約3年半ぶりの改訂『医師臨床研修指導ガイドライン』2023年度版の改訂ポイントは?【現役医師解説】

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公開日:2024.02.21

約3年半ぶりの改訂『医師臨床研修指導ガイドライン』2023年度版の改訂ポイントは?【現役医師解説】

約3年半ぶりの改訂『医師臨床研修指導ガイドライン』2023年度版の改訂ポイントは?【現役医師解説】

2004年に医師の臨床研修が必修化されて以来、研修医を取り巻く環境は大きく変わり、その後の20年間にもさまざまな変遷を遂げています。研修医を受け入れる医療機関に対して、臨床研修で到達すべき基準や、そのための指導方針を統一するため定められたのが、『医師臨床研修指導ガイドライン』です。

2019年3月に大規模な見直しが行われ、以降『2020年度版』として使われてきましたが、2020年3月の一部改訂を経て、およそ3年半ぶりに改訂版(2023年度版)が発行されました。

この記事では、『医師臨床研修指導ガイドライン 2023年度版』の改訂ポイントを紹介します。

医師臨床研修指導ガイドラインとは

打ち合わせをするアジア人の医療関係者

『医師臨床研修指導ガイドライン』とは、厚生労働省による「臨床研修の到達目標、方略及び評価」を達成・実践するための指針です。

従来の研修医は地域医療との接点が少なく、特定の診療科に偏った研修が行われたり、処遇が不十分であったり、適切な評価がなされなかったりと、十分な指導や評価を受けられていませんでした。その状況を改善しようと、2004年に医師法が改正され、いわゆる「新医師臨床研修制度」が導入されました。その後2010年度にかけて、研修プログラムの弾力化や基幹型臨床研修病院の指定基準の強化、研修医定員の適正化などが進められました。

この新制度を実践するために、2005年に策定されたのが『新医師臨床研修制度における指導ガイドライン』です。当時必修化された7つの診療科について、指導医や上級医が研修医を指導する際の体制や研修医の到達基準、指導方法などが整理されました。208項目から成る詳細なガイドラインとして広く利用され、今回紹介する『臨床研修指導ガイドライン』の元となりました。

現在のガイドラインには、「臨床研修の基本理念」として以下の3点が記載されています。ガイドラインの根幹にあたる内容ですので、ここでご紹介しておきます。

  • 医師としての人格のかん養
  • 医師としての社会的役割の認識
  • 基本的な診療能力の習得
〈臨床研修の基本理念〉(医師法第一六条の二第一項に規定する臨床研修に関する省令)

臨床研修は、医師が、医師としての人格をかん養し、将来専門とする分野にかかわらず、医学および医療の果たすべき社会的役割を認識しつつ、一般的な診療において頻繁に関わる負傷又は疾病に適切に対応できるよう、基本的な診療能力を身に付けることのできるものでなければならない

「医師としての人格」には、知性を磨き、徳を身につけ、優しさと献身性を示し、患者や医療スタッフから信頼される医師としての理想像が含意されている。
「社会的役割」には、眼前の患者に最大限貢献することは当然として、人の集団、社会と医療の体制、公衆衛生へも注意を向けるよう喚起を促している。
「基本的な診療能力」とは、将来携わる専門診療の種類にかかわらず、全ての医師に共通して求められる幅広い診療能力をいう。

厚生労働省「医師臨床研修指導ガイドライン―2023年度版―」p.3より引用
https://www.mhlw.go.jp/content/001175316.pdf

ガイドラインの変遷

従来の臨床研修制度では、「到達目標」と、それを達成するための「方略」(方策・手段)、目標を達成しているかどうかの「評価」の区分が不明瞭であるという指摘がありました。到達目標の一部である「経験目標」については、単に"経験する"のではなく、経験によって身に付けた診療能力そのものや、評価を重視すべきとされました。

そこで、「到達目標」と「方略」が見直されることとなり、それらを簡潔にまとめることを主眼として、新たなガイドラインが2019年3月に策定されました(2020年3月に一部改訂)。これが現行の『医師臨床研修指導ガイドライン』です。

2020年度版では、厚生労働省で定められた「臨床研修の到達目標、方略、及び評価」の構成に沿って、第1章で「到達目標」、第2章で「実務研修の方略」、第3章で「到達目標の達成度評価」を明確に区分して概説。加えて、第4章で「指導体制・指導環境」、第5章で「研修医の労務環境」、第6章で「医師臨床研修に関するQ&Aを掲載しています。

そして今回公表された2023年度版では、第2章の「方略」、第3章の「評価」において評価システム(EPOC)に関する記載が、医師の働き方改革などに関連して第5章の労務環境に関する記載が変更されました。次の段落から詳しく見ていきましょう。

2023年度版の改訂ポイント①:PG-EPOCへの対応

Team, medical analysts and doctors consulting with paperwork of graphs, data and charts in hospital conference room. Healthcare staff discussing statistics, results of research and innovation.

