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日本の医療制度は患者さまに優しく、誰もが一定水準以上の医療を受けることができるとされています。そのため日本の「医療格差」が話題に上がることはそれほど多くないかもしれません。
しかし複数の医療現場で働いた経験がある方は、提供される医療に差があることを実感したのではないでしょうか?複数の地域(例えば大都市と地方など)での勤務経験がある方はなおさらかもしれません。
日本国内でも医療格差があるのは事実であり、それを受け止めて医師は求められる役割を果たしていくしかありません。自分がどのように働きたいのかを考えていく上で、日本の医療格差の現状を知っておくことは必須と言えるでしょう。
働き方改革やコロナ禍の影響により医療現場は転換期を迎えています。この記事では、日本の医療格差と働き方改革、コロナ禍の関係について紹介します。
執筆者:Dr.Ma
すべての人に健康と福祉を。日本の医療制度が優れている点とは
今や世界の指南書とも言えるSDGsですが、第3の目標「すべての人に健康と福祉を」をご存知でしょうか?妊婦や新生児の死亡率などの小項目から構成される目標ですが、「sustainable development report 2022」によれば、日本はほぼ全ての項目で最高評価(結核の有病率のみ2番目の評価)を獲得しており、優れた日本の医療制度を反映していると考えられます。
世界の医療格差。開発途上国だけでなく先進国でも
開発途上国では感染症の蔓延や5歳未満の子供・妊婦の死亡率が高いことが大きな問題です。原因は安全な水が手に入りにくいこと、整備されていない下水施設であることなどの衛生面や、医療の提供体制も整備されていない、つまり先進国と比べた時に医療格差があることです。
医療に関わる薬剤や人材などの資源には限りがありますが、世界の医療資源の多くは先進国に集中しています。そのため開発途上国に医療資源が行き届かず、適切な医療を受けることができません。新型コロナウイルスのワクチンが先進国にばかり届けられ、深刻なワクチン格差が生まれたことは記憶に新しいと思います。
一方、先進国の中でも医療格差は存在しています。アメリカには全国民をカバーする公的な医療保険制度がありません。低所得者や高齢者を対象とした保険があるものの、国民の大部分が民間の医療保険に加入しています。超高額な医療保険から、低額で加入しやすいものまでさまざま。当然、裕福な方は高水準の医療を受け、そうではない方に提供される医療の水準は低くなります。
日本国民には医療保険制度の加入義務がある
日本の国民は、何らかの公的医療保険に加入する義務があります。企業や学校などに勤める人のための被用者保険、自営業など他の健康保険に加入しない人のための国民健康保険、75歳以上全ての人のための後期高齢者医療制度です。1961年に国民皆保険が導入され、少ない自己負担で皆が医療を受けられるようになりました。
また、日本には地域単位で医療を完結させるため「医療圏」が設定されています。市町村単位で構成される一次医療圏では日常生活に密着した医療を、複数の市町村で構成される二次医療圏では入院を含めた一般的な医療を、都道府県単位で構成される三次医療圏では高度、先進的、特殊な医療まで提供します。医療圏ごとに必要な病床数や医療従事者を確保することで、どの地域でも必要な医療を提供する体制が整っています。
これらの優れた制度により、日本国民はみな誰でもどこに住んでいても、一定水準以上の医療を受けられる「はず」なのです。
それでも生まれる日本の医療格差
しかし、「日本国民みなが等しく同じ医療を受けている」と言い切れない現状があります。日本における医療格差は、大きく分けて「地域格差」と「経済格差」があります。
医療圏や地域ごとに医療の質や密度は異なり、経済力によって受ける医療には差が生まれます。近年ではコロナ禍による影響が。また、今後医療現場でも実施される働き方改革の影響が及ぶことで、医療格差が拡大する可能性があります。
日本の地域による医療格差
データが示す地域による医療格差
地域によって提供している医療がどれほど異なるのか、いくつか参考となるデータを見てみましょう。
まずは、「都道府県別の人口10万対医師数」です。厚生労働省による令和2年のデータによれば、人口に対する医師数が多いのは多い順に徳島・京都・高知・東京でありその数は320-340人程度となっています。逆に少ないのは少ない順に埼玉・茨城・新潟・福島でありその数は175-200人程度です。1.5倍程度医師がいる「密度」が異なることが分かります。
次に都道府県別の医療費です。厚生労働省による令和2年のデータでは、一人当たりの実績医療費が最も高いのは高知県で457,827円、最も低いのは埼玉県で298,212円。ここにも1.5倍程度の違いがあります。
