メディカルコントロールとは?医師が知っておきたい3つの柱と課題・今後の展望

医師がキャリアや働き方を考える上で参考となる情報をお届けします。
医療業界動向や診療科別の特徴、転職事例・インタビュー記事、専門家によるコラムなどを日々の情報収集にお役立てください。

医療知識

公開日:2024.05.13

メディカルコントロールとは?医師が知っておきたい3つの柱と課題・今後の展望

メディカルコントロールとは?医師が知っておきたい3つの柱と課題・今後の展望

約25年前に提唱された「メディカルコントロール」。救急医療の現場ではよく使われている言葉ですが、他科の医師の中には聞き馴染みがない方もいらっしゃるのではないでしょうか。

メディカルコントロールとは、救命率を向上させるために救命救急士と医師が連携し、医学的な質を保障する取り組みのことです。メディカルコントロール協議会によって業務内容や役割が規定されており、都道府県によって内容が異なります。

少子高齢化に伴い、メディカルコントロールの必要性は今後さらに増していくでしょう。救急医療を専門とする医師だけでなく、地域医療を支えるすべての診療科の医師も、その概念や内容を把握しておくべきと考えます。この記事ではメディカルコントロールの概要や最新の動向を詳しく解説します。

中山博介医師プロフィール写真

執筆者:中山 博介

詳しいプロフィールはこちら  

メディカルコントロールとは

メディカルコントロールとは、地域の患者さんの命を効果的かつ効率的に守るため、救命救急士と医師が連携し、医学的な質を保証することを目的とする取り組みです。日本救急医学会は「救急現場から医療機関に搬送されるまでの救急救命士を含む救急隊員が行う応急処置等の質を保証するためのシステム*1と表現しています。

メディカルコントロールの機能の一つとして、医師による救急隊への指示・指導や助言があります。たとえば、心肺停止に陥っている患者さんの救命は一刻一秒を争います。静脈路確保やアドレナリン静注・気道確保など、高度な救命救急処置を要することも珍しくありません。救急医がすべての現場に駆けつけることは不可能なことから、メディカルコントロールで医師が救急隊員に指示・指導・助言をすることで、患者さんの救命を目指します

実際の現場に医師が赴き、消防・救急と協働作業をしたり、搬送順位の決定や現場での治療への介入・助言をしたりすることも、メディカルコントロールの機能の一つです。

メディカルコントロールの意義と役割

横断歩道を渡る人々

メディカルコントロールの意義や役割を理解するためには、推進されるに至った背景を知る必要があります。

日本では1960年ごろから、自動車の普及に伴って交通事故が増加し、その対応にあたる救急病院が充実しました。しかし、その後は都市部の人口増により内科や小児科の外来対応が求められるようになります。これまで交通事故症例に対応してきた救急病院では対応しきれず、いわゆる「たらい回し」が社会問題となりました。

この問題を解決すべく、1977(昭和52)年に厚生省(当時)が「救急医療対策事業」を立ち上げました。患者さんの重症度や緊急度などに合わせて、適切な医療機関で確実に対応する枠組みを作るなど、救急医療の体制が整っていきます。

その後も救急医療の社会的ニーズは高まり、日本は先行する欧米の体制にならいながら、1991(平成3)年には救命救急士法の成立・施行に至りました。欧米に追従する形で、救命救急士による気道確保・静脈路確保が「特定行為」(医師からの具体的指示が必要な救命救急処置)として認められるようになったのです。

ところがその後の調査で、心肺停止からの救命率は思ったほど向上していないことが判明します。原因として、救命救急士が医師から指示を得るまでの時間が長く、特定行為を実施するのが遅い点などが挙げられたと言います。

改善策として考え出されたのが、「メディカルコントロール」という取り組み(システム)です。救命救急の現場における医療や処置の質の向上こそが、メディカルコントロールの意義や役割と言えるでしょう。

メディカルコントロール協議会とは

こうして推進されることになったメディカルコントロールですが、医師による指示体制や医療機関数・患者数などは地域ごとに異なるため、全国に画一的な体制を導入するのはかえって非効率的です。

そこで、各都道府県に「メディカルコントロール協議会」が設置されています。それぞれの地域性に合わせて、メディカルコントロールの構築や充実化をはかるためです。

協議会は医療機関・消防機関・都道府県の3者で構成され、後述する指示体制・事後検証体制・教育体制などについて、協議・調整・決定を行います。地域医師会や救急医療専門医などを含む、地域単位の協議会(地域メディカルコントロール協議会)も全国各地域に組織されています。

メディカルコントロールのコア業務を支える3本柱

3つの数を示す女性医師の手

メディカルコントロールのコア業務(中核的業務)は下記の4つです。品質管理の手法であるPDCAサイクルに則り、救急救命士による処置や病院選定・搬送の質の向上をはかります。

P プロトコールの策定
D 医師の指示、指導・助言体制
C 事後検証の実施
A 再教育体制の整備
参考:総務省消防庁 平成20年度第1回メディカルコントロール作業部会 配布資料p.20(資料2 p.2)
https://www.fdma.go.jp/singi_kento/kento/items/kento007_17_200806-1_1mc_b.pdf

