患者さんの病態が回復する見込みがないと考えられる場合に下される「DNAR」の判断は、患者さんやご家族の意向に沿った対応として、広くなされています。医療者にとっては、救うことができない無念さを感じるとともに、患者さんに無理な負担をかけないという面で安心する部分もあるかもしれません。
しかし医療現場での「DNAR」の判断基準は必ずしも一定ではなく、「DNAR=治療を行わないこと」という誤解が生まれるリスクも指摘されています。この記事ではDNARの基本的事項や注意点を確認します。

執筆者:Dr.Ma
DNARとは
DNARとは"do not attempt resuscitation"の略で、「患者本人または患者の利益にかかわる代理者の意思決定をうけて心肺蘇生法をおこなわないこと」*を指します。
DNARの合意が得られていれば、老衰やがん末期の患者さんなどが心肺停止となった場合に蘇生処置を行わないことを選択し、そのままお看取りをします。
蘇生の見込みがない状態で、体に負担のかかる処置を希望しない患者さんや家族は多くいます。そのため医療現場ではしばしばなされている判断です。
DNRとの違い
DNARと似た言葉に、DNRがあります。"Do not resuscitate"の略で、DNARよりも先に使われていた用語です。蘇生の可能性が低い患者さんに対して一律的に心肺蘇生を行うことに疑問が呈され、1970年代にこの言葉が使われるようになりました。現在もベテランの医師や看護師が「DNR」と言うこともあるのではないでしょうか。
DNRが広まるにつれ、"do not resuscitate"が「蘇生が成功する見込みがあるのに行うな」と解釈され得る懸念が生まれ、徐々に「成功しない蘇生行為をあえて試みない」という意味の"do not attempt resuscitation"、つまりDNARという用語が使われるようになりました。
実際は両者の意味に大きな違いはなく、DNRとDNARを同じ意味で使用している現場も多いと考えられます。
ACP・BSCとの違い
近い意味の略語に「ACP」や「BSC」もあります。
ACPは将来病状が変化したときなどにどのようなケアを希望するかをあらかじめ話し合っておくこと、BSCは積極的な治療を行わず症状緩和に努めることを指します。
DNRやDNARは「心肺停止時」の対応を指す用語であり、ACPやBSCは「人生の最終段階」(終末期)における対応を指す用語、と言うと違いがわかりやすいでしょうか。
DNARの意思決定プロセス
DNAR対応を決定するには、患者さんや家族と医療チームの話し合いによる意思決定プロセスが重要になります。しかし、DNARについて独自のガイドラインを設定している病院はあるものの、一般的なガイドラインはありません。
そこで日本集中治療医学会はDNARの合意形成に関して、厚生労働省の『人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン』、あるいは日本集中治療医学会・日本救急医学会・日本循環器学会の『救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン ~3学会からの提言~』に沿うよう勧告しています。
『人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン』では、意思決定の手続きについて以下のように説明しています(以下、筆者要約)。
本人の意思を確認できる場合
医療従事者による専門的な検討と本人への適切な情報提供・説明を行った上で、本人と医療・ケアチームの合意に基づいて意思決定をします。
本人の意思は時間の経過や心身状態の変化により変わる可能性があるため、話し合いを繰り返すことで、本人が意思を示せるようにする必要があります。
心肺停止時はその場で本人の意思を確認することは当然できないため、文書などで事前の合意形成を確認できるようにしておく必要があるでしょう。
本人の意思を確認できない場合
本人の意思を推定できる場合は、その推定意思を尊重して最善の方針を決定します。
推定できない場合は、家族との話し合いを通じて本人にとっての最善の方針を追求します。家族などが不在、または家族が判断を医療・ケアチームに委ねる場合も、本人にとっての最善を基本とします。
複数の専門家からなる話し合いの場の設置
方針の決定が困難な場合は複数の専門家による話し合いの場を設け、チーム外の人も交えた検討が必要になります。
DNARの注意点
DNARは生命に直接関わる決断であるため、医師の責任が問われ得る場合もあり、慎重な対応が必要です。DNARの注意点を見ていきましょう。
心肺蘇生以外の治療への影響
DNARはあくまで「心肺停止時に蘇生処置を行わないこと」を指します。つまり、DNARの合意を得られたからといって、心肺蘇生以外の治療に影響を与えてはいけないということです。
近年DNARに基づき、終末期医療や救命の努力が放棄されているのでは、と危惧されるようになりました。DNARと終末期医療は別の概念であり、治療方針に関わる意思決定はそれぞれ別個に行わなくてはなりません。
終末期医療に関する合意が得られていないにもかかわらず、DNARを根拠として心肺停止ではない症例・場面で必要な医療を行わない、または始めないという選択は正しくありません。日本集中治療医学会は以下のように提唱しています。
DNAR指示のもとに心肺蘇生以外の酸素投与、気管挿管、人工呼吸器、補助循環装置、血液浄化法、昇圧薬、抗不整脈薬、抗菌薬、輸液、栄養、鎮痛・鎮静、ICU入室など、通常の医療・看護行為の不開始、差し控え、中止を自動的に行ってはいけない。
西村匡司・丸藤哲「Do Not Attempt Resuscitation(DNAR)指示のあり方についての勧告」p.208より引用
https://www.jsicm.org/pdf/DNAR20170105.pdf
2023年には、DNARに関する病院側の誤認で必要な救命処置が行われなかったとして、遺族による訴訟が起こりました。DNARに関する理解や記録が不十分だと法的リスクも抱え得るという点に注意が必要でしょう。
「同意書」は必要か
『人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン』には、「話し合いの内容はその都度、文書等に記録しておく」と記載されています。
今のところ、この文書に指定のフォーマットなどはありませんが、診療録などの公式な文書への記載を想定し、同意書を設けている医療機関もあると考えられます。
まとめ
DNARの基本的事項と注意点について紹介しました。高齢者やがんの患者さんを診療する機会の多い医師にとっては、身近な話題ではないでしょうか。後悔のない最期を迎えるためには、同意の形式にこだわることよりも、患者さんやご家族としっかりコミュニケーションを取ることが最重要であるのは言うまでもありません。この記事がDNARについて理解を深める一助となれば幸いです。
日本集中治療医学会倫理委員会:DNAR(Do Not Attempt Resuscitation)の考え方.日本集中治療医学会雑誌 24:210-215,2017
西村匡司・丸藤哲:Do Not Attempt Resuscitation(DNAR)指示のあり方についての勧告. 日本集中治療医学会雑誌 24:208-209,2017
人生の最終段階における医療・ケアに関するガイドライン(令和2年5月)|日本医師会
「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」の改訂について|厚生労働省
人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン 解説編(平成30年3月)|人生の最終段階における医療の普及・啓発の在り方に関する検討会
救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン ~3学会からの提言~|日本救急医学会