「医療機関の枠を超えて、患者・地域を支えたい」在宅医療の可能性と展望<さんりつ皮膚科・在宅クリニック理事長/院長・矢野祖先生>

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インタビュー 医療機関

公開日:2022.12.27

「医療機関の枠を超えて、患者・地域を支えたい」在宅医療の可能性と展望<さんりつ皮膚科・在宅クリニック理事長/院長・矢野祖先生>

「医療機関の枠を超えて、患者・地域を支えたい」在宅医療の可能性と展望<さんりつ皮膚科・在宅クリニック理事長/院長・矢野祖先生>

東京都町田市にあるさんりつ皮膚科・在宅クリニックの理事長・院長を務める矢野祖先生は、神経内科医としてキャリアをスタートし研鑽を積んだのちに留学。帰国後は異業種となるコンサルタントへの転職を経験されました。キャリアを築くなかで自らのミッションを見つけた矢野先生は、再び医療の世界に身を投じ、現在は在宅医療の現場で活躍されています。

今回は、神経内科医としてのバックグラウンドを持ちながら在宅医療に関わるようになった経緯、在宅医療に興味を持つ若手医師に伝えたいこと、矢野先生の見据えるクリニックの将来像などについて伺いました。

矢野医師(プロフィール画像)

さんりつ皮膚科・在宅クリニック理事長/院長・矢野祖氏

神経内科専門医、米国医師免許(ECFMG certificate)、公衆衛生修士(米国ハーバード大学)。徳島大学医学部医学科を卒業後、神経内科専門医を取得し、米国ハーバード大学公衆衛生修士課程に進学。帰国後はマッキンゼーアンドカンパニー東京オフィスコンサルタントとして勤務。2021年に医療法人社団さんりつ会そうわクリニックの医師として参画し、同年医療法人社団東京さんりつ会理事長・さんりつ皮膚科在宅クリニック院長に就任。

在宅医療を通して「日本の社会課題を解く」

矢野先生はかなりユニークなキャリアをお持ちだと伺いました。現在までのご経歴をお聞かせください。

大学卒業後は、「神経内科医として世界で活躍できるスキルを身に付けたい」と思い、後期研修終了後在沖縄米国海軍病院を経て、ハーバード大学公衆衛生学修士課程に進学しました。臨床以外からの医療への視点を学び、研究の経験を積むなかで、自身が臨床医以外にも社会に貢献できる方法があることを知り、帰国と同時にコンサルタントへのチャレンジを決心しました。

その後、さまざまなご縁に恵まれて2021年4月から現在のクリニックで在宅診療部を立ち上げました。

さまざまなご経験を経て、一度医師という仕事を離れられたのですね。なぜそこから在宅医療へ進まれたのでしょうか。

コンサルタントとして未経験の領域に飛び込み、優秀な同僚・上司や各領域のトップランナーである素晴らしいクライアントの皆さんから多くを学ばせていただきました。クライアントの課題解決や、産業の未来を創造する過程に伴走していくなかで、「自分が培ってきたもの全てを生かし、当事者として患者さんや医療従事者、地域が本当に困っていることを理解しそれに立ち向かっていきたい」と感じたのが、医師へと戻った大きな理由です。

日本は世界に先駆けて高齢化、多死社会を迎え、医療のニーズが高まるだけでなく、社会的孤立や認知症への地域サポート、介護負担問題など多くの社会課題が待ち受けています。どれも医療だけで解決できる問題でありませんが、在宅医療はそれら社会課題の交差点であり、医療機関という切り口ならではの貢献ができると信じています。「日本の抱えている社会課題に私が最も貢献できるのは在宅医療だ」と考え、在宅医としてのキャリアを選択しました。

矢野先生が町田・相模原エリアを選んだ理由をお聞かせください。

当院が在宅医療を展開する町田・相模原市の人口はあわせると110万人近い規模です。東京都と隣接する自治体の境界であり都市化されたエリアもある一方、高齢化率が50%近い地域や医療過疎地を多く抱えています。この地域には、日本屈指の団地群があり、高齢化、社会孤立、医療アクセス格差など、社会課題が凝縮されている地域だと感じています。だからこそ地域に根差した医療機関としてこの地域に貢献し、この場所から社会課題への解決案を全国に示していきたいと考えています。

