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「未病」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?未病とは、病気には至らないが健康な状態でもない、健康と病気の中間的・連続的な概念を指す言葉です。なぜ近年、未病が注目されているのか、未病かどうかを判断するにはどうすれば良いのか、そして未病から病気への移行をどうすれば防ぐことができるかなどについて解説します。
執筆者:竹内 想
未病とは
「病気」をめぐる一般的な考え方は、「健康」と「病気」という二元論です。
これに対して「未病」という概念は、健康と病気のどちらか一方に分けるのではなく、人が健康と病気の間で心身の状態が連続的に変化していることを前提とする「病気には至っていない状態」を指します。
日本未病学会では「自覚症状はないが検査では異常がある状態」と「自覚症状はあるが検査では異常がない状態」を合わせて「未病」と定義しています(自覚症状と検査異常がどちらもある状態を「病気」と定義)。
「健康」と「病気」が、0か1かというデジタル的分類であるのに対し、「未病」は両者が連続しているアナログ的分類と言うこともできるかもしれません。
未病とは?|日本未病学会
未病が注目される理由
未病という言葉自体は、決して新しい言葉ではありません。今から2000年以上前の中国の書物『黄帝内経素問(こうていだいけいそもん)』にも「聖人は未病を治す」という記載があります。
では、なぜ近年になって「未病」が注目されているのでしょうか。
背景の一つに、日本社会の人口分布の変化が考えられます。日本では、全人口に占める高齢者の割合が増加する「高齢化」と、合計特殊出生率が人口維持に必要な水準を下回る期間が継続する「少子化」の、2つの現象が生じています。日本社会は「生産年齢人口(15~64歳)が高齢者人口を支える」構図です。一般に高齢者ほど病気にかかりやすく、医療費も高い傾向があるため、このまま少子高齢化が進むと医療費が増大し、現在の医療体制を維持できなくなると懸念されています。
そこで、医療費の増加を抑える観点から健康寿命の増進が目指されています。65歳以上になっても元気に働ける人を増やし、医療費を削減しようという目的があるわけです。このような方針は、厚生労働省が2001年に立ち上げた「健康日本21」などにも垣間見ることができます。
このように健康寿命の増進に向けて取り組む中で、「病気」になる前の段階から「健康」を目指すために、「未病」という概念が改めて注目されているのです。
健康日本21(第二次)|厚生労働省
健康日本21(第三次)|厚生労働省
健康日本21とは|健康・体力づくり事業財団
▼「健康日本21」(第二次・第三次)に関する詳しい記事はこちら
「健康日本21」とは?2024年度に始まる第三次目標についても解説
「予防医学」と未病の違い
未病とよく似たニュアンスで用いられる言葉に「予防医学」や「予防医療」があります。「予防医学」では、「特定の疾患になることを予防する」という側面が強調されます。
予防医学は、一次予防・二次予防・三次予防の3つに分類されます。
- 一次予防:病気にかからないようにすること(例:特定の疾患を対象としたワクチン/予防接種)
- 二次予防:病気を重症化させないこと(例:健診での悪性腫瘍の早期発見)
- 三次予防:病気にかかった後の機能回復・再発防止(例:脳梗塞後のリハビリテーション)
いずれの場合でも、特定の疾患を意識していることが多いのが「予防医学」です。
一方、未病という言葉を使う場合、特定の疾患というよりは心身全体の健康を高めるという考え方が根幹にあります。
両者は、人体を臓器別に分類して特定疾患の治癒を目指す西洋医学(予防医学)と、人体全体に注目し「気・血・水」のバランスを取ることを目指す東洋医学(未病)の違いと見ることもできるかもしれません。
ここまで、未病の概念について見てきました。では、「未病」はどのように評価すれば良いのでしょうか。
未病はどうやって評価する?
