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社会人に欠かせないスキルの一つに、コミュニケーション能力があります。とくに医師は、患者さんとご家族、同じ診療科で働く先輩や後輩、他診療科の医師、看護師などほかのメディカルスタッフと接する機会が多い職業。そのため、周囲とのコミュニケーションがうまくいかずに悩んでいる先生もいらっしゃるのではないでしょうか。
本記事では、大学病院でキャリアを積まれ、日本耳鼻咽喉科学会認定専門医・指導医として研修医の教育やさまざまな診療・手術に携わってきた前田先生に、自身の考える医師のコミュニケーションのあり方、これまでの経験から意識しているコミュニケーションのポイントなどについて伺いました。
医師のコミュニケーションの重要性
前田先生がSNSで医師のコミュニケーションについて発信されているのを拝見しました。医師のコミュニケーションについて、前田先生のお考えをお聞かせください。
医師は、患者さんやご家族、同じ診療科で働く先輩や後輩、他診療科の医師、看護師といったほかのメディカルスタッフなど、人と関わる機会が非常に多い職種です。それにもかかわらず、医師はコミュニケーションについて学ぶ機会があまりありません。しかし、医師として働いていると、コミュニケーションの得手不得手は患者さんやほかのメディカルスタッフ、そして上司からの評価軸として、大きく影響することもあります。
もちろん、もともとコミュニケーションが得意な医師もいますが、苦手な医師もいます。しかし、コミュニケーションの大半は相手の心を読むというような特殊な技能を必要とするものではなく、最低限の約束事を守るだけでスムーズになるものだと考えています。ですから、「苦手だから仕方ない」と考えるのではなく、苦手な医師でもコミュニケーションの方法を学ぶことでスムーズに働けるのではないでしょうか。その意味で、コミュニケーションが苦手な医師も問題なく働けるように、学ぶ機会を持つことの重要性を日頃から感じています。
患者さんは協力して病気に立ち向かう「チームメイト」
前田先生は患者さんとのコミュニケーションでは、どのような点に気をつけていますか?
まず、患者さんは医療面で何かしらの問題を抱えて困っているという大前提がありますので、寄り添う気持ちを持つことは基本だと考えています。ところが難しいのは、寄り添う気持ちと医療のプロフェッショナルとしての姿勢とのバランスを取ることです。
例えば、高齢の患者さんからは、寄り添う姿勢を期待されることがあります。しかし、医学的な正しさを担保するためには、患者さんが言ってほしい言葉(たとえば「必ず治りますよ」など)をかけるのが難しい場合もあります。寄り添いたい気持ちがあっても、職分は越えないよう線引きを忘れてはいけません。同時に、そうした対応を患者さんに感じさせないスキルも持ち合わせておく必要があるでしょう。
とくに医師としての経験が少ないうちは、自分自身ができる一番のことが「患者さんに寄り添うこと」になってしまいます。そのため、寄り添うことに比重が大きくなりすぎないようにうまくバランスを保つ必要があります。
「ちょうどいいバランス」というのがとても難しそうですね...。
大切なのは、治療を一緒に行うほかの医療従事者と同様、患者さんは病気に立ち向かうチームのチームメイトだということです。医師が治療法を提案し、患者さんや必要に応じてほかの医師やメディカルスタッフと相談しながら一番いい方法を実践していく。どちらが上だとか下だとかではなく、横にいるような気持ちで接しています。だからこそ患者さんと接するときには丁寧語で話すのが私のこだわりです。そうすることで言葉通りに丁寧な対応ができるし、患者さんとも適切な距離感を持てるようになります。普通のサービス業の方はお客さんに対して尊敬語や謙譲語を用いることも多いと思いますが、僕自身は診察時、患者さんに対しては基本的に丁寧語で話しますね。
なるほど。「チームメイト」「横並び」というのは、患者さんとコミュニケーションをとるうえでひとつのキーポイントになりそうですね。
そうですね。それから「チーム」というなら、患者さんのご家族も非常に重要なチームの一員です。初めて付き添いにこられたご家族なら、「ご本人から聞かれていますよね」で済ますのではなく、できるだけ今までの経緯も含めて説明します。
そうすることで、患者さんが十分に理解できなかった場合にもサポートしてもらえたり、「先生がこう言ってたでしょ」と一緒に患者さんに説明していただけたりします。また、患者さんとのトラブルを防ぐという意味でもご家族の存在は重要ですから、手術の前などにはできるだけご家族と来ていただくことも大切です。
患者さんへの手術・治療方針の伝え方
患者さんとのコミュニケーションのなかで、手術や治療について伝えるシーンがあると思います。不安を抱えている患者さんに対して、どのような伝え方をするべきでしょうか?
