)
厚生労働省「保健医療分野におけるAI開発の方向性について」p.1より引用
https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000337597.pdf

AIの活用による恩恵の対象は、医療・介護を受ける人だけに限りません。医療・介護従事者の業務負担(書類業務や雑務など)を直接軽減するだけでなく、それによる仕事の効率化でQOL(Quality of Life:生活の質)の向上も期待できるでしょう。

医療AIに関する国の施策

2017年に厚生労働省で開催された「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会」では、日本の技術の強みを生かし、課題解決に向けて以下6領域でAI開発を進めることを提唱しました。具体的な取り組みもあわせて紹介します。

対象領域 主な取り組み(施策)
ゲノム医療
  • がんゲノム情報の収集体制やAIを活用した研究体制の構築
  • 画像診断支援
  • 関連医学会を中心とした画像データベースの構築
  • 医師法や医薬品医療機器法上の取り扱いを明確化
  • 診断・治療支援
  • 難病領域を幅広くカバーする情報基盤を構築
  • 医師法や医薬品医療機器法上の取り扱いを明確化
  • 医薬品開発
  • 創薬ターゲットの探索に向けた知識データベースを構築
  • 製薬企業とIT企業のマッチングを支援
  • 介護・認知症
  • 介護における早期発見・重症化予防に向けたデータ収集と予測ツールの開発
  • 手術支援
  • 手術関連データを相互に連結するインターフェースの標準化を実施
  • 厚生労働省「保健医療分野におけるAI開発の方向性について」p.4・5をもとに作成
    https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000337597.pdf

    なお文部科学省では、医療現場のニーズや知見に基づいて技術開発を進める人材を養成しようと、医療AIの実装を目指す新たな教育拠点も設けようとしています。

    医療AIの活用事例

    Online and modern technologies for simplifying the human resources system.Human resource manager checks the CV online to choose the perfect employee for his business. HR(human resources) technology.

    画像診断支援

    AIによる画像診断支援はすでに話題になっており、イメージしやすい領域ではないでしょうか。

    2016年には乳がんの転移を判別するコンテストが開かれ、11人の病理医とAIとが競い、診断能はAIの方が優れていたという驚くべき結果が公表されました。

    X線写真での肺炎検出、皮膚病変の分類、心筋梗塞の診断においても、AIの能力は各専門医と同等であるという報告もあります。

    診断・治療支援

    AIは画像診断だけでなく、慢性疾患の管理にも活用が期待されています。最も進んでいる分野の一つが糖尿病です。

    アメリカでは糖尿病の診療支援としてAIが承認を受け、活用されています。具体的には網膜症スクリーニング(眼科医の診察なしに網膜症の有無を判断する)、臨床診断支援(血糖測定を利用してインスリン量を微調整する)、患者さんの自己管理支援(持続血糖測定を分析して低血糖になる予兆を早期に発見する)、リスク階層化(糖尿病の発症リスクが高い人を早期に抽出する)などをAIが行っています。

    医薬品開発

    医薬品が市場に流通するまでには、巨額の資金と長い年月がかかります。薬事承認が予期できるのはわずか13%という報告*3もあり、最終的に実らない研究の方が多いのが実状です。

    もし世界中の研究者(もしくはAI)が協働し、疾患のタンパク質構造やバイオマーカー、重症度などのデータを効果的に収集・集約できれば、疾患の理解が進み、標的を効率良く探索できるでしょう。その可能性が医療AIにはあります。採算の都合で研究が進みにくかった分野でも、進展を望めるようになるかもしれません。

    医療AIの課題

    可塑性とブラックボックス性

    大きく期待される医療AIですが、もちろん課題もあります。代表的なものが可塑性ブラックボックス性です。

    可塑性は学習によって成果が変化することで、AI、とくに機械学習の代表的な特徴です。地域医療の現場には膨大な量のデータがあり、学習により最適な成果を期待できるようにも思えます。しかし、学習することで性能が落ちてしまう、正しい情報を発揮できる保証がないといった懸念もあります。