EPOCとは

EPOCとは、臨床研修を評価するオンラインシステム(Evaluation system of POstgraduate Clinical training:オンライン卒後臨床研修評価システム)です。研修において目標を達成できたかどうか、研修医による自己評価と指導医による監査で、互いに確認することができます。

研修指定病院や診療科など、研修の履歴を管理する機能もあるため、研修医手帳としての役割も果たします。EPOCの記録に基づき、臨床研修修了証を発行することも可能です。

また、研修医は研修の内容だけでなく、指導状況や研修環境、プログラムの評価も入力することができるため、指導医や医療機関側の評価にもつながります。

ガイドライン2020年度版では、第2章「実務研修の方略」の中で「EPOC 等の評価ツールを用いて、研修したことを記録する」という文面でEPOCが紹介されていました。第3章「到達目標の達成度評価」でも、「研修期間中の評価は、少なくとも分野・診療科ごとの研修期間終了の際に、指導医を始めとする医師及び医師以外の医療職(看護師を含むことが望ましい)が、前出の研修医評価票を用いて、到達目標の達成度を評価し、研修管理委員会で保管する」と記載されており、多職種からの評価システムの代表例としてもEPOCが挙げられています。特定はしていないものの、評価システムとしてEPOCの利用が推奨されていると読み取ることができます。

PG-EPOCへの名称変更

2020年度版には、EPOCとは別に「新EPOC」というシステム名も登場します。当時開発途中だった新しいEPOCのことで、現在はPG-EPOC(E-POrtfolio of Clinical training for Post-Graduates)という名称で運用が始まっています。2022 年度末時点で全国約5,600施設に導入され、約16,000名の研修医が登録しているほか(利用率92%)、指導医約60,000名、メディカルスタッフ約5,300名が利用しています*1。スマートフォンやタブレット端末でも利用できることから、運用開始から比較的短い期間で、現場での普及が進んだと考えられます。

これを受けて2023年度版でも、「新EPOC」から「PG-EPOC」に表記が変更されています。

さらに2023年度版では、PG-EPOCとCC-EPOC(Clinical Clerkship E-POrtfolio of Clinical training)との連携に関する項目が新設されました。CC-EPOCは卒前臨床実習用の記録ツールで、2021年度から全国の大学医学部で導入が進んでいます。

卒前卒後の一貫した医師養成過程を実現するため、CC-EPOCでの評価とポートフォリオをPG-EPOCへ連携させる機能の開発が進んでいるようです。導入前にもかかわらず、ガイドラインがこの機能にふれていることから、近い将来、研修現場での活用が見込まれていると言って良いでしょう。

2023年度の改訂ポイント②:研修医の労務環境の整備

介護・医療

医師の働き方改革に準じた改訂

2024年4月から本格的に運用が始まる「医師の働き方改革」への対応が、2023年度版の2つ目の改訂ポイントです。具体的には、時間外労働、宿日直許可、健康管理に関する記載が変更されています。

時間外労働

時間外労働については、2020年度版でも上限(45時間/月、360時間/年。特別条項を結べば100時間/月、720時間/年)が記載されていましたが、特別条項の中身については「規制の具体的あり方、労働時間の短縮策等について検討し、結論を得ることとなっていて、この規制は 2024 年から適用される予定」と、医師の働き方改革に委ねる表現がなされていました。

2023年度版でこの点が具体化され、時間外・休日労働時間は『臨時的な特別の事情があるとして特別条項を結べば、限度時間を超えることができる』とされました(下表)。

時間外・休日労働時間の上限
原則(A水準) 960時間/年
B水準・C水準 1,860時間/年
厚生労働省「医師臨床研修指導ガイドライン―2023年度版―」p.49をもとに作成
https://www.mhlw.go.jp/content/001175316.pdf

このうち、C水準の一つである「C-1水準」は『臨床研修医/専攻医が集中的に技能を向上させるためにやむを得ず長時間労働が必要な場合に適用される』ものであり、研修医に大いに関係する水準です。しかし、ガイドラインではすべての研修医にC-1水準が適用されるわけではないと解説しています。

全ての臨床研修医に対してC-1水準が適用されるわけではなく、年960時間の範囲内で修練が可能な場合は原則どおりA水準が適用されることになる。各臨床研修プログラムで想定される上限時間数が明示されていることから、自身で明示された時間数を確認し、自身に適した臨床研修とそれ以外の時間のバランスを検討した上で、研修病院を選択することができるという仕組みとなっている。

厚生労働省「医師臨床研修指導ガイドライン―2023年度版―」p.49-50より引用
https://www.mhlw.go.jp/content/001175316.pdf

宿日直勤務

勤務先が宿日直勤務の許可を得ている場合、当直業務にあたる医師には労働時間や休憩・休日に関する規定が適用されないことになっています。許可が与えられる基準は2020年度版にも記載されていましたが、上述の「時間外労働」同様、医師の働き方改革に準ずる細目が追記されました。

①通常の勤務時間の拘束から完全に解放された後のものであること。
②宿日直中に従事する業務は、一般の宿直業務以外には、特殊の措置を必要としない軽度の又は短時間の業務に限ること。
③宿直の場合は、夜間に十分睡眠がとり得ること。
④上記以外に、一般の宿日直許可の際の条件を満たしていること。