続いてがんによる死亡率です。人口10万人に対する悪性新生物による死亡率(平成27年)は最も高い青森では201.6であるのに対して、最も低い長野では132.4となっています。
もちろん、がんの患者さまの数は医療体制だけでなく地域の食文化や遺伝などの影響も大きいことでしょう。それでも地域により医師数が違うことや、実施される医療の総量が異なり、その差が1.5倍に及ぶという点は注目するべき点であると言えます。
令和2(2020)年 医師・歯科医師・薬剤師統計の概況|厚生労働省
令和2年度(2020年度)医療費の地域差分析|厚生労働省保険局調査課
参考1 主な死因、性、都道府県別年齢調整死亡率(人口10万対)・順位 -平成27年-|厚生労働省
新医師臨床研修制度がもたらしたもの
日本の医療の地域格差を生んだ原因として指摘されているのが、2004年に創設された新医師臨床研修制度です。医師の臨床基礎能力を向上するため各診療科で行う2年間の初期研修(スーパーローテート)を義務化し、同時に研修医の処遇を改善した制度です。
新医師臨床研修制度の大きな特徴に「マッチング制度」を取り入れている点があります。研修医は全国の研修指定病院から自由に選択して希望を出し、病院側とマッチしたら採用されるという、アメリカのレジデント制度にならったものです。
マッチング制度の導入により研修医の自由度が広がり、病院側もより魅力的な研修を準備するなど良い変化がある一方で、従来大学の医局に集中していた研修医は市中病院へ流出することになります。
それがいわゆる「医局の弱体化」につながり、それまで医局が担っていた地方への医師派遣という機能を十分に果たせなくなったのです。研修医は研修プログラムが充実した都市部の病院や症例数を多く経験できる病院へ集中し、地域ごとの医療格差が生まれる原因の一つになったと考えられています。
医療従事者の働き方改革が日本の医療格差に与える影響とは
2024年4月から医師の働き方改革が本格的に開始されます。医師の長時間労働の是正、あいまいになりがちな労働時間の把握などを通じて勤務環境を改善しようとする取り組みです。
働き方改革の制度自体は2019年から施行されていますが、医師の労働時間を減らすことによる医療への影響が懸念され、5年間の猶予期間が設けられました。医師の少ない地方の病院などでは、一部医師の長時間労働により現場が支えられてきたという現実があります。本制度による地域ごとの医療格差への影響も少なくないと言えるでしょう。
しかしながら過重労働による健康被害は、医療従事者の離職を引き起こします。勤務環境の改善こそが本来の目的であり、医療の質や量を維持しながら医師を初めとした医療従事者への負担を軽減する改革が求められています。各病院で進められている対策がどのように機能するのか、これから答えが出てくることになるでしょう。
時間外労働の上限規制の適用猶予事業・業務|厚生労働省
令和3年度 第1回医療政策研修会及び地域医療構想アドバイザー会議「医師の働き方改革について」|厚生労働省 医政局 医事課 医師等働き方改革推進室
経済大国日本における、経済格差による医療格差
日本の医療格差を考える上で徐々に無視できなくなっているのが、経済格差による医療格差です。GDP世界3位の豊かさ、そして優れた医療制度を有するこの日本でいったい何が起きているのでしょうか。
少子高齢化による医療費の増大と自己負担の増加
今から50年前、1973年の日本の国民医療費は約4兆円。この時代70歳以上の方は医療の自己負担はゼロでした。その後経済成長や医療の高度化、社会の高齢化などの影響により医療費は増加し続け、1990年には20兆円、2013年には40兆円を超えています。
それに伴い高齢の方でも医療の自己負担が増やされることとなり、現在では70-74歳が2割、75歳以上が1割(ただし現役並みの所得がある方は3割)と変化しました。
コロナ禍で医療を受けられない貧困層が増加
長引くコロナ禍や円高の影響は、日本国民に大きくのしかかっています。特に非正規労働者への影響は深刻です。
2018年国民生活基礎調査によれば、相対的貧困の基準は世帯年収127万円であり、年収がそれに満たない相対的貧困率は15.4%(OECD の所得定義の新基準では15.7%)に達していました。認定NPO法人キッズドアが実施したアンケートによれば、コロナ禍で収入が減少した世帯は約7割に及んでいます。
2023年5月8日から新型コロナウイルス感染症は5類に移行し、検査や治療に自己負担が発生します。ワクチンや治療薬は現在のところ公費負担ですが、将来的にインフルエンザと同じように自己負担が求められることでしょう。
増加する医療の自己負担は、日本人の6人に1人を占める貧困層から医療を遠ざける要因になります。
2019年 国民生活基礎調査の概況|厚生労働省
生活保護があれば大丈夫?
