トータル・ヘルスプロモーション・プラン(THP)とは?医師が果たす役割と実践例

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業界動向

公開日:2023.10.20

トータル・ヘルスプロモーション・プラン(THP)とは?医師が果たす役割と実践例

トータル・ヘルスプロモーション・プラン(THP)とは?医師が果たす役割と実践例

トータル・ヘルスプロモーション・プラン(THP)とは、働く人の健康を保つための取り組みのことです。禁煙を勧める情報の発信や、「~チャレンジ」などと称した運動の啓発などがあてはまります。

厚生労働省が30年以上前から「職場における心とからだの健康づくりのための手引き―事業場における労働者の健康保持増進のための指針―」(以下、THP指針)に基づき推進してきましたが、近年の社会情勢に合わせるため、令和2年と3年に相次いで指針を改正しました。

医師は産業医として、THPの中心的な役割を果たします。また、医師自身の健康づくりという視点も重要です。この記事ではTHPについて、医師との関わりを中心に解説します。

トータル・ヘルスプロモーション・プランとは

トータル・ヘルスプロモーション・プラン(THP:Total Health promotion Plan)とは、厚生労働省が働く人の「心とからだの健康づくり」をスローガンに進めている健康保持増進措置のことです。

働く人を守ることはもちろん、労働生産性を向上させるため、働く人の健康が重要であることは言うまでもありません。近年は働く人の健康づくりが企業価値や株価へ与える影響も注目され、「健康経営」という用語も広まっています。

まずは、THPの目的と背景、指針改正の経緯、基本的な考え方などを順に見ていきましょう。

目的と背景

THPの考え方は以前からあり、はじまりは昭和54年に労働省(現在の厚生労働省)が策定した『中高年労働者健康管理事業補助制度実施要項』に遡ります。当時すでに働く人の高齢化が見込まれていたことから、中高年労働者の健康を保ち労働力を維持することを目的とした取り組みが提案されました。この提案は中高年を対象としていたため、「シルバー・ヘルス・プラン」(SHP)と呼ばれていました。

その後、ストレス関連疾患による若年者の休業・休職が増加したことから、中高年に限らずすべての働く人を対象とした健康づくりが求められるようになりました。そこで昭和63年、労働安全衛生法の改正により公示されたのが「THP指針」(公示第1号)です。

この指針により、まずは大企業を中心にTHPが推進されましたが、中小規模の事業場にも普及させるため、平成の間に二度の改正が実施され、前述の通り令和2・3年にも大きな改正がありました。その後改正が重ねられ、現在の最新版は令和5年3月31に公示された第11号にあたります。

令和2・3年の指針改正

令和2年のTHP指針改正は、働く人「個人」から「集団」へ、健康保持増進措置の視点が拡大・強化されました。

従来は生活習慣などに問題やリスクを抱える「個人」に対して健康改善を促す措置(ハイリスクアプローチ)が主体でしたが、この改正では働く人を「集団」ととらえて事業場全体の健康改善を目指す措置(ポピュレーションアプローチ)が重視されるようになりました。内容ではなく「進め方」を規定し、各事業場の特性に合った健康保持増進措置を実施できるようになっています。

令和3年には、「コラボヘルス」の推進に関連する改正がなされました。コラボヘルスとは事業者と保険者が連携して健康づくりを実行することであり、そのために事業者は保険者に健康診断の結果を提供しなければならないとしています。

▼ポピュレーション/ハイリスクアプローチに関する詳しい記事はこちら
ポピュレーションアプローチとは?特徴や具体例、医師の役割を解説

趣旨と基本的考え方

働く人の健康リスクを放置すると、事業者にとっては大きな損失につながりかねません。THP指針では、THPの「趣旨」を①労働者の健康保持増進を取り巻く状況、②事業者が労働者の健康増進対策を行うメリット、③事業場の特性に応じた健康保持増進対策の必要性の3つの観点で述べています。

