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NBMは、narrative based medicineを略した用語です。Narrative(ナラティブ)とは「物語」や「語り」といった意味であり、NBMは患者さんが語る病を主体ととらえ、それに基づいて組み立てる医療のことを指します。
NBMでは患者さんの意向や希望を重視するため、エビデンスやデータを重視するEBMとしばしば比較して説明されます。この記事ではNBMの概要とEBMとの違い・関連を中心に解説します。
執筆者:Dr.Ma
NBMとは
NBMは1998年に英国で提唱された概念で、近年日本国内でも注目を集めています。
医療では、疾患に対して診断を下し治療を行うのが一般的な流れですが、たとえば治癒が望めない疾患や老化が原因である不調にどのように対処するのか、延命措置を望まない患者さんに対してどう対応するのか、といった問題は、「疾患に対する治療」だけでは解決することができません。
患者さんが歩んできた人生や築き上げてきた価値観、疾患に対するとらえ方などを含めて、全人的に医療を行おうとするのがNBMです。
NBMの定義
2010年、米国の家庭医であるTaylorはNBMについて、「患者が自身の人生の物語を語ることを助け、"壊れてしまった物語"をその人が修復することを支援する臨床行為」*1,2であるとしました。
国内では、日本救急医学会が「個々の患者が語る物語から病の背景を理解し、抱えている問題に対して全人格的なアプローチを試みようという臨床手法」*3と説明しています。
患者さんが自分の人生や価値観を背景に、疾患をどのようにとらえているかに重点を置いていること、そして具体的な臨床行為・手法である点が、NBMのポイントです。
"Narrative"と"story"の違い
「物語」というと、一般的には"story"が思い浮かぶのではないでしょうか。Storyは「物語の筋書きや内容」を指します。主人公や登場人物を中心に物語が展開され、結末を迎えます。患者さんが抱える疾患を治療した結果、症状が改善した、という流れは"story"と言えます。
これに対して、"narrative"の主役は語り手であり、物語は終わることがありません。語り手がどのように語るのか、ということ自体が「物語」であり、自由に展開されます。
Storyは変化することがありませんが、narrativeは語り手自身が変化することで、物語自体の変化が起こり得るのです。
医療にnarrativeの視点を取り入れるということは、同じ疾患でも語り手によってとらえ方が異なり、治療法の選択も異なる可能性が高まります。
NBMの特徴
NBMの概念をより詳しくお伝えするため、ここからはTaylerがまとめた「NBMの4つの特徴」を紹介します。
①「病」を人生の一部とみなす
②患者さんを主体とする
③複数のnarrativeの存在を認める
④治療にインパクトを与える可能性がある
①「病」を人生の一部とみなす
NBMの前提となるのが、「病」はあくまで人生の一部であるということです。
医療者は、患者さんが抱える「疾患」ばかりを見てしまいがちですが、患者さんにとっては、長い人生のごく一部です。歩んできた人生が人それぞれ異なるように、病のとらえ方は人によって異なります。患者さんの物語は病だけでできているわけではないという事実を認めることが、NBMの特徴になっています。
「疾患」と「病」の違い、それはstoryとnarrativeの違いに似ています。物語の筋道・事実である「疾患」と、患者さん自身のとらえ方を含む「病」は、それぞれdisease(疾患)、illness(病)と呼び分けることができます。
②患者さんを主体とする
NBMでは、患者さん自身が物語の登場人物であり、同時に主人公です。物語の中で患者さんがどのように動き物事を選択するかは、患者さんの語り方、つまり意思で決まります。
医療現場では、患者さんの話を聞くといっても、情報収集や説得のための手段になりがちです。語ることはstoryを進めるための"手段"ではなく、narrativeの"主体"として尊重されます。
③複数のnarrativeの存在を認める
Narrativeは"語り"なので、いわば主観的な経験・とらえ方でもあります。しかし医療現場では、主観的な考えや意見はあまり良いこととされません。客観的な事実に基づき治療を組み立てていくのが一般的です。客観的な事実は基本的には1つであり、変わることのない事実です。
しかしNBMでは、複数のnarrativeがあることを認めます。同じ疾患や治療法でも、患者さんには患者さんの、ご家族にはご家族の、医療者には医療者のとらえ方があります。それらは共通した面を持つこともあれば、全く違うこともあります。
医療を受ける人と医療者の間で物事のとらえ方が違うことは容易に想像できますが、時には医療者の間でも異なることがあります。わかりやすい例は、東洋医学と西洋医学の違いです。どちらの医学も、これまで数えきれないほどの疾患や病を治療してきましたが、根底に流れるnarrativeは全く異なります。
