在宅医療では、さまざまな背景や病気を抱えた患者さんの対応にあたることから、多様性に対応するために、医師として学び続けることができ、そのために働きやすい環境の充実がキーポイントとなります。
医療法人社団ゆみのは、「医を通して、その人らしい人生をサポートする」という理念に基づき、2012年9月に東京都・高田馬場、2018年5月に大阪府・新大阪、そして2022年6月には福岡県・福岡市にクリニックを開業。外来診療と在宅医療を日本の都心部で提供しています。同法人では、持続可能な医療を提供し続けるために、人材教育と医療DX化の推進にも力を入れています。
今回は、医療法人社団ゆみのを率いる理事長の弓野大先生に、在宅医療を志したきっかけと同法人の特徴、法人の運営をするうえで大切にしていることについて伺いました。
患者さんが漏らした本音で気づいた在宅医療の重要性
本日は宜しくお願いいたします。まず、弓野理事長が在宅医療を志した経緯についてお聞かせください。
医学部を卒業してから大学病院の循環器内科に入局し、研修医として勤務していくなかで重症心不全患者さんの病棟を担当しました。とくに私が在籍していた当時の病棟には、強心薬が離脱困難な症例や大きな体外式人工心臓をつないで生活している患者さんが全国から集まっていました。夜になると患者さんたちが集まって和気あいあいと話していて、ときにはその輪に混ぜてもらうこともあり、普段は聞けない本音を聞かせてもらう機会があったのです。
「この治療につながっている間は症状が安定しているけれど、病院から離れることができない」「頑張って退院しても病状が悪化して、病院に戻ってきてしまう」。そのことを一番分かっているのは患者さんですが、たとえ点滴や医療機器がつながったままでも「自宅に帰りたい」という思いがありました。切実な思いを聞くにつれて、どうにかして、これらの重度の心不全患者の願いを叶えたいと考えるようになりました。
患者さんの思いに共感し、在宅医療への関心が生まれたのですね。
そうですね。それで医師4年目のときに、重症心不全で入院中の患者さんたちを家に戻すため「在宅医療部門を大学病院につくるのはどうか」と、当時の主任教授に相談したりもしましたが、すぐに却下されました(笑)。それはそうですよね、大学病院の機能を考えると、そういったことが難しいのは仕方がないです。
その後は、教授の勧めもあり、臨床に通じた医学研究を行うためにカナダに留学し、重症心不全患者がどのように生活の場で過ごしつづけることができるのか、その研究に邁進しました。もちろん、「重症心不全を有する患者さんに住み慣れたところで過ごしてほしい」という思いは変わらず持ち続けていました。
今後は、医療の発展に伴い、日本に限らず世界中で医療依存度の高い病気を有する患者さんが増えます。とくに慢性疾患では、一時的な治療方法はあっても根本的治療とはならず、継続したサポートが必要です。病状を悪化させないのはもちろんですが、悪化した場合でも住み慣れた環境で安心して生活ができるよう医療を展開したいと考えて、帰国後にクリニックを開設しました。
実はこの春、先ほどお話した大学病院時代にお世話になった教授が当法人に入職くださって、一緒に働けることになりました。慢性疾患治療に対する考え方とここに至るまでのストーリーをよく知っている私の恩師とも言える先生と、この地域医療を一緒にできることは感無量な気持ちでいます。
医療依存度の高い患者さんを徹底的にサポートする医師を組織力とDX化で支える
改めて、「医療法人社団ゆみの」の特徴を教えていただけますか?
特徴は、大きく3つあります。1つ目は、都心部の先進的な医療機関から、慢性疾患への高いレベルでの医療継続を望まれていることにあります。法人の拠点クリニックは、東京、大阪、福岡の中心部にあり、先進医療を行っている大病院とつながりをもち、常に最新の医療に触れながら、共通言語を学んでいける環境にあるということです。もちろん、学ぶだけではなく、それを実践していかなくてはなりません。大学病院に限らず、どの医療機関と組んでも同じ目線で考えられる医療の質を維持していくことは、全スタッフが考えています。
2つ目は、全身を診ていくなかで、医療依存度の高い慢性疾患、心臓だけではなく、呼吸、神経疾患の内科疾患全般の診療に強いことです。開院当初は患者さんのほとんどが心不全患者でしたが、今は40%程度となり、そのほかは心不全以外の慢性疾患となります。地域に心臓以外でも医療の質を維持しながら、慢性疾患を診られることを少しずつ認知いただいた結果とも考えています。このため、今では循環器医以外にも、総合内科医の入職が増えています。
3つ目は、外来診療にも注力していることです。地域での診療には、外来診療、在宅診療にかかわらず、患者さんの病期に合わせたシームレスな医療提供が必要と考えています。そのため、在宅診療だけではなく、外来診療にも力をいれています。
当法人は戦略的に全国展開をしている医療機関と思われがちですが、実は能動的に広く展開しようと考えている訳ではありません。医療は、あくまでも必要とされるところに適切な医療を提供したいと考えています。今私たちの医療を少しずつ広げられているのは、それぞれの地域で私たちの理念とそれを全うする医療スタッフがいることを知った医療機関に声をかけていただけたからになります。
現在では66名の医師(2022年7月時点)が活躍しているそうですが、体制づくりなどはどのような工夫をされていらっしゃるのでしょうか?
