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昨今の医療現場では、医学の発展・高度化で各科の専門性がどんどん高くなっている一方、高齢化による多疾患併存(multimorbidity)の増加でプライマリ・ケアの概念や多職種連携、地域包括ケアシステムなどの取り組みが重要度を増しています。また、共同意思決定(SDM)やアドバンス・ケア・プランニング(ACP)といった、患者さんの意思決定の在り方にも重きが置かれるようになりました。
今回紹介する「病院総合医」は、こうした需要に応えられる立場・資格であり、さまざまな場面で活躍が期待されています。病院総合医が注目されるようになった経緯、キャリアについて解説します。
執筆者:三田 大介
病院総合医とは
「病院総合医」とは、総合診療医のうち、病院で勤務する医師のことです。
厳密な定義はありませんが、日本病院会は以下のように表現しています。
「病院総合医」とは、高い倫理観、人間性、社会性をもって総合的な医療を展開する医師を指します。
日本病院会認定病院総合医育成事業 webサイトより引用
https://www.hospital.or.jp/sogoi/(2024年7月30日閲覧)
「総合的な医療を展開する医師」、すなわち「総合診療医」については、厚生労働省が定義の一例として次のように述べています。
「総合医」「総合診療医」の定義を、例えば、「頻度の高い疾病と傷害、それらの予防、保健と福祉など、健康にかかわる幅広い問題について、わが国の医療体制の中で、適切な初期対応と必要に応じた継続医療を全人的に提供できる医師」と定義することが適当である。
厚生労働省「専門医の在り方に関する検討会 中間まとめ」(平成24年8月)p.6より引用
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002iixs-att/2r9852000002iiz9.pdf(2024年7月30日閲覧)
つまり、総合診療医は特定の臓器や疾患を深く診る"臓器別専門医"とは異なり、臓器・場所・時間において、より幅広い視点で診療を行う医師であり、その業務を病院で行うのが病院総合医と言えます。現時点では大学病院などの大規模病院で活躍する機会が多い職種です。
病院総合医が生まれた経緯
日本で病院総合医が登場した背景には、医療の高度化・専門化があります。1970年代、プライマリ・ケアの推進とともに、行き過ぎた臓器別診療の弊害が指摘され、"患者中心医療"が注目されるようになります。診療・教育方針も見直され、各医療機関に総合診療部門が開設されるようになりました。
このうち、大学病院などの大病院で、病院全体の総合的な役割を担う医師が「病院総合医」と呼ばれるようになりました。
総合診療医・総合内科医などとの違い
病院総合医と似た名称として「総合診療医」や「総合内科医」があります。「プライマリ・ケア医」という名称も総合診療分野でよく使われます。これらはどのように違うのでしょうか。
病院総合医と総合診療医の違いは、概念の大きさと活動場所にあります。冒頭で述べたとおり、病院総合医は"病院で働く総合診療医"であり、総合診療の専門領域の一つと言えます。総合診療医は病院以外にも診療の場がありますが、病院総合医の活動場所は病院に特化していると言って良いでしょう。
一方、総合内科は「内科」をベースにしています。内科領域が扱う範囲は幅広く、病院によっては「総合内科・総合診療科」と標榜しているところもあるくらいで、実際の業務に明確な違いはないかもしれませんが、「総合内科専門医」は日本内科学会が認定する専門医資格であり、基本領域が内科であることが明確と言えるでしょう。
プライマリ・ケア医は開業医を指すことが多いですが、役割は病院総合医と重なることも多いと考えられます。
アメリカの「ホスピタリスト」との違い
病院総合医の元になっている概念は、アメリカが発祥のホスピタリスト(hospitalist)です。アメリカには約5万人のホスピタリストがいると報告されています*1。
日本の病院総合医は、総合診療科や総合内科部門に所属していることが多いことから、時には内科や救急の外来診療を行うこともあります。一方、アメリカのホスピタリストは外来を担当する医師と明確に区別されており、原則として外来診療を行うことはありません。
Robert M Wachter,Lee Goldman:Zero to 50,000 ― The 20th Anniversary of the Hospitalist.N Engl J Med 375(11):1009-1011,2016(*1)
デシュパンデ・ゴータム,大出幸子:米国におけるホスピタリスト医療:成熟する新しい専門領域.日本内科学会雑誌 103:155-159,2014
病院総合医の役割
病院総合医は、多疾患併存(multimorbidity)などの多様な病態を持つ患者さんに対応できる診療能力を持ちます。各診療科と連携し、チーム医療や教育・研究にも携わりながら、病棟・病院の管理まで行えるスキルが求められます。
地域医療において、その地域や社会の特性を把握する資質も求められるなど、院内外の連携を担う重要な存在とも言えます。
実際の働き方は、病院による差が大きいですが、大病院で各科それぞれチームを組める場合、病院総合医は診断困難例や複雑な問題を抱える症例、専門的な診療を要さないcommon diseaseによる入院(誤嚥性肺炎、尿路感染症など)の対応が主体となるでしょう。
中~小規模病院で科ごとにチームが組めない場合は、病院総合医がそのサポートをします。特定の診療科がない病院では、幅広い知識を持つ病院総合医がいれば、診療の一助になります。
救急外来や初診外来では初期対応にあたり、必要時に専門科につなぐことが求められます(場合によっては診療を完遂)。とくに背景や主訴が多彩な患者さんの場合、医療知識だけでなく生活背景や地域リソースまで考慮して対応する必要がありますが、こうしたケースで病院総合医は役立つ存在でしょう。
