ポピュレーションアプローチとは?特徴や具体例、医師の役割を解説

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医療知識

公開日:2023.12.05

ポピュレーションアプローチとは?特徴や具体例、医師の役割を解説

ポピュレーションアプローチとは?特徴や具体例、医師の役割を解説

ポピュレーションアプローチ(ポピュレーションストラテジー)とは、「集団」に対して健康増進や疾病予防を図る手法です。これに対して、健康診断などで疾病発症の可能性が高い人を明らかにして、個人への介入を行うハイリスクアプローチ(ハイリスクストラテジー)という手法もあります。

ポピュレーションアプローチとハイリスクアプローチはどちらも重要な方法で、組み合わせることで相乗効果を期待できます。この記事ではポピュレーションアプローチを中心に、ハイリスクアプローチとの違い、具体例や医師の役割や関わり方について紹介します。

ポピュレーションアプローチとは

ポピュレーションアプローチとは、集団としての住民・人々(ポピュレーション)に対して健康増進や疾病予防に関する働きかけ(アプローチ)を行うことで、集団全体の健康リスクを減らそうとする方法のことです。予防医学や公衆衛生の分野で用いられており、「ポピュレーションストラテジー」「ポピュレーションヘルス」と呼ばれることもあります。

ポピュレーションアプローチは、私たちの身近でも感じることができます。たとえば、たばこ製品に健康警告表示をすることや、自治体が運動や減塩といった健康情報の発信をすることは、代表的なポピュレーションアプローチです。

ポピュレーションアプローチとハイリスクアプローチ

疾病の予防には、一次予防、二次予防、三次予防の3段階があります。一次予防は疾病の発症を防ぐこと、二次予防は健康診断・がん検診などによって疾病を早期に発見し治療すること、三次予防は医療やリハビリテーションによって機能低下や再発を防ぐことを指します。

ポピュレーションアプローチは、一次予防に相当します。現時点でリスクを抱えていない人も含めて、集団に対して健康増進や疾病予防の働きかけをすることで、集団全体の疾病発症リスクを低下させます

これに対して、二次予防に相当するのがハイリスクアプローチです。集団全体ではなく、リスクを持っている、または疾病をすでに抱えている「個人」に働きかける方法です。健康診断で異常所見が認められた人、生活習慣に問題があると考えられる人などをハイリスク者として選別し、個別に改善を促します。

従来、疾病予防はハイリスクアプローチが中心でした。たとえば血圧140/90 mmHg、総コレステロール 220 mg/dl、空腹時血糖 126 mg/dlなどのカットオフ値を設定し、これを超える人に対して介入をするのがハイリスクアプローチです。

ポピュレーションアプローチの特徴と意義

近年はハイリスクアプローチの足りない点やデメリットが認識されるようになり、ポピュレーションアプローチが重視されるようになっています。

ハイリスクアプローチは対象を把握しやすく、個人への効果を最適化できるメリットがある一方で、集団全体への波及効果は小さく、成果は一時的・限局的になるという欠点があります。介入対象を絞るためのスクリーニング費用がかかることも、実施する事業者などにとってはデメリットです。

血圧140/90以上の人は、たしかに脳血管疾患や心疾患を発症するリスクが高いのですが、発症者全員の血圧が140/90以上なわけではありません。収縮期血圧が110~120台でも脳出血や心筋梗塞を発症する可能性がありますし、140台以上の人よりも139以下の人の実数がはるかに多い場合、脳出血や心筋梗塞になった人を調べると、血圧が低い人の方が、実数が多いことがあるのです。

このような現象を、ロンドン大学のジェフリー・ローズ医師は「予防医学のパラドックス」(preventive paradox)と呼び、「小さなリスクを負った大多数の集団から発生する患者数は、大きなリスクを抱えた少数のハイリスク集団からの患者数よりも多い」*1,2という原理原則を示しました。つまり集団の疾病予防を考える上では、ポピュレーションアプローチの考え方が欠かせないのです。

ポピュレーションアプローチによって、集団に対する一次予防の効果を期待できます。ハイリスク者を選別する手間や費用もかかりません。一方、個人に対する効果は高いとは言えないため、とくに漫然とした実施では効果が低い、個人の健康意識の差次第で健康格差の拡大を招く、といった懸念が指摘されます。

どちらのアプローチも疾病予防に必要であり、状況や環境に合わせて使い分けたり組み合わせたりすることで、相乗効果を狙うことが理想と言えます。

世代別のポピュレーションアプローチ

三世代家族・ファミリー

ポピュレーションアプローチにはさまざまな具体的手法があります。禁煙や運動、減塩など、従来から行われている"健康的な生活の推進"も、代表的なポピュレーションアプローチですが、近年は対象をより具体的・限定的にし、それぞれに適したポピュレーションアプローチが推進されています。

対象ごとに、その意義や重要性も異なります。ここでは働く世代、高齢者、子どもに対するポピュレーションアプローチについて見ていきましょう。

働く世代に対するポピュレーションアプローチ

働く世代は生活が不規則になったり、ストレスに晒されたりしやすい状況にあることから、健康を害することの多い世代です。介入によって改善が得られやすい年代でもあり、従来からポピュレーションアプローチの主対象とされてきました。