無理のない働き方ができる体制づくりは、法人を立ち上げた当初からとくに意識していた部分です。私たち独自の取り組みとしては、「常勤」と「非常勤」という呼び方はあまりしないこと、その医師の「このくらい働きたい」という意志を極力尊重していることがあげられます。たとえば同じ週5日勤務でも4日間在宅医療で外来診療は1日という医師もいれば、割合が逆の医師もいます。また、医師が多数在籍していることを活用して業務内容を振り分けることもしています。
また、医療のDX化と効率化の点では、医師同士の情報共有と助け合いをより円滑に行うために『teams』などの情報共有ツールを活用しています。現場で判断に迷ったことを投稿すると、内容を見たほかの医師がタイムリーに書き込み、やりとりをするのです。
たとえば「心電図」というスレッドがあり、非循環器専門医の先生方が心電図で迷ったときは、そのスレッドに心電図を投稿する。そうすると多くの医師がすぐさまその解読を行ってくれるなどがあります。また「臨床倫理コンサルテーション」というスレッドがあり、在宅現場で倫理的な問題に直面したときに、オンラインで倫理コンサルテーションができるものがあります。
地域医療で医師には総合診療医としての実力が求められます。こうした相談体制が整っていることも、結果として業務効率化に貢献していると言えるでしょう。
そのほかにもテレナーシングを有する管制塔センターを設置し、患者・家族からの電話を看護師が伺い、相談内容に応じて遠隔で手を当てていきます。モバイルの電子カルテなどから状況を把握し、必要に応じて関連部門へエスカレーションが可能です。これは医療の質を向上させる目的で始めた取り組みでしたが、結果として業務効率化にもつながっています。
医師個々人に全てを委ねるのでなく、組織力を生かした有機的な活動がなされているのですね。
在宅医療は医師が1人で訪問してすべて対応するものというイメージがありますが、実はその裏ではほかの医師、看護師、訪問診療をサポートする異業種のスタッフがつながっていて、お互いに助け合いながら目の前のひとりの患者さんに医療を提供しているのです。
在宅医療に必要なのは学び続ける姿勢とコミュニケーション能力
医師によっては、専門性を維持しながら在宅医療の現場で活躍できるか不安に感じる声を聞くこともあります。在宅医療の現場にいながら専門性を維持すること、むしろアップデートしていくことは可能なのでしょうか。
先に述べたように、日本でも先進的な医療機関との連携を行っているため、併存疾患の多い高齢者の診療においては、全身のさまざまな疾患の最新の医療に常に触れることができます。
また、法人内ではいくつかの勉強の場があります。たとえば、毎朝オンラインを用いての症例カンファレンスが開催されています。毎週金曜の朝は、診療時に悩んだことや対応した症例について持ち回りで「Clinical Question」と題してTOPICを学びます。そのほかにも、よく遭遇する前立腺肥大や骨粗鬆症、胃ろうに関連した勉強会を毎週開催しています。
また、臨床上大切なことは、共同意思決定支援(SDM:Shared Decision Making)になりますが、そこではアップデートされた医療知識が必要です。そのために開院以来、私がその週に世界中で発表されたインパクトファクターが高い医学雑誌からの研究論文、約50報を日本語に翻訳して共有しています。これらにより、当法人で働く医師には、ある意味刺激を得ながら常に学び続けられる環境を提供しています。
専門性を身につけることと学び続けることのほか、在宅医に求められるスキルはありますか?
コミュニケーション能力は大切です。「自分がやりたい医療」ではなく「ひとりの患者のLIFEを通して必要とする医療」を提供するには、最新の研究動向やエビデンスを把握しつつ、SDMの能力が求められるためです。
在宅医療に向いている医師の傾向として、"職種を問わずお互いをリスペクトできること"と"相手をうまく頼れること"があると思います。「ここまでは医師として責任を持って対応できる。でもここから先は専門職である皆さんにお願いしたい。」と自分のなかで線引きをしながらチームメンバーにお願いするイメージです。
時代が変わっても、患者さんへ "手を当てる医療"を提供していく
それでは最後に、医療法人社団ゆみの の将来の展望と在宅医療への思いについてお聞かせください。
「病床はもたないのですか?」「法人として病院は作らないのですか?」とよく聞かれることがあります。私たちが病床を持たなかったのには、2つ理由があります。まずは、できる限りご自宅で過ごせるようにとことん在宅での医療を考えるということです。2つ目は、もし入院が必要になったらその患者さんの状態を把握し、すでに都心部には多くある地域の病院と機能分化を意識しながら連携して、入院できる体制を整えられることにあります。
「病を得た患者さんが住み慣れた地域でより長期間安心して生活できるようにする」
「入院しなくても自宅などで療養が完結する」
当法人では、そうした世界観をスタッフと共有し、実現に向けて日々業務にいそしんでいます。時代が変わっても、医療依存度が高い方たちに対してしっかり手を当てていく医療を引き続き行っていきたいと考えています。皆さまご存知の通り、医療分野ではDX化が著しく進みました。そうした時代だからこそ、アナログな対応はますます必要とされ、いかに手を当てることができるのか、そこが強みになっていくはずです。
医学生・医師の方向け 在宅医療の今、未来