項目 THP指針でふれられている内容
①労働者の健康保持増進を取り巻く状況
  • 働く人の高年齢化などにより健康診断の有所見率が増加している
  • メタボリック症候群予備軍の人や、仕事に不安・ストレスを感じている人の割合が高い
②事業者が労働者の健康増進対策を行うメリット
  • 労働生産性を向上させる
  • 労働災害件数や休業日数を減少させる
  • メンタルヘルスを改善する
③事業場の特性に応じた健康保持増進対策の必要性
  • 個々の事業場の業種、働き方などの特性に応じた取り組みが必要である
  • 産業医・保健師・衛生管理者などの産業保健スタッフのほか、心理職・⻭科衛生士などの専門職を活用する(事業場外の機関や専門職の活用含む)
  • 衛生委員会などを通じた労使双方が一体となって取り組む体制を基本とし、可能な取り組みから始めて徐々に充実させていく
厚生労働省『職場における心とからだの健康づくりのための手引き~事業場における労働者の健康保持増進のための指針~』をもとに作成
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000055195_00012.html

一方、THP指針の「基本的考え方」では、生活習慣病の予防や改善に「健康指導」が重要であり、事業者は働く人が健康増進に取り組む意欲を高める環境を作るなど、健康管理を積極的に推進する必要があると述べています。そのための手段の一つとして、前述した「コラボヘルスの推進」にも触れています。

なお、THP指針は「基本的な実施方法」を示すものであり、十分な成果をあげるためには各事業場の特性に応じた取り組みが必要です。

トータル・ヘルスプロモーション・プランと医師の関わり

白衣の女性

産業医として企業を支援する

産業医とは「事業場において労働者が健康で快適な作業環境のもとで仕事が行えるよう、専門的立場から指導・助言を行う医師」です。労働衛生に関する専門知識を持ち、働く人の健康障害を予防するだけでなく、心身の健康を保持増進することを目指した活動を行います。

産業医は、THPの中心的役割を果たすことが求められていますTHPの進め方(後述)におけるすべてのステップで、産業医は積極的に関わる必要があります。

医師・医療従事者の健康づくりを意識する

THPが必要なのは、医療従事者も同様です。THPはすべての事業場に必要な考え方であり、病院やクリニックなどの医療機関も例外ではありません。

とくに近年は医療従事者の長時間労働が問題視され、働き方改革などの取り組みが進んでいます。THPは産業医だけが知っていれば良いものではなく、私たち医療従事者も当事者であることを意識し、自主的に取り組んでいく必要があるでしょう。

トータル・ヘルスプロモーション・プランの進め方と実践例

それでは、THPの具体的な進め方について、企業における実例も交えながら見ていきましょう。

トータル・ヘルスプロモーション・プランにおけるPDCAサイクル

THP指針では、健康保持増進対策を中長期的な視点で、継続的・計画的に進めるため、PDCAサイクルに沿って進めることが重要としています。

PDCAサイクルは、Plan(計画)、Do(実行)、Check(測定・評価)、Action(対策・改善)のプロセスのことです。具体的には、下図の8項目(①~⑧)から成るPDCAサイクルの枠組みに沿って、各取り組みを進めていきます。

厚生労働省職場における心とからだの健康づくりのための手引き~事業場における労働者の健康保持増進のための指針~健康保持増進対策の各項目(PDCAサイクル)

厚生労働省『職場における心とからだの健康づくりのための手引き~事業場における労働者の健康保持増進のための指針~』p.10より
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000055195_00012.html

トータル・ヘルスプロモーション・プランの実践例

具体的にどのようなことが行われるのか、ここではTHP指針の中で取り上げられている、ある企業を例に紹介します。

この企業は約120人の労働者を抱える製造業で、体調不良者が増加傾向にあり、愛煙家が多いことから、健康増進の必要性を感じてTHPに取り組むこととなりました。

①健康保持増進方針の表明

「社員が健康でいることによって、社員が幸せになり、パフォーマンスが上がる」というスローガンを掲げました。「健康経営」宣言も発表し、労働者の健康管理や健康増進を積極的に支援することを表明しました。