近年は定年後も働く人や定年年齢自体が引き上げられることが増え、働く世代の高齢化が進んでいることから、健康管理の重要性がより増しています。

経済産業省は、企業で働く人の健康管理に取り組む「健康経営」を推進しています。2014年度からは、優良な健康経営に取り組む上場企業を「健康経営銘柄」として選定、2016年度からは「健康経営優良法人認定制度」を推進しています。これらの認定を受けた企業の株価や利益率は良好な傾向があることから、どの企業もこうした取り組みを無視することができない状況となっています。

職場で実施されるポピュレーションアプローチには、体力測定、社内運動会、ウォーキングイベント、メンタルヘルス対策などがあります。日本の代表的な化学メーカーである花王は、「GENKIプロジェクト」と題して社員の健康づくりに積極的に取り組み、そのノウハウをほかの企業や自治体、高齢者施設などにも提供しています。

高齢者に対するポピュレーションアプローチ

高齢者は体力や認知機能の低下により、予備力が低下しています。加齢に伴うフレイル、サルコペニア、ロコモティブシンドロームなどの症状・病態も一般に知られるようになってきました。こうした症状を抱える「要介護予備軍」の人々が要介護状態になるリスクを下げるためには、ポピュレーションアプローチが有用です。

フレイル予防啓発に関する有識者委員会(医療経済研究・社会保険福祉協会)は、85歳以上の人口が1,000万人を超える2040年を見据え、「フレイルを抱える個人への対応(ハイリスクアプローチ)だけでは不十分」であるとして、ポピュレーションアプローチの重要性にふれています。2022年12月に公表した『フレイル予防のポピュレーションアプローチに関する声明と提言』の中で、「栄養(食事・口腔機能)」「身体活動(運動を含む)」「社会参加(社会活動)」の3本柱を、今後のポピュレーションアプローチのポイントとして挙げました。高齢者が継続的に参加しやすいよう、行政や産業界が一体となって取り組むことが重要としています。

子どもに対するポピュレーションアプローチ

子どもは働く世代や高齢者と比較して、健康を慢性的に害する機会は少ないと言えますが、幼少期の健康は生涯に影響するため、健康管理を軽視することはできません。コロナ禍の影響もあり、運動不足などによる肥満や体力低下、栄養不足によるやせなどが社会問題となっています。将来の疾病発症などを防ぐため、学校活動を含めたポピュレーションアプローチが必要になります。

健康管理とは少し異なりますが、子どもの場合は虐待の予防も重要です。法整備なども進んでいますが、残念ながら凄惨な事件はたびたび発生しています。虐待のリスクが高い対象者の家庭訪問などの介入が主ですが、定期健診などの母子保健活動に虐待防止を目的としたポピュレーションアプローチを組み込むなど、ハイリスクアプローチと組み合わせた対策を進める必要があると考えられます。

ポピュレーションアプローチと医師との関わり

笑顔の白衣の女性

公衆衛生医師

公衆衛生の定義は1920年のWinslowの論文*3が使われることが多く、和訳すると「地域社会における衛生管理や感染症対策、教育、看護、医療の組織的な取り組みを通して、疾病予防、寿命の延伸、身体的・精神的健康を増進する社会を築くための科学技術」です。臨床医学では患者さん一人ひとりに向き合い治療を行いますが、公衆衛生では集団を対象に健康増進を図ります。

つまり、公衆衛生を専門とする医師は、まさにポピュレーションアプローチの中心的役割を果たします。主に保健所・保健センターや官公庁・役所などで公務員として勤務しています。

産業医

産業医とは、「事業場において労働者が健康で快適な作業環境のもとで仕事が行えるよう、専門的立場から指導・助言を行う医師」のことです。

健康診断で所見が認められた人に指導や助言を行ったり、メンタルヘルスに問題を抱える人を対象に面談を行ったりする業務があります。これらはリスクを抱えた方に介入する、ハイリスクアプローチです。

しかし近年、企業でも事業場全体の環境や健康意識に介入するポピュレーションアプローチが重視されるようになっています。「健康経営」がキーワードになりつつある企業運営において、産業医は事業場の健康づくりに中心的な役割を果たします。企業で働く産業医は、ポピュレーションアプローチの概念をしっかりと理解しておく必要があると言えます。

勤務医

病院やクリニックに勤務する医師は、目の前の患者さんを治療するのが主な仕事であり、日常業務ではポピュレーションアプローチを意識することは少ないかもしれません。しかし、将来産業医として働いたり、一般市民向けの講演(学会や研究会主催の市民公開講座など)を担当する機会があったりと、集団を対象に医療や情報を提供する可能性もあるかと思います。

また、目下の疾病やケガを予防する手立てはないか、ポピュレーションアプローチの考え方で診療を進めてみるのも、日々の臨床の可能性が広がるかもしれません。

まとめ

今回はポピュレーションアプローチについて紹介しました。集団を対象としたポピュレーションアプローチも、個人を対象としたハイリスクアプローチも、目指すところは同じ「人々の健康を増進すること」にあります。両者が揃えば目標により近付くことができるため、片手落ちにならないよう、医療者は広い視野を持って診療に臨む必要があるのではないでしょうか。

Dr.Ma

執筆者:Dr.Ma

2006年に医師免許、2016年に医学博士を取得。大学院時代も含めて一貫して臨床に従事した。現在も整形外科専門医として急性期病院で年間150件の手術を執刀する。知識が専門領域に偏ることを実感し、医学知識と医療情勢の学び直し、リスキリングを目的に医療記事執筆を開始した。これまでに執筆した医療記事は300を超える。

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