臨床現場で「拡張型心筋症」(DCM)に遭遇する機会は少なくないのではないでしょうか。背景に多様な要因が考えられるため、診断にあたっては総合的な評価が必要ですが、初期診断の簡便な検査手段として心電図検査も有用です。本記事では拡張型心筋症の診断をする上での心電図および各種検査のポイントを整理します。

拡張型心筋症(DCM)とは
拡張型心筋症(DCM:dilated cardiomyopathy)は原因不明の心筋疾患で、左室の拡大と心機能低下による収縮不全をきたす疾患です。心機能が経時的に徐々に低下する疾患であり、うっ血性心不全や多彩な不整脈が出現します。
診断は除外診断によってなされます。具体的には、虚血性心筋症、アルコール性心筋症、抗がん剤の副作用などが原因となる薬剤性心筋症、産褥性心筋症などの疾患を除外します。
予後については現時点で明確な調査はありませんが、1年死亡率は7.3%と報告されています*。
拡張型心筋症の診断方法―心電図は有用?
拡張型心筋症の診断には、以下の検査が有用です。
- 心エコー
- 心臓MRI
- 心筋生検
- 心電図
このうち、心電図は診断の補完的な役割を担う検査です。ただし、ほかの検査・診断方法と比べて短時間かつ簡便に実施できる点で有用です。
拡張型心筋症の心電図所見
心電図異常が起こる機序
拡張型心筋症に典型的な心電図所見はありません。しかし、以下の機序でさまざまな心電図異常が出現します。
- 心筋細胞の不均一化:心筋細胞の大きさや機能が不均一となるため、電気的伝導が不安定化します。
- 心筋の線維化:心筋細胞が壊死し線維化組織に置き換わるため、心筋内の電気的伝導が阻害され、リエントリー回路の形成が促進されます。
- 心室の拡大:心筋細胞が脆弱化するため、心室が拡大し心筋内の電気的伝導経路が延長され、電気的刺激が不均一な状態となります。
- イオンチャネルの変化:心筋細胞が障害されるため、心筋細胞のイオンチャネルに異常が生じ、活動電位の変化や異常自動能を起こします。
心電図異常の具体例
上記の機序によって、拡張型心筋症では心室性不整脈や心房細動などの不整脈が高頻度で発生します。とくに心室性不整脈は突然死のリスクを高める可能性があるため注意が必要です。
以下、拡張型心筋症で見られ得る心電図所見の具体例を見ていきましょう。
心室内伝導障害
左脚ブロック(LBBB)を高頻度に認めます。左心室と右心室の動きの連動性に支障をきたすため、心機能をさらに低下させる可能性があります。
また、左脚ブロックは拡張型心筋症の予後不良因子として報告されています。
【左脚ブロックの心電図所見の例】
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【診断ポイント】
QRS幅 | 0.12秒以上に広がる。 |
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Q波 | V5・V6誘導で欠如する。 |
波形の形状 | Ⅰ・aVL・V6誘導でMパターンの幅広いQRSがみられる。 |
S波 | V1~V3誘導で幅広く深いS波があり、QS型またはrS型QRSである。 |
ST-T変化 | Ⅰ・aVL・V6誘導で二次性ST-T変化を示す。 |
その他 | V1~V4誘導のST上昇、T波増高、V1~V3誘導のQS型QRSなどの所見が認められることがある。 |
また、拡張型心筋症では非特異的心室内伝導障害が見られることがあります。心筋細胞の不均一性により心室内の伝導時間が遅延し、QRS時間の延長所見を呈します。QRSが2.5 mm以上と幅広く、脚ブロックの特徴を示さないのがポイントです。
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P波の異常
- 幅広い二峰性P波(僧帽P波):Ⅱ誘導またはV1誘導において、幅が0.1秒以上の二峰性P波が見られることがあります。左心房拡大を示唆する所見です。
- 二相性P波(V1誘導における左房負荷所見):V1誘導で、陽性相の後に幅広く深い陰性相を示す二相性P波が見られることがあります。この所見も、左心房拡大を示唆する所見です。
QRS波の変化
異常Q波を認めることがあります。心筋にダメージが及んでいる所見です。
異常Q波とは、aVR以外の誘導の幅が0.04秒以上、深さがR波の高さの1/4以上のQ波を言います。
aVR誘導ではQRS波は常に下向きのためQ波を有しますが、これは異常Q波とは言いません。
ST-T変化
非特異的ST-T変化も、多くの患者さんで認められる所見です。
具体的には、T波の平坦化や逆転、ST低下などが含まれます。これらの変化は心筋の線維化に加え、心筋の虚血を反映していると考えられています。
刺激伝導系障害
房室ブロックなどの刺激伝導系の障害はしばしば見られます。これらは心筋の線維化や変性によって起こります。
低電位
四肢誘導を中心としてQRS波の振幅が低下する所見も認めます。心筋の線維化や浮腫により、心筋の活動性が低下していることが要因と考えられています。
診断基準として、四肢誘導のすべての誘導でQRS波の上下の振幅の和が5 mm以下の時は四肢誘導の低電位、胸部誘導のすべての誘導でそれが10 mm以下の時を胸部誘導の低電位といいます。
左室高電位
左室高電位は、RV5(またはRV6)>26 mmまたはSV1+RV5>35 mmの所見のことを言います。
臨床上よく混同されますが、左室高電位だからと言って、左室肥大であると診断することはできません。
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合併する不整脈
- 心室性不整脈:心室性期外収縮がしばしば観察されます。重症化すると、心室頻拍や心室細動などの致死性不整脈が出現します。
突然死に至る不整脈のため、埋め込み型除細動器などのデバイス治療が検討されます。
【期外収縮の心電図所見の例】
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【診断ポイント】
QRS幅 | 0.12秒以上のことが多い。 |
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QRS波形 | 正常例とは形状が異なる。 |
P波 | 先行するP波を認めない、または正常なP波との関連がない。 |
RR間隔 | 心室性期外収縮の波形の後に代償性休止が見られることが多い。 |
連続性 | 連続した心室性期外収縮(例:2連発・3連発)は非持続性心室頻拍として扱われることがある。 |
- 心房細動:血栓塞栓症のリスクを増加させます。
以上、紹介してきた不整脈は、心筋の線維化・拡張・機能不全など、拡張型心筋症の病態生理を反映しています。しかしこれらの心電図所見は拡張型心筋症に特異的ではないため、先述のとおり診断には心エコーやMRIなどの画像検査が必要です。
拡張型心筋症のそのほかの検査所見
心電図以外の検査で得られる主な所見は以下のとおりです。
心エコー |
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心臓MRI |
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心筋生検 |
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拡張型心筋症の治療
拡張型心筋症の治療は、薬物治療・デバイス治療・外科治療に大別されます。
薬物治療として、ACE阻害薬またはアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)、β遮断薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)、SGLT2阻害薬、アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)、HCNチャネル遮断薬、利尿薬(心不全症状緩和のため)などが用いられます。
デバイス治療としては、致死的不整脈の管理や心機能改善目的に、植込み型除細動器(ICD)、心臓再同期療法(CRT)が検討されます。
重症例においては、外科治療として補助人工心臓(VAD)、心臓移植が選択肢となります。
まとめ
拡張型心筋症は多様な要因で発症する疾患のため、総合的な評価が必要です。しかしながら、心電図は簡便で非侵襲的な初期診断の手段として有用です。特徴的な所見を理解することで、早期発見や適切な治療につなげましょう。