医療は主役ではなく"チームの一員"

医療は主役ではなくチームの一員

実際に在宅医として働くなかで、病院勤務時とギャップを感じた点を教えてください。

患者さんの在宅生活の満足度を形成する要素として、医療の出番は全体の2割程度しかないのではないかと考えています。そしてそのなかでも、医学的な知識や技術は一部であり、多くは患者さんの価値観を理解したり、なかなか心を開いてくれない患者さんの想いを引き出したりと、コミュニケーション面でのケアが占めています。

同時に、医師として働きながらもケアマネージャーさんや訪問看護師さん、ヘルパーさんなどの居宅サービスの関連職種、行政の方との連携を求められています。これは、病院勤務医とのギャップの一つだと感じています。医療を提供するだけでなく、制度や医療以外の関連職種の皆さんの専門性を理解したうえで力をお借りし、チームの一員としてその患者さん・地域でのベストな居宅サービスを形作ることが在宅医としての醍醐味ではないでしょうか。

一方、医師のスキルとしては、医療資源の制約された在宅場面で医師としての役割を全うするために、引き出しを増やし続けていく重要性も感じています。先ほど医療の出番は2割程度と言いましたが、そのなかでも必要とされる医学知識は幅広く、在宅医へのキャリアチェンジをされる先生にとっては専門外の領域への対応が必要となる場面も多いでしょう。

私自身、同僚の先生や紹介元の先生を含めた地域の先生方、訪問看護師さんから教わりながら一つずつ在宅医としての引き出しを増やしています。医師XX年目という肩書は一旦横に置いておいて、在宅医として新しい気持ちで専門外のことも貧欲に学んでいく姿勢は重要だと痛感しています。

在宅医療を志している先生のなかには、そうした専門外の知識が求められる場面を不安に思う方もいると思います。矢野先生が大切にされている点をお聞かせください。

まずクリニックとして、個々の医師の限界が患者さんとご家族に提供する医療の限界にならないようにしたいと常に考えています。足りない部分があればチームで補い合って、全員で最高点を出せることが重要なのではないでしょうか。

例えば神経内科領域の知識に不安を抱えている先生が入職された場合、朝のミーティング後に一緒にカルテを確認して治療方針や診察時のチェック事項を確認しています。診察もすべて任せるのではなく、場合によって私が一緒に診察させていただいています。

患者さんも、"いろんな先生が自分のことを診てくれている"と、好意的にとらえてくださる方が多いです。私も専門性の高い判断が必要だと感じたときは躊躇なく周りの先生に相談していますし、それが私たち組織の目指している姿です。病院内の"他科コンサルト"を極限まで敷居を低くしたイメージで、そのためにコミュニケーションを取りやすい環境づくりを常に意識しています。

また、当院でも在宅専門医研修プログラムの立ち上げ準備を進めています。キャリアのどのタイミングから在宅の世界に飛び込んでいただいても、在宅医として自信をもって診療にあたっていただける教育プログラムを構築することは医療の質を向上させる要諦です。グループ法人間での合同勉強会やグループ内の療養病院での手技研修など、当院の強みを生かした教育環境を整えていきたいと思います。

人として寄り添うことで患者さんを支える

人として寄り添うことで患者さんを支える

在宅医療を選択される患者さんやご家族への対応で、矢野先生が心がけていることを教えてください。

病歴だけでなくこれまでの生活、もっと言えば人生観にしっかりと寄り添う姿勢を示すことを意識しています。これまでの通院や入院では病気に関することが話題の中心だったけれども、今はご自宅にいて「あなたの生活や人生が中心ですよ」と伝えるために、病気のことを一番話すと思われている医師からあえて病気以外の話を広げてみることにしています。初対面でなかなか話のきっかけを作るのが難しいときもあるので、初回訪問時にはその方やご家族の"歴史のかけら"がないか、お家の中に置いてあるものにも常に目を光らせています(笑)。

