「高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施」とは?医師向けにわかりやすく解説

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公開日:2024.06.12

「高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施」とは?医師向けにわかりやすく解説

「高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施」とは?医師向けにわかりやすく解説

高齢化が進み医療・介護保険がひっ迫の度合いを増す中、高齢者の健康寿命を伸ばすことが重要な社会的課題となっています。そのため、国は各種健康診断や保健指導などさまざまな事業に取り組んできました。

しかし、多くの事業は複数の部局が独立して実施するなど連携が不十分で、データを共有できないといった課題を抱えていました。そこで国が各事業の連携やフレイル対策を強化するため、新たに打ち出した施策が「高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施」です。2020年4月に法改正を行い、体制を整備しました。2024(令和6)年度までにすべての市町村で展開することを目指しています。

この記事では「高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施」について、背景や全体像をわかりやすく紹介します。

「高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施」とは

「高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施」とは、高齢者の健康を維持し、フレイル*を予防するための新たな取り組みです。2020年4月の法改正により整備されました。

これまでの保健事業や介護予防と、どのように違うのでしょうか。まずは、従来の制度について見ていきましょう。

*フレイル:『フレイル診療ガイド2018年版』(日本老年医学会/国立長寿医療研究センター、2018)によると「加齢に伴う予備能力低下のため、ストレスに対する回復力が低下した状態」を表す"frailty"の日本語訳として日本老年医学会が提唱した用語である。フレイルは、「要介護状態に至る前段階として位置づけられるが、身体的脆弱性のみならず精神心理的脆弱性や社会的脆弱性などの多面的な問題を抱えやすく、自立障害や死亡を含む健康障害を招きやすいハイリスク状態を意味する。」と定義されている。また、「フレイル」の前段階にあたる「プレフレイル」のような早期の段階からの介入・支援を実施することも重要である。[厚生労働省「高齢者の保健事業 基礎資料集」p.7より引用]

従来の保健事業の概要と課題

「保健事業」は人々の健康を維持し、疾患の予防や早期発見をするための取り組みのことで、健康診断保健指導などが該当します。

事業を実施するのは市町村や公的医療保険の保険者(健康保険組合や協会けんぽ)などですが、対象者の年齢や公的医療保険の加入先によって担当が異なっていました(下表)。

【従来の保健事業の実施主体】

対象者の年齢 職種 公的医療保険 実施主体
75歳未満 サラリーマンなど 被用者保険 健保組合・協会けんぽ など
自営業・農業など 国民健康保険 市町村
75歳以上 全員 後期高齢者医療制度 後期高齢者医療広域連合
厚生労働省「高齢者の保険事業と介護予防の一体的実施について」(2023年8月)をもとに筆者作成
https://www.mhlw.go.jp/content/11907000/001130494.pdf(2024年6月11日閲覧)

75歳までは健保組合・協会けんぽ・市町村などが主体となり、特定健診や保健指導、任意で人間ドックなどを実施します。しかし75歳以降になると、実施主体は後期高齢者医療広域連合(以下、広域連合)という別の団体に移ります。このとき、一度保健事業が途切れてしまうことが課題でした。

また、広域連合の下では、糖尿病などの重症化予防に取り組む例もあるものの、多くは健康診断のみを実施していました。後期高齢者になっても健康寿命を伸ばす取り組みは重要です。後述するように、健康診断のみでは予防できない「フレイル」対策が課題となりました。

従来の介護予防の概要と課題

介護保険は65歳以上で介護や支援が必要な人を対象とした制度ですが、介護保険法では現時点で介護が必要ではない人を対象とする「介護予防・日常生活支援総合事業」も定められています。通所介護や訪問介護といったサービスを利用できるようにし、「要介護」の発生や悪化を防ぐのが目的です。

この「介護予防」の対象は、要介護リスクの高い人、すなわち「要支援」者です(=ハイリスク・アプローチ)。要支援の認定を受けるには、「要介護」者同様「要介護認定」を申請し、審査を受ける必要があります。

しかし、要支援と認定されない人の中にも、ささいなきっかけで介護が必要になる人が多くいることがわかってきました。「フレイル」を見過ごさないことを重視するため、介護予防も全員を対象とする必要がある(=ポピュレーション・アプローチ)と考えられるようになったのです。

フレイル対策と、一体的実施の必要性

キャリーバッグを引っ張りながら歩く高齢女性シルエット

2014年、日本老年医学会が「フレイル」対策の必要性を提唱しました。フレイルの概念が注目されるとともに、健康寿命の延伸という課題解決に向けて先述のとおり集団全体に対する介入(ポピュレーション・アプローチ)の必要性が高まりました。

