診療報酬改定における改革の一つの柱として、実現が目指されているのが「診療報酬改定DX」です。医師として聞いたことはあっても、具体的な内容についてはご存知ない人も多いのではないでしょうか。
この記事では、診療報酬改定DXの目的やスケジュール、期待されるメリットや課題について、関連する「医療DX」も交えて解説します。

執筆者:Dr.SoS
診療報酬改定DXとは
診療報酬改定DXとは、一言で言うと「診療報酬改定を、DXで効率化することを目指す施策」です。
そもそも「診療報酬改定」とは、保険医療機関の重要な収入源である「診療報酬」を、社会情勢に合わせて改定する作業のことを指します。原則2年に1回の頻度で実施されており、直近では2024(令和6)年6月に施行されました。
一方、「DX」は「デジタルトランスフォーメーション」のことで、デジタル技術を利用することで生活をより良いものにしようとする試みです。
この両者を組み合わせた言葉が「診療報酬改定DX」であり、膨大な作業量を要する診療報酬改定を、DXにより効率化することを目指す取り組みです。最終ゴールは「進化するデジタル技術を最大限に活用し、医療機関等における負担の極小化」*1とされています。
<診療報酬改定DXの射程と効果>
◯最終ゴール
進化するデジタル技術を最大限に活用し、医療機関等(※)における負担の極小化をめざす
・共通のマスタ・コード及び共通算定モジュールを提供しつつ、全国医療情報プラットフォームと連携
・中小病院・診療所等においても負担が極小化できるよう、標準型レセプトコンピュータの提供も検討
(※)病院、診療所、薬局、訪問看護ステーションのこと。
厚生労働省「診療報酬改定DX対応方針」(2023年8月)p.1より引用
https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001140175.pdf(2025年2月19日閲覧)
診療報酬関連情報|厚生労働省
なるほど!診療報酬|日本医師会 診療報酬改定DX対応方針|厚生労働省 第4回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム(2023年8月)(*1)
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診療報酬改定DXの背景と目的
2年に1回という高頻度で実施される診療報酬改定では、ベンダーや医療機関などの関係者が短期間で改定業務に対応する必要があり、大きな業務負荷となっています。
通常は3月上旬に具体的な改定内容と診療報酬点数が確定し、翌月の4月1日には改定が施行され、新しい基準に則った算定がスタートします。この期間に必要な業務が集中するため、人数を通常の2.5〜3倍*2に増やして対応する必要があります。作業を各ベンダーがそれぞれ独自に行っていることも、改定業務の非効率な点として指摘されています。
こうした現状をふまえ、国の施策として診療報酬改定に関する業務負担を下げるという目標が設定されたのです。
診療報酬改定DXにおける4つのテーマ
改定業務の負担削減という目的を達成するため、診療報酬改定DXには4つのテーマが設けられています。
①共通算定モジュールの運用・開発
②共通算定マスタ・コードの整備と電子点数表の改善
③標準様式のアプリ化とデータ連携
④診療報酬改定施行時期の後ろ倒し等
厚生労働省「診療報酬改定DX対応方針」(2023年8月)p.1より引用
https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001140175.pdf(2025年2月19日閲覧)
①共通算定モジュールの運用・開発
「共通算定モジュール」とは、診療報酬の算定や、患者さんの窓口負担金を算出するため、業者や医療機関を問わず共有することを想定した電子計算プログラムです。共通算定モジュールを導入することで、業務負荷の削減が期待されています。
また、新型コロナウイルス感染症のようなパンデミックに備えるため、電子カルテ情報と発生届の連携、臨床研究における電子カルテ情報との連携も検討されています。
②共通算定マスタ・コードの整備と電子点数表の改善
「マスタ」や「コード」は、医療機関がレセプトを提出する際に使用するものです。
マスタは「プログラムがデータ処理をする際に参照する基本ファイル」*3のことで、現在用いられている基本マスタを拡張した「共通算定マスタ」が整備される予定となっています。共通算定コードについても同様で、ベンダーや医療機関によらず標準化することで、患者さんの情報を効率的に管理することができます。
また、地方単独事業と呼ばれる医療費助成のためのマスタ(地単公費マスタ)も導入し、市区町村コードや該当する公費の分類が整備される予定です。
③標準様式のアプリ化とデータ連携
診療計画書や同意書などの書類様式を標準化しアプリなどで提供することや、施設基準届などの電子システム上での申請を推進することが挙げられています。
④診療報酬改定施行時期の後ろ倒し等
診療報酬改定の施行時期の見直しは、2024(令和6)年度の診療報酬改定で実行されました。改定施行時期を後ろ倒しにすることで、改修コストを低減することが狙いです。
一見これはDXと関係なさそうですが、告示から運用までの期間が短いことで作業集中期(デスマーチ)を生み出していた側面から、"医療機関等における負担の極小化をめざす"という目標とマッチした取り組みと言えるでしょう。
ほかに、点数表のルールの簡素化なども、今後の施策として挙げられています。
診療報酬改定DXと医療DX
