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医療現場で「リカバリー」という言葉を聞いたことはあるでしょうか。日本語に直訳すると「回復」です。医療の現場で回復というと、怪我や病気が治癒して回復するという状況を想像される方が多いかもしれません。しかしリカバリーという言葉は、主に精神科領域で使われています。単に症状の改善・寛解を目指すのではなく、症状があっても自分らしく生きることや、社会生活の中で役割を担うことが、精神科治療のゴールと考えられるようになっており、その過程が「リカバリー」です。
この記事では、リカバリーの意味や種類、医師がリカバリーを支援・促進するために重要なポイントについて解説します。
執筆者:竹内 想
リカバリーとは
リカバリーとは、「人々が生活し、働き、学び、地域社会に十分に参加できるようになる過程であり、ある個人にとっては障害があっても充実し生産的な生活を送ることができる能力であり、ほかの個人にとっては症状の減少や完全寛解である」と定義されています*。すなわちリカバリーは精神疾患を持つ患者あるいは精神保健医療福祉サービスを利用する当事者自身が歩む「過程」であり、患者・当事者ごとに異なるものです。
リカバリーにつながる概念は、1960~70年代に欧米で生まれたとされています。精神疾患の当事者活動から始まった概念でしたが、支援者や医療職にも浸透していきました。その後普及が進み、2010年代には「リカバリームーブメント」と呼ばれる世界的な潮流に発展しています。
近年は患者さんを医療の中心に置く考え方(患者参加型医療)が医療全体で重視されるようになっています。しかし「リカバリー」は精神科やメンタルケアに関わる方以外、まだ聞き馴染みがないかもしれません。もう少し具体的な例を挙げながら見ていきましょう。
リカバリー(Recovery)|国立精神・神経医療研究センター
President's New Freedom Commission on Mental Health:Achieving the promise: transforming mental health care in America.Department of Health and Human Services, Rockville, 2003(*)
リカバリーの種類
リカバリーは、大きく「臨床的リカバリー」と「パーソナル・リカバリー」に分けることができます。2つのリカバリーはどのように異なるのでしょうか。
臨床的リカバリー
そもそも医療は、医師をはじめとした専門家が主体となって考えることが多く、体の機能や症状などの客観的な評価に基づいて治療効果を判定するのが一般的です。「病気の症状が取り除かれる」「元通りの日常生活を送ることができる」など、症状の改善や機能の回復に主眼を置き、病気の寛解を目指す、専門家主導のリカバリーが「臨床的リカバリー」です。
パーソナル・リカバリー
臨床的リカバリーだけでは、精神疾患の当事者がどのように感じているかという主観的な評価を行うことができません。また、すべての患者さんが臨床的リカバリーを達成できるわけではなく、症状が再発してしまう方や、治療をしても症状を完全に抑えられない方もいます。
そこで登場するのが「パーソナル・リカバリー」の考え方です。病気を抱えながらも夢や希望を持つこと、自分らしい生活を行うことなど、患者さん個人が主体的に人生を送ることに主眼が置かれます。
パーソナル・リカバリーは、症状の減少や寛解、つまり臨床的リカバリーに類似したものであってもかまいません。医師や支援者など他者が決めるのではなく、当事者自身が考えた結果であれば、症状の緩和が目標になることもあります。
また、パーソナル・リカバリーは夢や目標を達成するという「結果」ではなく、夢や目標にたどり着くまでの「プロセス」である点に注意が必要です。精神科医療の現場で単に「リカバリー」というと、パーソナル・リカバリーを指すのが一般的です。
リカバリーを支援・促進するためのポイント
リカバリーは患者さん個人が主体となって設定するものですが、実際にリカバリーのプロセスを進めていくには、医師などの専門家の助けが必要な場合が多くあります。
医師がリカバリーを支援する際、どのような点に注目すれば良いのでしょうか。ここからは、医師が患者さんのリカバリーを支援・促進するために重要な点を解説します。