一見元気に生活し、要介護や要支援に該当しない人でも、低栄養や健康状態不明者など、予備能力が低下している人がいます。集団の中からフレイルの人を抽出するには、「介護予防」の事業だけでは不十分です。保健事業も介護予防も、個人の健康状態を改善する上では効果的ですが、集団への効果は限られており、両者の連携が必要です。

しかし従来の制度では、保健事業と介護予防の連携が不十分で、データの共有などができていませんでした。そこで厚生労働省は、広域連合と市町村が連携して高齢者の健康維持やフレイル対策に携わり、かかりつけ医などによる医療を組み合わせた包括的な支援を打ち出します。

こうして「高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施」が始まることとなったのです。

「高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施」の全体像

法改正による体制整備

「高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施」(以下、「一体的実施」)は、広域連合が実施主体となります。これまで別個に実施されていた「高齢者保健事業」と「国民健康保険保健事業」、「介護予防」を一元的に実施することがねらいです。

広域連合は、実施を市町村に委託することができます。市町村はアウトリーチ(訪問)支援や通いの場などに関与し、取り組みを進めます。

一方、国(厚生労働省)は一体的実施の方向性を明示し、具体的な支援内容をガイドラインなどで提示します。特別調整交付金を交付し、先進事例への支援も行います。

こうした体制は、2020年に実施された法改正で可能となったものです。下図で「」マークが付けられているところが、一体的実施のための法改正事項です。

厚生労働省資料_高齢者の保健事業基礎資料p25_高齢者の保健事業と介護予防の一体的実施_スキーム図

厚生労働省「高齢者の保健事業 基礎資料集」p.25より
https://www.mhlw.go.jp/content/001252033.pdf(2024年6月11日閲覧)

全体概要と11のポイント

それでは、「一体的実施」の全体像を見ていきましょう。市町村に向けて、国は11個のポイントを挙げています。たとえば、市町村や日常生活圏域に医療専門職(保健師、管理栄養士、歯科衛生士、理学療法士など)を置くことなどです。

厚生労働省資料_高齢者の保健事業基礎資料p25_高齢者の保健事業と介護予防の一体的実施_市町村における実施のイメージ図

厚生労働省「高齢者の保健事業 基礎資料集」p.26より
https://www.mhlw.go.jp/content/001252033.pdf(2024年6月11日閲覧)

この図のうち、①~④は「重要なポイント」とされています。自治体の実情に合わせた内容を、段階的に進めていくよう促されています。

市町村は次の医療専門職を配置(経費は広域連合が交付)
・事業全体のコーディネート、企画調整・分析をおこなうため、市町村に保健師等を配置
・個別的支援や通いの場への関与等をおこなうため、日常生活圏域に専門職を配置。

健診データ、医療レセプト、介護レセプトをKDB上で紐づけして、一人ひとりの健康状態を把握。

地域の健康課題を整理・分析:地区別高齢化率、要介護認定率、医療費やその原因疾患、健診データ有所見率、質問票で把握した生活習慣等を分析し、事業計画に反映させる。

KDB等で多様な課題を抱える高齢者や、閉じこもりがちで健康状態の不明な高齢者を把握し、アウトリーチ支援等を通じて、必要な医療サービスに接続する。

令和2(2020)年度 高齢者の保健事業と介護予防の一体的実施推進に係る検証のための研究「進捗チェックリストガイド本文」p.9より引用
https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/202001017A-sonota2.pdf(2024年6月11日閲覧)
KDB:国保データベース

集団を対象とする支援には、データの分析と活用(健康状態の把握)が重要です。国民健康保険のデータベース(KDB)には、健診・保健指導や医療・介護に関するデータから、統計情報や個人の健康データを作成するシステムがあります。データを解析し、高齢者一人ひとりの情報や地域の健康課題を整理・把握するだけでなく、分析結果に基づいて医療や介護が必要な高齢者を適切なサービスにつなげることが重要です。

「一体的実施」はすでに全国の各市町村で進んでおり、2022年度には60%以上の市町村で実施されました。2024年度中に、すべての市町村での実施が目指されています

まとめ

Senior man and caring nurse

「高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施」について、導入の背景や概要を紹介しました。高齢化でより効率的な医療・介護支援が求められる中、支援を受ける人を主体とする包括的な取り組みが必要となっています。勤務医として働いていると実感しづらい内容かもしれませんが、自分がどのような立場でかかわっていくことができるか、考えてみましょう。

Dr.Ma

執筆者:Dr.Ma

2006年に医師免許、2016年に医学博士を取得。大学院時代も含めて一貫して臨床に従事した。現在も整形外科専門医として急性期病院で年間150件の手術を執刀する。知識が専門領域に偏ることを実感し、医学知識と医療情勢の学び直し、リスキリングを目的に医療記事執筆を開始した。これまでに執筆した医療記事は300を超える。

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