総務省消防庁資料_医学的観点から救急活動の質を保証する役割

総務省消防庁 平成20年度第1回メディカルコントロール作業部会 配布資料p.20(資料2 p.2)より
https://www.fdma.go.jp/singi_kento/kento/items/kento007_17_200806-1_1mc_b.pdf

コア業務の中でも、「D:医師の指示・指導・助言体制」「C:事後検証の実施」「A:再教育体制の整備」の3つの柱が重要とされています。それぞれどんなことをすれば良いのか見ていきましょう。

D:医師の指示・指導・助言体制

医師の指示・指導・助言体制は、大きく2つに大別されます。

    プロトコール
    オンラインメディカルコントロール

プロトコールは医師から救急隊への事前指示や、活動基準のことです。事前に定められているため、救命救急士はプロトコールに基づくことで医師の指示の下に救命救急処置を施すことが可能です(特定行為を除く)。そのためプロトコールは迅速な現場対応に不可欠なものとなっています(後述)。

一方で、救急隊がプロトコールから逸脱する場合や、プロトコールに該当しない状況に遭遇する場合もあります。その際は都度オンラインで医師の助言や指示を求めた上で処置にあたります

C:事後検証の実施

メディカルコントロールの質を維持・向上させるには、事後検証の実施も重要です。救命救急処置録救急活動記録表などを使って、個々の事案の対応方法や時間、その処置が適切であったかどうかなどをフィードバックします。

そのほか、心肺停止例の搬送に関する統計データを評価・分析し、プロトコールや体制の改善に役立てます。

A:再教育体制の整備

事後検証から得た情報を元に、再教育体制を整備することも重要です。再教育は下記のような内容を指します。

  • 救急救命士に対する病院実習
  • 救急救命士に対する生涯教育(各種研修会・学会への参加、指導救命士による署内研修など)
  • プロトコールの改訂
  • トリアージ・医療機関選定基準の見直し

病院実習は地域の救急救命センターなどで実施されます。医師の指導の下、気管挿管や薬剤投与の研修を行います。

メディカルコントロールのプロトコール

ここからは、「プロトコール」について詳しく見ていきましょう。

改めてプロトコールとは、病院前救急医療において、救急隊が医師との通信なく実施できるよう、救命救急処置の手順や活動基準を記した"事前指示書"です。プロトコールがあることで、救急隊は現場で迅速に対応することが可能となり、患者さんの救命率向上を目指すことができます。

プロトコールは、下記のような救命救急処置について定めています。

  • 気管内チューブを通じた気管吸引
  • バックマスクによる人工呼吸
  • 経口エアウェイによる気道確保
  • 自動式心マッサージ器の使用による体外式胸骨圧迫心マッサージ
参考:厚生労働省「救急救命処置の範囲」(平成26年1月31日医政指0131第1号通知 別紙1)
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/topics/dl/tp140204-1-02.pdf

上記の処置は、救急医療処置として救命救急士に認められている行為です。救命救急士法施行当時は活動範囲も内容も限られていましたが、2021(令和3)年の改正(10月1日施行)で下記に変更されました。

【救命救急士の活動範囲の拡大】
  • 「病院前」から延長して「救急外来注1)まで」においても、救急救命士の救急救命処置を可能とした。
  • 「救急外来」で救急救命処置の対象となる傷病者は、救急診療を要する重度傷病者注2)である。
  • 実施可能な救急救命処置は、「救急救命処置の範囲等について」注3)で規定される処置内容である。

注1)「救急外来」とは、救急診療を要する傷病者が来院してから入院(病棟)に移行するまで(入院しない場合は、帰宅するまで)に必要な診察・検査・処置等を提供される場のことを指す。
注2)「重度傷病者」とは、その症状が著しく悪化するおそれがあり、又はその生命が危険な状態にある傷病者。(救急救命士法第2条第1項)
注3)「救急救命処置の範囲等について」(平成26年1月31日医政指発0131第1号)

厚生労働省 第1回救急医療の現場における医療関係職種の在り方に関する検討会WG(2023年8月)「参考資料1 救急救命士法改正について」p.2より引用
https://www.mhlw.go.jp/content/10802000/001138504.pdf

参考:特定行為とは

医師との通信を必要としないプロトコールに対し、「特定行為」は医師の具体的指示が必要な医療行為です。その実施基準や手順はプロトコールでも定められますが、事前に医師に要請し、その指示の下で実施する必要があります

【特定行為と位置付けられている救命救急処置の例】
  • 乳酸リンゲル液を用いた静脈路確保のための輸液
  • 食道閉鎖式エアウェイ・ラリンゲアルマスク・気管内チューブによる気道確保
  • アドレナリンの投与(自己注射が可能なエピネフリン製剤による投与を除く)
参考:厚生労働省「医師の具体的指示を必要とする救急救命処置」(平成26年1月31日医政指0131第1号通知 別紙2)
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/topics/dl/tp140204-1-02.pdf