ここまで診療報酬改定DXについて見てきましたが、医療業界全体にかかわる「医療DX」も、近年着々と進められています。
たとえば、2023年1月から電子処方箋の本格運用が始まりました。重複投薬の確認などが容易になると期待されています。
2023年4月からは、マイナンバーカードを保険証として利用するオンライン資格確認の導入が原則義務化されました。窓口業務の効率化が目指されています。
ほかにも、電子カルテ情報共有サービス、医療等情報の二次利用などが計画されています。DXは社会全体のトレンドですが、医療業界も例外ではなく、いっそうのイノベーションが期待されていると言えるでしょう。
厚生労働省は、医療DXを下記のように定義しています。
医療DXは、医療分野でのデジタル・トランスフォーメーションを通じたサービスの効率化や質の向上により、①国民の更なる健康増進、②切れ目なくより質の高い医療等の効率的な提供、③医療機関等の業務効率化、④システム人材等の有効活用、⑤医療情報の二次利用の環境整備の5点の実現を目指すものであり、我が国の医療の将来を大きく切り拓いていくものです。
厚生労働省webサイト「医療DXについて」より引用
https://www.mhlw.go.jp/stf/iryoudx.html(2025年2月19日閲覧)
医療DXの実現に向けた取り組みとしては、下記を3本の柱としています。
- 全国医療情報プラットフォームの創設
- 電子カルテ情報の標準化等
- 診療報酬改定DX
厚生労働省webサイト「医療DXについて」より引用
https://www.mhlw.go.jp/stf/iryoudx.html(2025年2月19日閲覧)
診療報酬改定DXは、医療業界全体にかかわる「医療DX」の3本柱の一つにも位置付けられている、重要な取り組みなのです。
医療DXについて|厚生労働省
医療DXの推進等について|厚生労働省 第189回社会保障審議会医療保険部会(2024年12月)
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診療報酬改定DXのメリット・課題
ここまで診療報酬改定DXの内容や、医療DXとの関係性を見てきました。ここからは診療報酬改定DXのメリットや現状の課題を少し掘り下げてみます。
診療報酬改定DXのメリット
まず医療機関にとってのメリットは、2年に1回の改定のたびに生じていたシステム改修の負荷が軽減される点が非常に大きいでしょう。
従来の診療報酬改定では、先述のとおり"デスマーチ"とも呼ばれる期間が発生していました。この時期はどの医療機関も共通ですから、人材の需給バランスが崩れ、人件費が高騰してしまいます。診療報酬改定DXが進むことで業務負荷の低減、さらにはベンダーに対するコストの削減が期待できます。
一方のベンダー側においても、システム改修時の人材削減はメリットと言えるでしょう。
診療報酬改定DXの課題
すでに取り組みが進みつつある診療報酬改定DXですが、まだ多くの課題もあります。たとえば下記のような点が考えられます。
- 医療機関のシステム導入の負担
- 人材育成
- 情報の取り扱い
新しいシステムの導入には初期費用や運用コストがかかるため、とくに中小規模の医療機関にとっては、大きな負担となり得ます。共通システムの導入でコストが抑えられるとはいっても、新しいシステムを運用していくには医療従事者を含めた人材面での教育やスキルアップが欠かせません。人材育成のコストまで含めて考えると、診療報酬改定DXがどの程度の財政効果を生み出すか、慎重な検討が必要と考えられます。
また、情報のデジタル化に伴い、個人情報の取り扱いやセキュリティ面での課題が懸念されます。こちらも然るべき対策が必要と言えるでしょう。
診療報酬改定DXの実施スケジュール
診療報酬改定DXのスケジュールは「2024年度から段階的に実現していく」と定められています。実際、4つのテーマの一つ「④施行時期の後ろ倒し」は、先述のとおり2024(令和6)年度の診療報酬改定で実行されました。従来4月1日とされてきた改定の施行日が、6月1日に改められました。
次の診療報酬改定は2026(令和8)年度の予定です。それまでに共通算定モジュールの開発と試行運用を済ませ、医療機関に本格的に提供される予定となっています。それ以外の施策も、まずは病院向けの開発から着手し、費用対効果を見ながら順次、診療所や薬局にも導入が進む予定です。
厚生労働省「医療DXの更なる推進について」(2024年8月)p.24より
https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001298804.pdf(2025年2月19日閲覧)
まとめ
今回は診療報酬改定DXについて見てきました。診療報酬改定DXは2年に1回行われる診療報酬改定を効率化するためにDXを取り入れる試みです。データの共通化・標準化などを通して改定業務の負担削減が目指されており、「医療DX」の骨格でもある重要な取り組みです。まずは医療機関の中でも病院を中心に導入が始まり、費用対効果を見ながら診療所や薬局にも導入される見込みとなっています。
2024年度には改定施行時期の後ろ倒しが実行され、2026年度には共通算定モジュールの開発・提供が目指されています。今後の進捗や動向が注目されます。
医療DXの更なる推進について|厚生労働省 第181回社会保障審議会医療保険部会(2024年8月)
└p.22~ 診療報酬改定DXの推進
内閣官房 第1回医療DX推進本部幹事会資料(2022年11月)(*3)└資料2 医療DXに関する施策の現状と課題