【医師がリカバリーを支援・促進するためのポイント】
- ストレングス
- アウトリーチ支援
- 持続的かつ総合的なアプローチ
ストレングス
リカバリーを考える上では、「ストレングス」(または「ストレングスモデル」)に着目することが大切です。ストレングスとは、日本語で"強み"を意味します。
病気や症状は悲観的に捉えられやすく、患者さんはどうしても悪い方向に考えてしまいます。病気や症状をなくそう、症状によって起こる問題を解決しようとしがちです。
ここで着想を変えて、"自分が持っている強み"に目を向けるのが、ストレングスの考え方です。患者さんは、それまでの人生で身に付けたスキルや資格、活動実績や人脈など、多くの"強み"を持っているはずです。それらを認識し活かすことが、医師が患者さんとリカバリーの目標を考えたり、支援・促進したりする上で役立ちます。
アウトリーチ支援
リカバリーの大部分は病院以外、患者さん本人の生活圏内で行われます。医療機関内だけでリカバリーを達成することは困難であり、支援者も患者さんの生活圏に入っていく必要があります。
病院などに留まらず、ニーズがある場所まで行き提供するタイプの支援を「アウトリーチ支援」と呼びます。臨床的リカバリーと比較して、パーソナル・リカバリーを達成するためには、このアウトリーチ支援の重要性が高くなります。
身体疾患の場合、症状が重ければ自覚症状につながるため、患者さんが自ら医療機関を受診することが多いです。しかし精神疾患の場合は、症状が重いと医療機関の受診に至れない、受診の必要性を理解できない、そもそも精神疾患を患っているかわからず自宅に引きこもってしまう、といったケースが多く生じます。
アウトリーチ支援はリカバリーの促進だけでなく、こうした課題を解決する上でも重要な役割を持っています。
持続的かつ総合的なアプローチ
リカバリーは時間をかけて進めるプロセスであり、定期的なフォローアップが必要です。医師は患者さんの進捗状況を定期的にモニタリングし、治療計画の見直しや調整を行うことで、患者さんのリカバリーを支援します。
また、患者さんとコミュニケーションを取り続けることも重要です。リカバリーの主役は患者さん自身であるため、支援においてはアウトカムを重視するのではなく「患者さんに伴走する」という意識を持つ必要があります。
そしてリカバリーのためには、身体的な健康だけでなく、心理的、社会的、職業的な側面も含めた総合的なアプローチが必要です。患者個別のニーズに応じて、医師、看護師、心理士、社会福祉士など多職種が連携し、統合的な治療プランを策定することが重要となります。
まとめ
今回は医療におけるリカバリーの意味や、臨床的リカバリーとパーソナル・リカバリーの違い、そしてリカバリーのプロセスを進める上でのポイントを解説しました。リカバリーを実際に進めていくには、医療者が医療を提供するという一方通行の関係ではなく、患者さんの意見や価値観を踏まえて目標を設定し、そこに向かって歩んでいく「伴走」の意識が大切です。これは精神科に携わる医師にかかわらず、医師であれば知っておきたい知識・考え方と言えるでしょう。
この記事がリカバリーを理解する上でお役に立てば幸いです。
令和3年度厚生労働省障害者総合福祉推進事業 専門研修テキスト(障害統合版 vol.1)|厚生労働省
日本メンタルヘルス ピアサポート専門員研修機構
本人のリカバリーの100の支え方 精神保健従事者のためのガイド(100 ways to support recovery. A guide for mental health professionals)第2版|Rethink Mental Illness
▼患者参加型医療に関連する記事はこちら
SDM(共同意思決定)とは?患者と医師が協力する医療の在り方
アドバンス・ケア・プランニング(ACP/人生会議)とは?医師向けにガイドラインのポイントを解説
執筆者:竹内 想
大学卒業後、市中病院での初期研修や大学院を経て現在は主に皮膚科医として勤務中。
自身の経験を活かして医学生〜初期研修医に向けての記事作成や、皮膚科関連のWEB記事監修/執筆を行っている。
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