②推進体制の確立

事業場内の推進スタッフとして、総務スタッフ4名と産業医1名を担当に置きました。

また、事業場内だけでは動員できる人員に限りがあるため、事業場外資源として協会けんぽと連携することにしました。協会けんぽからは、健診後の保健指導や、健康に関する情報・企画の提供を受けることができます。

③課題の把握

健康診断結果や喫煙状況などから、働く人の健康状態を把握します。管理職や働く人が集まる安全衛生委員会では喫煙率の高さを課題として取り上げることとなりました。安全衛生委員会には産業医も出席し、助言を行います

④健康保持増進目標の設定

安全衛生委員会での議論を通じて、喫煙率25%、有給休暇取得率70%などの目標が定められました。

⑤健康保持増進措置の決定

設定した目標を踏まえて、次の4つの措置を行うことを決定しました。

  • 禁煙キャンペーン
  • 協会けんぽと連携した健康指導
  • コミュニケーション活性化
  • 健康チャレンジ運動

⑥健康保持増進計画の作成

決定した健康保持増進措置を行う時期やタイミング・頻度を含む年間計画を作成しました。半年に一度は振り返りを行い、計画の進捗状況を確認することにしました。

⑦健康保持増進計画の実施

禁煙キャンペーンでは、禁煙外来を受診する費用の全額補助や、喫煙所の利用許可制を導入し、事業者が率先して禁煙を呼びかけました。

健康指導では、年2回の健康診断で所見が認められた人に対し、協会けんぽから派遣される保健師が健康指導を実施しました。協会けんぽと共に、事業者からも健康指導の受診勧奨を行いました。

コミュニケーションについては、毎月1週間、社長の席を移動し、働く人たちと共に仕事をするようにしました。1対1でコミュニケーションをとる機会も設けました。

健康チャレンジ運動では、ウォーキングアプリを活用し、利用者の歩数ランキングを配信しました。始業時には全員でラジオ体操を実施し、バスケットコートやリフレッシュルームで気軽に運動や休息を取れるようにもしました。

こうした取り組みに加えて、必要に応じて産業医が面談を実施しました。

⑧実施結果の評価

禁煙キャンペーンによって6名が禁煙に成功し、喫煙率が年度ごとに改善(39%→33%→28%)しました。そのほか、有給休暇取得率が62%から翌年72%になったほか、時間外労働の削減、体調不良者の減少という結果が得られました。

◆◆◆

以上、ある企業の実践例を具体的に見てきました。THP指針では、ほかにも産業医の関与例として、慢性疾患を抱える人の健康測定に配慮する場面や、体力年齢測定の項目選定や評価方法について助言する事例を紹介しています。

まとめ

近年、世間のコンプライアンス意識が高まり、過剰なノルマや極端な長時間労働を課すような企業には厳しい目が向けられます。企業は自社の価値を高めるためにも、THPに取り組まざるを得ない状況になっており、産業医の持つ知識と経験へのニーズが高まっていると言えます。

また、働き方改革で指摘されているように、医師や医療従事者自身もTHPの意識を持つ必要があります。自身の健康に不安が少しでもある方は、患者さんの健康を守る上でまずは自分の健康を維持しなくてはならない、という当たり前の事実に、一度立ち返ってみるのはいかがでしょうか。

Dr.Ma

執筆者:Dr.Ma

2006年に医師免許、2016年に医学博士を取得。大学院時代も含めて一貫して臨床に従事した。現在も整形外科専門医として急性期病院で年間150件の手術を執刀する。知識が専門領域に偏ることを実感し、医学知識と医療情勢の学び直し、リスキリングを目的に医療記事執筆を開始した。これまでに執筆した医療記事は300を超える。

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