    ブラックボックス性は、文字通りの意味です。深層学習では、コンピューター自身がデータの特徴を抽出し、ルールやパターンの判断と学習を通して、入力された情報に対する出力を行います。入力から出力までの過程がコンピューター内で完結してしまうため、私たちは「なぜこれが出力されたのか」を理解できない場合があります。たとえば、あるデータを入力した結果「10年以内に◯◯を発症する可能性が高いです」という出力だけを得ても、対応に困ってしまうことがあるでしょう。

    個人情報の取り扱い

    医師に守秘義務があることは、広く知られています。さらに2015年の個人情報保護法改定で、健康・医療に関する情報は「要配慮個人情報」となり、医療機関は診療情報の保護に必要な策を取らなければならなくなりました

    しかし、情報を「保護」しているだけでは、医療の発展はありません。経験知の蓄積や研究は「個人情報」があってこそです。

    医療AIが学習するデータは医療情報であり、利用する場所は臨床現場です。個人情報の利用をどこまで周知しどのように本人の承諾を得るのか、委託業者がどこまでデータを集めて利用するのかなど、課題の整理はしきれていません。情報漏洩が起こらないよう、セキュリティ面も整えていく必要があります。

    医師との連携と責任の所在

    都市の前に立つ白衣の女性 医師 科学者

    AIを用いた診療において、「AI等のICTを用いた診療支援に関する研究」(2017年)ではAIを「診療プロセスの中で医師主体判断のサブステップにおいて、その効率を上げて情報を提示する支援ツールに過ぎない」*4と整理しました。これを受けて厚生労働省は「診断、治療等を行う主体は医師であり、医師はその最終的な判断の責任を負う*5と周知しています。

    「医療AIと法的責任に関する研究」(2019年)では、AI技術の性能が医師の能力を明らかに上回った場合においても、医師法17条『医師でなければ、医業をなしてはならない』の適応範囲に変化はないだろうと結論付けています。

    つまり、一部の業務・診療はAIに取って代わられる可能性があったとしても、診療の主体は医師であり、責任も医師が負わなければなりません

    AIが不適切なデータで学習し誤った判断を下す場合もあると思われますが、今のところ法的な整備は進んでおらず、上記を否定できるほどの根拠・通達もありません。

    医療AIの今後の展望

    AIの開発は世界中で行われており、その発展は加速度的に進んでいます。医療分野は非常に多様であり、領域によってまったく異なる性質が求められます。社会に実装していくためには、日々課題を把握しながら、導入や活用方法について継続的に検討することが必要です。

    先述のとおり、AIは「医師の仕事を代替する」のではなく、あくまで診療支援ツールであり、医師の主体性は今後も変わらず求められます。一医師・医療従事者として、まずはAIに対する誤解や思い込みを捨て、正しい認識を持つことが重要です。

    技術者だけがAIを理解していれば良いわけではなく、臨床家として地域や医療機関に合ったAIの開発に貢献していく必要もあるかもしれません。

    医療において、AIから出力される情報がすべてではありません。出力情報を利用して、どれだけ良い医療を提供できるかが重要です。

    今後もAIに関する最新情報をおさえつつ、「AIを用いて何ができるか」を考えていけると良いのではないでしょうか。

    まとめ

    医療AIの技術やAIをめぐる環境は、近年目まぐるしく発展しています。一方でAIの判断や回答が必ずしも正しいとは限りませんし、悪用しようとする人も出てくるかもしれません。現場で働く医師に求められることは、情報をキャッチアップしていくことと、AIが出力した情報を鵜呑みにせず適切に判断することでしょう。間違っても「AIに振り回される」ことのないように注意しながら、少しずつ利用してみましょう。

    三田 大介

    執筆者:三田 大介

    理学療法士から再受験し、現在はリハビリテーション科医師として病院勤務。より多くの人に正しい医療知識を届けたいとライター活動を開始。医師、理学療法士の両方の視点を活かしながら、企業などのオウンドメディアを中心に医療・健康に関する記事を執筆。


    ▶X(旧Twitter)|@sanda_igaku

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