プラセボ効果も、一つの例でしょう。医療者が納得できない結果でも、患者さんにとっては「治療を受けて改善した」という重要なnarrativeができあがることがあります。
このように、複数のnarrativeがあることを医療上も認めるのが、NBMの特徴です。
④治療にインパクトを与える可能性がある
NBMは臨床行為・手法であるため、治療に影響(impact)を与えることが期待されます。
NBMでは、対話を重視して"新たな物語"が浮かび上がってくるプロセスを共有します。近年はチーム医療や多職種連携という形で、複数の医療者が1人の患者さんと関わるケースも多くなりました。多くの人のnarrativeをすり合わせて作り上げる"新たな物語"は、患者さんの病にインパクトを与えることが期待されるのです。
NBMがとくに有効と考えられるのは、在宅医療や終末期医療の現場です。患者さんは治療法の選択を迫られたとき、「家で過ごしたい」「つらい治療は嫌だ」、または「治る可能性があることはすべてやってほしい」といったことを、漠然と考えます。患者さんは具体的な情報がない中で選択を迫られており、こうしたnarrativeには医療知識も不足しています。
そこでNBMでは、具体的な情報を持つ医療者のnarrativeを提示し、患者さんのnarrativeとすり合わせていきます。医療者は具体的な予後はどの程度なのか、治療に伴う副作用にはどのようなものがあるのか、在宅で利用できるサービスにはどのようなものがあるか、という情報を語り、患者さんは自分の人生や価値観に基づいて語ります。
この過程や目指すものは決して大げさなものでなく、「とりあえずこれでいってみよう」という小さな物語を共有することから始まります。語り合ってできあがる"新たな物語"が、治療に大きく影響し得るのです。
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NBMとEBMの違い・関連
NBMとEBMは対立するものではない
EBM(evidence-based medicine:根拠に基づく医療)は、臨床研究で得られる科学的根拠(エビデンス)を重視して組み立てる医療のことです。今やすべての医師の考え方の基本であると言っても過言ではありませんが、エビデンスやデータばかりを重視し、患者さん自身に向ける視点が足りないのではないか、と指摘を受けるようになりました。
EBMで患者さんの満足が得られないこと、医師と患者さんとの関係悪化が懸念され始めたことが、NBMが注目されるきっかけになったと指摘されています。そのため、EBMとNBMは対立するものとして語られることがあります。
しかしEBMは本来、エビデンスをもとに患者さんそれぞれの特性を考慮しながら適応を検討し、最善の治療を行おうとするものです。
NBMとEBMは「患者さんを中心とした医療を実現するための車の両輪」*4であるべきなのです。
NBMとEBMを両立させるには
とはいえ、NBMとEBMを両立させるのは簡単なことではありません。医師はエビデンスを学ぶのに多くの時間を費やしています。EBMを学び実践しながら患者さんのnarrativeを尊重するには、どのような考え方が必要なのでしょうか。
これには、奥野雅子先生の論文*5で提唱されている「エビデンスのnarrative化」と「narrativeのエビデンス化」がヒントになるかもしれません。
エビデンスは、より効果的な治療や援助を目指すために存在するものです。しかし治療や援助の対象である「人間」は、常に変化していきます。同じ治療でも、効果はその人の状態によって異なる、つまりエビデンスはあくまで「初期条件」であり、一つの「情報」なのです。
エビデンスの機能を活かすためには、エビデンスをどう伝えるかというコミュニケーションのあり方が大きく関わってきます。これが「エビデンスのnarrative化」です。
一方、narrativeつまり"語ること"をコード化または数値化し、エビデンスとする研究も存在します。患者-医師間の会話を分析し、患者さんの満足度が高いnarrativeを分析する研究などです。
このように、NBMとEBMを両立させるということは、両者のプロセスを行ったり来たりすることととらえられるのではないでしょうか。
まとめ
今回はNBMについて紹介しました。NBMは在宅医療や終末期医療でとくに重要な考え方になっています。対話を重視した診療を実践するには、医療者・患者さん双方の理解と、環境調整や準備が必要です。明日からの診療に少しでもご参考になれば、幸いです。
執筆者:Dr.Ma
2006年に医師免許、2016年に医学博士を取得。大学院時代も含めて一貫して臨床に従事した。現在も整形外科専門医として急性期病院で年間150件の手術を執刀する。知識が専門領域に偏ることを実感し、医学知識と医療情勢の学び直し、リスキリングを目的に医療記事執筆を開始した。これまでに執筆した医療記事は300を超える。
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