手術や専門的な治療に関する内容を話す場合、当然ながら、患者さんとは医学的な知識が違います。誰でもやっていることだと思いますが、まず第一にわかりやすく丁寧に説明することを心掛けています。また、患者さんの不安を和らげるテクニックとして、患者さんの疑問や不安を先回りして答えるというものがあります。
例えば、「こんなこと言われたら不安に思ってしまいますよね」「もう1ヶ月くらい動けないんじゃないかと思っちゃいますよね」と患者さんの気持ちを汲んだうえで、「でも実際にはそんなことないんですよ」「退院したら通常通り仕事復帰もできますよ」と患者さんにとって安心材料となる情報を伝える方法です。
それから手術や処置の合併症のリスクなどを説明するときは、一般的なデータと自分の経験の両方で話すのがベストだと考えています。例えば、「手術で合併症を引き起こすリスクは論文によると◯%です。1年前にデータ集計したときは、自分の場合では◯%程度でした」というかたちで説明できると、患者さんにとって安心感があるのではないでしょうか。
最近ではネットの情報を見て不安に駆られている患者さんも多いと思うので、信頼できる医師に正しい情報をわかりやすく提示してもらえると安心できそうです。
そうですね。ネットにはさまざまな情報が溢れているので、医療知識のない方が正しい情報を見分けるのは非常に難しい部分があります。ネットの情報を見て不安に感じていらっしゃる方には、「何か気になることはありますか?」という質問で引き出せることも多いです。さらに、患者さんは医師には不安を言いにくくても看護師には言える、ということもありますので、患者さんが話したことが看護師さんから医師にスムーズに伝わるような環境を作っておくことも重要ですね。
診療科内で相談しやすい環境作り
次に、同じ医療従事者同士のコミュニケーションについてお聞きできればと思います。同じ診療科で働く先生とのコミュニケーションで意識されていることはありますか?
当たり前のことではありますが、まずどのような場合でも「感じの悪い態度を取らない」のはすごく大事だと思っています。同じ診療科でも異なる診療科でも、医師同士の場合は、多かれ少なかれ持ちつ持たれつで仕事をすることになりますので、最低限守るべき部分です。
あとは先輩・後輩の間柄で考えるなら、先輩医師には、後輩医師が何かあったときに周りに相談しやすい状態を作っておいてほしいということです。後輩医師はもし近くに相談しやすい先輩がいれば、その先輩と普段からよくコミュニケーションを取っておいて、気軽に相談できる雰囲気や環境を整えておくのは必須だと考えています。
普段からコミュニケーションを取っておくことで、相談のしやすさは変わりますよね。
そうですね。医師の場合、社会人なら誰でも知っているような「報(報告)連(連絡)相(相談)」という言葉も教わる機会がなかなかありません。しかし、「報連相」は医師にとってもすごく大事なんです。
医療の世界では、本来なら先輩医師に確認すべきことを、「よくわからないけれど、多分こうすれば問題ないだろう」と自己判断して問題が大きくなってしまったケースも、残念ながら見られることがあります。
そういう意味で、医療現場でコミュニケーションがうまくいっていないというのは、とても怖いことです。加えてこうした先輩医師・後輩医師のコミュニケーションの齟齬は、先輩医師からは気づきにくい側面もあります。ですから、上級医はそういう齟齬が生じていないか注意する必要があるし、後輩医師は先輩医師とのコミュニケーションで困っている場合にほかの医師に相談することも大切ですね。
他診療科・メディカルスタッフへは「リスペクト」と「挨拶」
他診療科の医師やメディカルスタッフとのコミュニケーションで重要なことはありますか?
相手のプロフェッショナリズムに対して、リスペクトを持って接することは何より大事なことだと考えています。例えば患者さんの治療内容等で提案を受けた際は、判断理由も含めて聞き、一旦受け入れる姿勢を大切にしています。自分と異なる意見であった場合も、相手が納得できる理由を添えて丁寧に対応するというのは意識しているところです。
それから心がけているのは、普段からきちんと挨拶をすることです。最近は新型コロナウイルスの影響もあり、病院外でのコミュニケーションが本当にないので、「挨拶」はとても大切だと感じています。なかには挨拶が苦手な方もいますが、そうした方にも自分からしっかりと挨拶することを心がけています。
今、仕事外でのコミュニケーションが減っているからこそ、挨拶が大切なのですね。挨拶をすることで顔や名前を覚えてもらえることもありますね。
そうですね。ちょっとしたことでも直接話す機会を作ることがとても大事だなと感じているので、例えばコンサルテーションを電話で依頼した場合なども、後日お会いした際は「先生、あのときはありがとうございました」と直接伝えるようにしています。やはり直接言葉を交わすと相手も自分を認識してくれますし、次に電話をするときも顔が分かる人とそうでない人との電話では、お互い話しやすさも違うように感じます。何か相談をするときにも「顔を知っている」だけで有利に働くことがあるので、日頃のちょっとしたコミュニケーションから知り合いを増やしていくのはとても大事ですよね。
大切なのは積極的にコミュニケーションを取る姿勢
コミュニケーションに苦手意識のある若手医師は、どのようにコミュニケーションを取り、患者さんやほかのメディカルスタッフと信頼関係を構築していけばよいのでしょうか?