病院総合医が存在するメリット
医療機関に病院総合医がいると、どのようなメリットがあるでしょうか。
患者さんにとっては、臓器横断的に、社会的なことまで考えてくれる医師の存在が心強いことは想像しやすいですね。2019年に発表されたメタアナリシスでは、ホスピタリストがいる部門で入院期間が短くなること、患者満足度は同等もしくはそれ以上になることが示されました。一方で、ホスピタリストが管理を行っても院内死亡率や再入院率に有意差はなかったと述べています*2。
この研究では医療費にも差はないとしていますが、日本のデータが含まれていない点に注意が必要です。日本ではDPC制度という包括支払い制度が導入されているため、入院期間の短縮は病院経営に良い影響を与える可能性があります。
医師の働き方改革で推進されている「タスク・シフト/シェア」の観点でも、病院総合医は重要な存在になり得ると考えられます。厚生労働省の「勤務環境改善に向けた好事例集」にも病院総合医の配置が明記されています。実例として済生会熊本病院では、病院総合医の配置で「働きやすくなった」という声が高まり、医師・夜勤薬剤師・夜勤看護師の業務負担が軽減したとのことです。
Sohail Abdul Salim,et al.:Impact of hospitalists on the efficiency of inpatient care and patient satisfaction: a systematic review and meta-analysis.J Community Hosp Intern Med Perspect 9(2):121-134,2019(*2)
勤務環境改善に向けた好事例集(令和4年3月)|厚生労働省
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病院総合医になるには
病院総合医は"診療科"というよりも、病院内での"役割"という側面を担います。勤務先が育成プログラムを持っていなくても、病院総合医の募集に採用されれば病院総合医として勤務すること自体は可能です。内科専門医や総合診療専門医など、病院総合医として活躍できる資格や立場も複数あると言えるでしょう。
上記の場合は自分で施設を選べる利点がありますが、病院総合医として歩み出す、あるいはスキルアップを目指すには、教育や診療体制が整っている医療機関で研鑽を積むのがおすすめです。
ここでは、日本病院会が認定する「病院総合医」と、専門医資格である「病院総合診療専門医」を紹介します。
日本病院会認定「病院総合医」育成事業
日本病院会は2018年度から、病院総合医の育成事業に取り組んでいます。認定プログラムを持つ医療機関で原則2年間の研修を修了すると「病院総合医」として認定されます。
対象施設は2024年1月時点で187施設、認定された病院総合医は2023年5月時点で239名にのぼります*3。
対象は卒後6年目以降の医師で、基本領域などの条件はありません。専門医を取得しない医師やキャリアを重ねた後に総合診療を志す医師など、多様なキャリアの医師を念頭に、育成の「到達目標」を設けています。
とくに、5番目の「総合的な病院経営・管理の素養を身につけ、地域包括ケアシステムや日本全体の医療を考慮した病院運営を実践できる」という内容は、ほかの診療科にはない特徴でしょう。
【到達目標】
高い倫理観、人間性、社会性をもって総合的な医療を展開する病院総合医として、次の5つのスキルを身につけることを到達目標とする。
1.多様な病態に対応できる幅広い知識や診断・治療によって包括的な医療を展開・実践できる(インテグレーションスキル)。
2.患者へ適切な初期対応を行い、専門的な処置・治療が必要な場合には、然るべき専門診療科への速やかな相談・依頼を実践できる(コンサルテーションスキル)。
3.各専門科医師、薬剤師、看護師、メディカルスタッフ、その他全てのスタッフとの連携を重視し、その調整者としての役割を実践できる(コーディネーションスキル)。
4.多職種協働による患者中心のチーム医療の活動を促進・実践できる(ファシリテーションスキル)。
5.総合的な病院経営・管理の素養を身につけ、地域包括ケアシステムや日本全体の医療を考慮した病院運営を実践できる(マネジメントスキル)。
日本病院会「病院総合医 育成プログラム基準」p.2・3より引用
https://www.hospital.or.jp/sogoi/pdf/sg_20180728_01.pdf(2024年7月30日閲覧)
「病院総合診療専門医」
病院総合医に関連する専門医資格として、日本病院総合診療医学会の主導で運営されているのが「病院総合診療専門医」です。総合診療のサブスペシャルティ領域の一つとして2022年度4月から専攻医の育成が始まりました。
総合診療のサブスペシャルティではありますが、専攻医登録はほかの基本18領域の研修修了者・専門医取得者でも可能です。研修期間はそれまでの経歴に応じ1~3年となります。急性期病棟や外来診療だけでなく、地域包括ケアを意識した研修や集中治療の研修もあるほか、研究・学術・教育の経験も求められます。
まとめ
病院総合医は地域包括ケアシステムの中でチーム医療の要となる存在です。総合診療は臓器別専門医と対で表現されることもありますが、決して対立する関係性ではありません。国民の健康と生活の質を向上させるため、それぞれの専門性・役割から協力できる関係性を構築するのが望ましいでしょう。そのためにも病院総合医がより広く認知され、育成が進むことが期待されます。
執筆者:三田 大介
理学療法士から再受験し、現在はリハビリテーション科医師として病院勤務。より多くの人に正しい医療知識を届けたいとライター活動を開始。医師、理学療法士の両方の視点を活かしながら、企業などのオウンドメディアを中心に医療・健康に関する記事を執筆。
▶X(旧Twitter)|@sanda_igaku
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