救命救急士が行える医療行為や特定行為は近年拡大傾向にありますが、難易度の高い医療行為もあり、救急救命士資格や特定行為に関する認定有無が問われるものもあります。

メディカルコントロールの課題

1.医師による事後検証が不足している

メディカルコントロールの課題として、医師による事後検証が不足している点が指摘されています。

2023年の報告によれば、55.3%の都道府県で、十分な事後検証が実施されていない*2ようです。

そもそも、メディカルコントロール協議会に所属する医師の多くが救命救急科以外の医師であることから、専門医の関与の低さも問題視されています。今後、医師に対する教育の強化も必要となるでしょう。

2.救命救急士の教育体制が不十分である

業務時間内で教育時間を確保するのが難しいことなどから、救命救急士に対する教育体制の構築も課題です。

2019年の消防庁の検討会では、全国の726ある消防本部のうち、およそ4分の1が十分な教育体制を構築できていないほか、指導救命士を運用している本部で救急出場の実践的トレーニングを実施していると回答した割合が40%を下回っていたことも、問題点として挙げられています*3。2023年の報告からは、約半数の都道府県のメディカルコントロール協議会が指導救命士の更新要件を設けていない*2ことも明らかになりました。教育体制の見直しは急務であり、集中的に検討すべき課題でしょう。

3.PDCAサイクルが不完全である

うまくPDCAサイクルが機能していないケースも多いようです。事後検証の結果をふまえてプロトコールなどを見直ししている消防本部や協議会は半数を下回っていました*3

事後検証の結果を現場の医療の質にいかに活かせるかが、今後の課題でしょう。

メディカルコントロールの最新の動向と今後の展望

曇り空の新宿高層ビル群と新緑の木

2024年から始まる「第8次医療計画」では、増加する高齢患者に対し、より効率的に医療を提供する必要があると指摘しています。メディカルコントロール協議会を中心に、医療機関ごとの役割分担や搬送システムの構築、ドクターカーやドクターヘリの活用を含めた救急医療現場におけるさらなる環境整備を進める必要があるでしょう。

さらに働き方改革の観点からも、現場の負担軽減が求められます。厚生労働省の報告では、時間外労働が年1,860時間・月100時間以上の救急科の医師の割合は14.1%*4。医師・看護師の負担を軽減するためにも、救命救急士に求められる役割や期待はますます大きくなるでしょう。特定行為をはじめとする難度の高い手技や処置は、患者さんの命を危険に及ぼす可能性もはらむため、教育体制の整備が急務でしょう。

まとめ

メディカルコントロールの仕組みや課題、今後の展望について解説しました。救急救命士が担う処置の範囲や内容、医療機関における人材運用などがより拡大すれば、プロトコールはもちろん、メディカルコントロールの仕組み自体も適宜見直す必要があるでしょう。

2025年には団塊の世代が後期高齢者となり、内科領域の患者さんがさらに増加すると見込まれており、より効率的かつ安全な救急医療体制の構築が急務です。そのためには救命救急科の医師だけでなく、他科の医師の理解も必要です。

メディカルコントロール協議会には、内科や小児科などの医師が多く参加しています。診療科を問わず、より多くの医師が理解を深めていくことが大切です。まずは、ご自身の地域の現在の運用状況や内容を確認してみてはいかがでしょうか。

▼参考資料
メディカルコントロール体制(厚生労働省・臨床教育開発推進機構「令和5年度 医療機関に所属する救急救命士に対する研修の講師となる人材のための講習会」資料)| 臨床教育開発推進機構
メディカルコントロール|日本救急医学会「救急医をめざす君へ」(*1)
鈴木幸一郎:メディカルコントロールとは何か.川崎医療短期大学紀要 23:101-103,2003
救急医療対策事業実施要綱(昭和52年7月6日医発第692号通知)|厚生労働省
メディカルコントロール体制のあり方|総務省消防庁 令和元年度第1回救急業務のあり方に関する検討会(2019年8月)
救急救命士法(平成三年法律第三十六号)|e-Gov 法令検索
救急救命士について|厚生労働省
メディカルコントロール体制に関する実態調査結果(令和5年1月)|総務省消防庁(*2)
メディカルコントロール体制のあり方|総務省消防庁 令和2年度救急業務のあり方に関する検討会(2020年5月)(*3)
平成20年度第1回メディカルコントロール作業部会 議事次第・配布資料|総務省消防庁
瀧波慶和ほか:病院救急救命士採用後の業務内容と今後の展望について:福井厚生病院.蘇生 42(2):84-86,2023
救急救命士法の改正による効果の検証について|厚生労働省
令和5年度 第2回 全国メディカルコントロール協議会連絡会|総務省消防庁

└「情報提供2 厚生労働省情報提供資料」ほか

「救急救命士の資質活用に向けた環境の整備に関する議論の整理」の概要|厚生労働省(*4)
中山 博介

執筆者:中山 博介

神奈川県の急性期病院にて、臨床医として日々研鑽を積みながら医療に従事。専門は麻酔科であり、心臓血管外科や脳神経外科・産婦人科など幅広い手術の麻酔業務を主に担当している。

今の働き方に不安や迷いがあるなら医師キャリアサポートのドクタービジョンまで。無料でご相談いただけます