苦手に感じる人であっても、積極的にコミュニケーションを取る意識を持つことが重要だと感じます。ただし、患者さんとのコミュニケーションにしろ、医師同士のコミュニケーションにしろ、医学的な知識を持っていることが大前提なので、コミュニケーションを取るためにまずは自分の医学的な知識を充実させる必要があります。
コミュニケーションが苦手な医師が患者さんとの間で起こしがちなトラブルのひとつに、患者さんへ治療方針の判断を丸投げすることがあります。いくつか選択肢を提示するときには、それぞれのメリットとデメリットを説明し、できるだけ「私個人としては〜」と自分なりの意見もしっかり伝えるようにしています。もちろん最終的に選ぶのは患者さん本人ですが、情報を与えて突き放す対応はNGだと考えています。
そして医療従事者同士とのコミュニケーションでは、自分の相談のために多忙ななかで相手の時間をもらっていることを意識しないといけません。例えばいきなり相談内容を伝えるのではなく、緊急度合いにあわせて「急ぎではないのですが」など枕詞を一言添えるなどしてみてください。お互いに気持ちの良いコミュニケーションが取れるはずです。
また、長いイントロで話すのではなく、最初からポイントを話すのも大事ですね。例えば、「〇〇を疑うので今から診察していただきたいのですが」という話し方です。逆に良くないのは、「研修医の〇〇です。●歳女性、主訴は腹痛で、身体所見はこうで、画像撮影したところ...」というようなコンサルトです。こうなると相手は話がだいぶ進むまでどのような用事なのかが全然わからないので、医療現場のコミュニケーションとしてはあまりよくありません。
相手のことを思いやる気持ちと対応は、どの場面でも大切ですね。コミュニケーションで悩んでいる医師に向けてメッセージをお願いします。
医療は、医師ひとりで行うものではありません。自分以外の医師や患者さん、ほかのメディカルスタッフなどさまざまな立場の方と普段からコミュニケーションを取り、信頼関係を構築しておくことは、質の良い医療の提供にもつながります。コミュニケーションの得意不得意はありますが、土台となる医療知識・技術の研鑽はもちろん続けながら、自ら積極的にコミュニケーションをとっていくことでスキルは養われていくものだと考えています。
私自身は先ほども言ったように、患者さんや医師、メディカルスタッフは、共通の目的を持つ「チーム」だと考えています。そう理解していれば、リスペクトや相手のことを思う気持ちは自ずと生まれるでしょう。コミュニケーションは日々の積み重ねです。その積み重ねのなかで、今後何か困ったことに直面したときに、相談できる人を少しずつでも増やしていけると良いんじゃないかなと思っています。
毎日のコミュニケーションの積み重ねが、周りの方との関係構築に繋がりますね。貴重なお話しありがとうございました。
最後に一言いいでしょうか。いろいろと偉そうなことを言いましたが、私自身完璧なコミュニケーションができているわけではありません。コミュニケーションで失敗した、と思うこともあります。でも、少しでも良いコミュニケーションを取るように心がけることが、結果的に自分自身も快適にするし、場合によっては患者さんの健康にも結びつきます。もともとの得意不得意はもちろんありますが、それよりも自分のなかで「少しでも良いコミュニケーションを取れるように常に心がける」ことが大事なのだと思います。
前田陽平(まえだ・ようへい)先生
日本耳鼻咽喉科学会認定専門医・指導医。日本アレルギー学会認定専門医・指導医。医学博士。大阪大学医学部卒業後、市中病院で研鑽を積み専門医を取得。大学院を経て、大阪大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科で助教として勤務、2022年4月からJCHO大阪病院耳鼻咽喉科部長に就任。専門は副鼻腔炎、アレルギー性鼻炎、鼻腔腫瘍、鼻副鼻腔・眼窩・頭蓋底疾患に対する経鼻内視鏡手術など。X(旧Twitter)では耳鼻咽喉科領域の医療情報などを発信し、Yahoo!オーサーとして記事を記載するなど、メディアや雑誌などでも多数活躍している。
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