研修で循環器内科をまわる際、心エコー図検査のオーダーやレポートの判読に苦手意識を感じる人も多いかもしれません。前回は「LVEF」について解説しましたが(▶前回の記事はこちら)、今回は「TR-PG」について考えていきましょう。

※この記事には筆者個人の見解も含みます。診療にあたっては最新のガイドラインや治療指針、各種薬剤の添付文書などをご確認ください。
肺高血圧症の定義と分類
まずは、肺高血圧症の定義と分類をおさらいしましょう。
「肺高血圧症」は、本邦では安静時の平均肺動脈圧(mPAP:mean pulmonary arterial pressure)が25 mmHg以上の病態と定義されています(2024年12月現在。近日改訂の可能性あり)。
このうち、肺動脈楔入圧(PAWP:pulmonary artery wedge pressure)が15 mmHg以下の場合を「肺動脈性肺高血圧症」(PAH:pulmonary arterial hypertension)と呼びます。
肺高血圧症は、その原因から5つに分類されています(下表・図)。
【肺高血圧症の臨床分類】
第1群 | 肺動脈圧上昇による肺高血圧症 |
---|---|
第2群 | 左心不全に伴う肺うっ血が原因の左心性心疾患に伴う肺高血圧症(PAWP>15 mmHg) |
第3群 | 肺疾患や低酸素血症による肺高血圧症 |
第4群 | 慢性の肺血栓塞栓症による慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH) |
第5群 | その他、分類不能の肺高血圧症 |
筆者作成
臨床における頻度では、第2群(左心性心疾患に伴う肺高血圧症)が圧倒的に多いです。
通常の左心不全では肺うっ血(≒左心不全による肺高血圧症)を合併するため、あえて肺高血圧症と呼ぶことは少ないですが、左心不全が明らかでない症例において、心エコー図で肺高血圧症を疑い、最終的に第2群の肺高血圧症(≒左心不全)と診断されることもあります。
TR-PGとは
TR-PGは三尖弁逆流圧較差(tricuspid regurgitation pressure gradient)のことで、三尖弁(右房-右室)で血液の逆流(≒三尖弁閉鎖不全症)がある際の、三尖弁における圧較差のことです。
測定には「簡易ベルヌーイの式」を用います。これは、圧較差が「4×速度2」に近似するという法則です。この「速度」に「三尖弁の最大逆流速度」を当てはめることで、三尖弁逆流の圧較差、つまりTR-PGを算出することができます。三尖弁の最大逆流速度は、連続波ドプラ法で測定します。
TR-PGに右房圧の値を足すと、「右室収縮期圧」が推定できます。右房圧は下大静脈の径と呼吸性変動によってある程度推定できますが、通常は0~8 mmHg程度です。右室流出路狭窄がなければ、右室収縮期圧≒肺動脈収縮期圧となります。
あくまで「肺動脈"収縮期"圧」なので、肺高血圧症の確定診断とはなりませんが、この値によって肺高血圧症の存在を強く疑うことができます。
大門雅夫『心エコー図ファーストマニュアル―診療に活かせる9の知識』(ドクタービジョン,2025)p.24より
このように、TR-PGによって三尖弁の逆流を逆手にとり、肺高血圧症のスクリーニングに使用します。三尖弁閉鎖不全症がないとTR-PGは計測できませんが、健常者でもtrivialからmild程度の逆流は描出されることが多いため、病的な三尖弁逆流がなくても測定可能です。
TR-PGの正常値
TR-PGの正常値について、明確なカットオフを定めるのは難しいのですが、TR-PG<30 mmHgであれば、肺高血圧症の可能性は低いでしょう。
一方でTR-PG≧35 mmHgであれば、肺高血圧症の可能性があります。
このとき、明らかな左心不全の合併があれば、第2群肺高血圧症(≒左心不全)として通常の(左)心不全の診療に移ります。明らかな肺疾患の合併や肺機能の低下があれば、第3群肺高血圧症として原疾患の加療を優先します。
第2群や第3群の肺高血圧症として説明がつかない場合は、右心カテーテル検査で正確なmPAPを測定します。あわせて心拍出量や心係数、PAWP、肺血管抵抗なども測定しますが、mPAP≧25 mmHgかつPAWP≦15 mmHg(かつ肺血管抵抗≧3 Wood単位)であればPAHと考え、第4群の肺血栓症評価を含めた原因検索を行います。
mPAP≧25 mmHgかつPAWP>15 mmHgであれば、第2群の肺高血圧症と診断します。
TR-PGの臨床的意義
ここまで、心エコー図の原理と定義からTR-PGについて説明しましたが、臨床においては左心不全が疑われる症例における肺うっ血評価に非常に有効な指標です。
左心不全による肺水腫がみられ、肺うっ血をきたしている場合、通常は肺高血圧症の状態となり、TR-PGが上昇します。TR-PG≧35 mmHgであれば肺うっ血がある可能性が高いですし、数値が高いほどうっ血(水圧)が高いと予想できます。
逆に、TR-PG<30 mmHgであれば、左心不全による肺うっ血の可能性は下がります。心不全診療においては左心不全と右心不全の徴候を分けて考えることが重要ですが、左心不全で肺うっ血をきたすのと同様、右心不全では静脈うっ血(下大静脈の拡大)が生じます。そのためTR-PGが低く、下大静脈が虚脱していれば、うっ血性心不全は否定的となります。
TR-PGの測定は、左心不全の肺うっ血に対する治療効果判定にも有効です。TR-PGが低下してくれば、肺うっ血は改善していると考えられます。正確な評価には右心カテーテル検査が必要ですが、侵襲を伴うこともあり、TR-PGの測定は非侵襲的に、かつベッドサイドで肺うっ血の改善を確認できる、非常に有効なツールです。
ただし、「TR-PG高値」は肺高血圧症が"疑われる"状態であり、TR-PG高値=左心不全ではありません。頻度は少ないですが、冒頭で述べたようなPAHの可能性もあります。肺うっ血なのか肺高血圧症なのかは胸部X線などでもおおよそ推定できますが、とくに初診時は右心カテーテル検査で正確な診断をすることも重要です。
まとめ
三尖弁の逆流を逆手にとり、右室収縮期圧や肺動脈収縮期圧を推定できるのが「TR-PG」の計測です。この記事では研修医や非専門医の先生向けに、TR-PGの計測の原理と肺高血圧症の病態、加えて臨床を意識して左心不全症例への対応をお話ししました。肺うっ血の正確な評価には右心カテーテル検査が必要ですが、臨床で効果的に活用することができますので、改めてその意義を確認してみましょう。
日本循環器学会刊行のガイドライン(循環器病ガイドラインシリーズ)は、学会公式サイトで閲覧できます。最新版をご確認ください。
POINT