未病の定義の一つに「自覚症状があること」が含まれているとは言っても、自覚症状だけでは客観的な評価を行うことが難しいことも事実です。このため未病対策を考える上では、まず未病であるかどうかを正確に評価する方法(未病指標)が必要です。
未病指標とは
未病指標は、厚生労働省の検討会で「個人の現在の未病の状態や将来の疾病リスクを数値で見える化するもの」と定義されています。未病指標の要件は以下の5つです。
- 未来予測が可能であること
- 個別化されていること
- 連続的かつ可変的であること
- 使い易く費用対効果が高いこと
- 一定の科学的根拠があること
出典:厚生労働省資料「未病指標について―その必要性と活用に向けた考え方―」(令和元年11月)p.3
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/000572154.pdf
こうした条件を考慮し、現在は年齢、性別、BMI(身長・体重)、血圧に加えて、Mini-Cog(将来的にはMIMOSYS)やロコモ5、歩行速度などの指標が総合的指標として選定されています。
Mini-Cogやロコモ5は聞き馴染みがない医師の方もいらっしゃるかもしれません。それぞれ解説します。
Mini-Cog
Mini-Cogは認知機能のスクリーニングに用いられるもので、以下の3ステップで構成されています。
- 3つの言葉の記憶テスト
- 時計描画テスト
- 3つの言葉の記憶確認
認知症評価に用いられるMMSEや改訂長谷川式簡易知能評価(HDS-R)よりも短時間で検査できます。
ロコモ5
ロコモ5は、運動機能のスクリーニングに用いる検査指標です。ロコモは運動機能障害により要支援・要介護となるリスクの高い状態を表す「ロコモティブシンドローム」を略した言葉です。以下の5項目を質問票で調査することで、運動機能を簡易的に評価できます。
- 階段の昇り降りはできるか
- 急ぎ足で歩けるか
- 休まずにどのくらい歩けるか
- 2 kg程度の買い物をして帰ることができるか
- 家のやや重い仕事(掃除機の使用、布団の上げ下ろしなど)ができるか
より多くの項目を尋ねる「ロコモ25」もあります。
これら未病指標は、印刷媒体のほかにスマホアプリでの測定も可能となっています。未病指標を使うことで、未病状態の人を抽出することができます。
では、このような評価方法で発見された未病の人が病気へ移行するのを防ぐには、どうすれば良いのでしょうか。
未病指標について―その必要性と活用に向けた考え方―|厚生労働省 第8回一般介護予防事業等の推進方策に関する検討会(令和元年11月)
Mini-Cog© 検査および採点方法|Mini-Cog©
ロコモパンフレット2020年度版|日本整形外科学会 ロコモティブシンドローム予防啓発公式サイト
ロコモ25|日本整形外科学会
病気への移行を防ぐための対策
未病から病気への移行を防ぐと言っても、未病の段階では病気には至っていないため、内服薬や注射薬といった医薬品ではなく生活習慣の改善が対策の基本となります。
具体的な対策の例として、未病をめぐる対策を推進している自治体の取り組みが参考になります。未病対策に積極的に取り組んでいる神奈川県では、働く世代を対象に生活習慣病対策の啓発活動などが行われています。日々の生活習慣の中で、過剰な飲酒、喫煙、過剰な塩分摂取、睡眠不足などが未病の悪化を引き起こすことや、こうした生活習慣をどのように改善するかのヒントが記載されています。
- 週に2日はお酒を飲まない「休肝日」を
- しょうゆやソースは、上からかけない。小皿に入れて、つけて食べてみる
- (就寝の2~3時間前に)お風呂に入る
出典:神奈川県webサイト「毎日の生活に潜む未病の悪化」(ライフスタイルパンデミックの冒頭シーン解説)
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/cz6/lifestylepandemic/story-commentarytop.html
一つ一つは小さなことですが、こうした対策を意識することで、何もしない場合と比べて健康的な生活を実現することができます。
まとめ
今回は、聞き慣れない方も多いであろう「未病」について、その概念や評価方法、対策などについて解説しました。従来の「健康」「病気」という二元論では、将来的に病気になるリスクが高くても治療対象とはなりませんでした。しかし「未病」という概念を加えることで、「病気」に至る前段階で医学的な治療・介入ができる可能性があります。
未病医学認定医という資格もあるので、未病に関心のある医師の方は取得を検討してみても良いかもしれません。この記事が未病を理解する上で少しでもお役に立てば幸いです。
認定制度|日本未病学会
執筆者:竹内 想
大学卒業後、市中病院での初期研修や大学院を経て現在は主に皮膚科医として勤務中。
自身の経験を活かして医学生〜初期研修医に向けての記事作成や、皮膚科関連のWEB記事監修/執筆を行っている。
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