厚生労働省「医師臨床研修指導ガイドライン―2023年度版―」p.50より引用
https://www.mhlw.go.jp/content/001175316.pdf

健康管理

健康管理に関する内容は今回新設されました(p.51~52)。面接指導や勤務間インターバルについて、医師の働き方改革に準ずる要件が記載されていますが、勤務間インターバルには研修医ならではの内容も含まれています。

C-1水準が適用される臨床研修医については、医師になって間もない時期でもあることを考慮し、勤務間インターバル規制は以下の通りとなる。

始業から24時間以内に9時間の連続した休息時間を確保(通常の日勤および宿日直許可のある宿日直に従事させる場合)
始業から48時間以内に24時間の連続した休息時間を確保(臨床研修における必要性から、指導医の勤務に合わせた24時間の連続勤務時間とする必要がある場合)

臨床研修医に対しては、代償休息が発生しないように、勤務間インターバルの確保を徹底することが原則である。ただし、医療機関は、臨床研修における必要性から、勤務間インターバル中の代償休息を付与する形式での研修を実施する場合は、その旨を臨床研修医の募集時に明示することで、代償休息の付与を行うことができる。

厚生労働省「医師臨床研修指導ガイドライン―2023年度版―」p.52より引用
https://www.mhlw.go.jp/content/001175316.pdf

労働基準法に準じた改訂

上記のほか、労働基準法に準じた改訂も反映されています。

休憩時間の取得タイミングの明記

2020年度版では、労働時間を「6時間超の場合少なくとも45分の休憩、8時間超の場合少なくとも1時間の休憩を与える」と記載していましたが、2023年度版では「労働時間の「途中」に与える」と書き換えられています。休憩時間を遅出や早上がりに充てることはできないという意味であり、労働基準法(34条1)に準ずる内容です。

時間外・休日労働に対する割増賃金率の変更

2023年4月の労働基準法の改正で、時間外労働が60時間/月を超える場合の割増賃金率(50%)が中小企業にも適用されるようになりました。これが2023年度版にも反映されています。

法定時間外労働においては25%以上、法定時間外労働が1カ月60時間を超えたときは50%以上、法定休日労働においては35%以上、22時から5時までの間に勤務させたときにおいては25%以上の割増賃金を支払う

厚生労働省「医師臨床研修指導ガイドライン―2023年度版―」p.49より引用
https://www.mhlw.go.jp/content/001175316.pdf

これも研修医の労務環境の改善、ひいては時間外労働を抑制する方向に働くと考えられます。

年次有給休暇を取得しやすい環境の整備

女性医師 医療イメージ

研修医を含め、労働者は年次有給休暇(有休)を取得する権利を持っています。しかし研修医は上級医や周囲への遠慮などから有休を取得しづらいことも想像されます。

2023年度版では、有休を取得しやすい環境を整備するよう、指導者や医療機関側への具体的な配慮を求めています。

臨床研修医に対しては、①臨床研修医へ年度始期に有給休暇の希望日を聴取する、②定期的に有給休暇の残日数についてアナウンスを行う等、臨床研修を十分に実施しつつ、有給休暇の効果的な取得のために、各医療機関での工夫が求められる。また、各医療機関における全ての職員に向けた有給休暇を取得しやすい環境整備はもちろんのこと、医師になったばかりである臨床研修医の心情にも配慮し、休暇の申し出やすい環境を整えるよう臨床研修指導医へ適切に周知を行う。

厚生労働省「医師臨床研修指導ガイドライン―2023年度版―」p.50より引用
https://www.mhlw.go.jp/content/001175316.pdf

労働時間該当性の判断基準の整備

研修医は一般の医師と比べて学習者としての要素が大きいため、どこまでが労働でどこまでが研鑽か、判断が難しいところがあります。一定の基準を示すため、労働時間の該当性について記載されています。

厚生労働省「医師臨床研修指導ガイドライン―2023年度版―」p.53より引用
https://www.mhlw.go.jp/content/001175316.pdf

まとめ

ここまで、『医師臨床研修指導ガイドライン 2023年度版』の改訂ポイントを紹介しました。主眼は働き方改革をふまえた改訂であり、休暇などないのが当たり前の研修をしてきたベテランの医師にとっては、すんなり受け入れがたい内容も含まれているかもしれません。しかし研修医や若手の医師は、このような基準をもとに職場を評価する時代となっています。

2024年4月からは研修医に限らず、すべての医師に対して労働時間の上限が規制される「働き方改革」が始まります。研修医・指導医双方にとってプラスになるよう、認識をアップデートしていったほうが良いと言えるのかもしれません。

Dr.Ma

執筆者:Dr.Ma

2006年に医師免許、2016年に医学博士を取得。大学院時代も含めて一貫して臨床に従事した。現在も整形外科専門医として急性期病院で年間150件の手術を執刀する。知識が専門領域に偏ることを実感し、医学知識と医療情勢の学び直し、リスキリングを目的に医療記事執筆を開始した。これまでに執筆した医療記事は300を超える。

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