生活困窮者が必要な医療を受ける機会を制限されないようにするための救済制度とも言えるのが、生活保護と無料低額診療です。生活保護の方の医療費は全額を医療扶助で負担され、無料低額診療では指定された医療機関が無料、または低額で診療を行います。
生活が困難な方もこれらの制度を利用すれば、必要な医療を受けることができます。しかし生活保護になるのを嫌がる方や、無料低額診療の制度を知らずに受診を敬遠してしまう方など、実際には十分な医療が提供されていないケースも少なくありません。
また経済的困難の方は先進医療など高額な自己負担が発生する治療法を選択することはできず、ここにはっきりとした「経済格差による医療格差」が生じることになるのです。
日本の医療格差を改善するには
経済格差による医療格差は医療だけの問題ではなく、政治経済全般に関わるため解決は簡単ではありません。しかし地域による医療格差を是正するため、次のような医療制度の整備や、新たな技術革新が進む流れがあります。
地域で医療を完結する。医師偏在対策と地域包括ケアシステムの構築
厚生労働省が設置する医師需給分科会は医師偏在への対策案を取りまとめ2017年12月公表しました。それによれば、医師数や外来医療機能の充足不足を可視化すること、医学部に地元出身者枠を設定できるようにすること、医療が不足している地域へ医師を送り出す医療機関にインセンティブを設けること、などが記載されています。
地域包括ケアシステムは厚生労働省が2003年から推進している考え方で、高齢や要介護状態になっても住み慣れた地域で過ごすことができるよう、住まい・医療・介護などが一体的に提供される仕組みのことです。
医療の点で具体的に言えば、急性期病院と開業医の連携、医療機関と介護施設の連携などが地域包括ケアシステムの実践例です。地域の限られた医療資源を効率よく住民に提供することが、重要な医療格差対策になります。施設間連携のために情報共有がカギとなるため「マイナンバー保険証」や「オンライン資格確認」の整備が現在も強力に推し進められています。
電子通信技術による医療革命が医療格差を改善する
過疎地域では慢性的に医師数が不足し、少数の総合内科医や総合診療医が中心となって診療を行っています。臓器専門医が不在となる地域では非常勤の派遣医師に頼るか、遠方である都市部の大病院まで患者さまが通うしかありません。
格差が大きい過疎地域の医療を補うため、遠隔医療の試みがあります。徳島県海部病院では、専門医が在籍する県立中央病院と連携し、5Gを活用した遠隔医療実証実験を行っています。高画質な4K映像もほぼリアルタイムで送信、参照することができるため消化管内視鏡や超音波検査、腹腔鏡手術など、専門性が高い領域をカバーすることができます。
病院-病院の連携だけでなく、医師-患者さまを通信でつなぎ診療を行うのがオンライン診療です。コロナ禍の影響もあり、全国的にオンライン診療を行うための整備が進み、実践例が増えています。過疎地域や離島など医療資源の乏しい地域、また病院へ通うのが難しい在宅患者さまなどを対象としたオンライン診療の恩恵は大きく、今後も拡大していくものと思われます。
5Gを活用した県立中央病院ー海部病院間における遠隔医療実証実験|徳島県立海部病院
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まとめ
日本の医療格差の現状について紹介しました。
出生率が過去最低となり都市部への人口集中が続く中、地方に住む方へどのように医療を提供していくのか、これからも続く重要な課題です。私たち医師は日本にも医療格差という問題があることを認識し、対応していかなければなりません。
執筆者:Dr.Ma
2006年に医師免許、2016年に医学博士を取得。大学院時代も含めて一貫して臨床に従事した。現在も整形外科専門医として急性期病院で年間150件の手術を執刀する。知識が専門領域に偏ることを実感し、医学知識と医療情勢の学び直し、リスキリングを目的に医療記事執筆を開始した。これまでに執筆した医療記事は300を超える。
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