もう一つは、患者さんは「自分がこれからどのような経過をたどるのか」、ご家族は「いつご本人の体調変化が起こり、どのような対応が必要になるのか、だれに頼ればいいのか」、それぞれ不安を抱えています。病状が変化していくなかで、その時々でこれから起こりうることと、ご家族にできることを具体的にお伝えし、"一緒に"決断できるよう心掛けています

最初は肩に力が入った患者さんやご家族も、そうしたお話をしているなかで、少しずつ柔らかい表情になってくださいます。不安が晴れると、「自宅で暮らして(介護して)いけそう」「一緒に家で頑張ろう」と言ってくださる方もいて、在宅医冥利に尽きる瞬間です。

在宅医療のやりがいや面白さを教えてください。

繰り返しになりますが、病院と在宅医療の大きな違いは、患者さんやご家族の生活が中心であり、在宅医療を含む居宅サービスはあくまで伴走者であるという点です。ご家族もしっかりと療養生活に携わっていただくので、お看取りの際にはご家族も含めて一体感のようなものを感じることもあります。

みんなで「こんなこともあったね」と笑顔で思い出話をして、ご家族も涙ではなく「十分やりきりました」「ありがとうございました」と晴れ晴れとしたお顔をされていることもあります。一つとして同じストーリーはありませんが、患者さんやご家族からいただく一言一言で、最後まで患者さんに寄り添えたと思えますし、とてもやりがいを感じます。病院勤務とはまた違った医療と人との関りの場を、ぜひ多くの医師に経験していただきたいです。

在宅医療はまだまだ新しい領域です。未経験で在宅医への転身を悩んでいる方へ、是非アドバイスをいただきたいです。

医師に限らずですが、"キャリア"というものはもっと自由に考えて良いと思っています。私も自身が興味を持ったものにいろいろと首を突っ込んでみて、見えたものや出会えた方々から思いもよらない気付きをいただいてきました。

自らしっかりと考えて選んだ選択肢なら、いずれ到達したゴールから振り返ったときに、どんな一歩でも必ず意味のあるものになっているはずです。この記事を読まれている方はすでに在宅医療に興味をお持ちのはずですから、あとは飛び込んでいただくだけです。

さんりつ皮膚科・在宅クリニックが掲げるミッション

さんりつ皮膚科・在宅クリニックが掲げるミッション

さんりつ皮膚科・在宅クリニックをどのような組織にしていきたいと考えていますか?今後の展望を教えてください。

私たちのミッションは、日本全体が抱える社会課題に対し、医療を通して立ち向かっていくことです。医療機関として医療の質を向上させていくことはその土台であり責務だと考えています。それだけでなく常に現場の目線で課題を捉え、社会をよくするために他にない面白い取り組みをしていける組織にしたいと思っています。"変わったことをしているね"と言われることは最大限の誉め言葉としてチャレンジしていきたいです。

その取り組みの一つとして、現在はグループ全体で在宅サービスに関連する職種間で患者さんの医療・生活状況を一括で管理、共有できるアプリケーションの開発をしています。アプリを使った情報共有が定着すれば、今まで見えてこなかった健康や生活に関する情報が明らかになるはずです。

在宅医療では、医療データベースでは見えてこなかった患者さんの生活データを集められる面白さがあります。まだまだ発展途上ですが、取得したデータを活用してエビデンスの構築ができるグループにしていきたいと思っています。当法人含めたグループ法人の院長は全員MPH(公衆衛生学修士)を保持していますし、アカデミックな活動に対しての熱量は非常に大きいです。この領域での臨床研究に興味のある方にも是非ジョインしていただきたいと思っています。

貴重なお話をありがとうございました。最後に、在宅医を志す方へメッセージをお願いします。

私たちが今取り組んでいる在宅医療は、生活と医療の接点であり、急性期医療を中心に大きく変化していく日本の医療構造のなかで大きな役割を持ちつつあります。

まだまだ"在宅医"というキャリアは確立されたものはありません。それを不安に思うのではなく、自身のキャリアや現場でのパフォーマンスが今後の医療を形作るのだという気概で飛び込んできていただきたいですね。我々東京さんりつ会、グループ法人でもそうした熱い想いを持った方に応えられる"面白い"環境を整えていきたいと思います。いつでも見学に来てください。お待ちしています。

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