医師が応召義務を負わない『正当な理由』とは【現役医師解説】

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働き方

公開日:2023.12.12

医師が応召義務を負わない『正当な理由』とは【現役医師解説】

医師が応召義務を負わない『正当な理由』とは【現役医師解説】

医師には、患者さんが希望する場合は診療を行わなければならない「応召義務」があり、医師法で定められています。嫌いな人だから診療しない、やる気が出ないから診療しない...というわけにはいきません。

しかし、患者さんの希望に沿って24時間365日診療していては、医師の体も、医療提供体制も維持できません。そこで応召義務には「『正当な理由(事由)』があれば義務を負わない」とする但し書きがあります。

この『正当な理由』は時代背景や地域事情が影響するため解釈に幅があり、時に混乱や衝突のもとになります。この記事では、「医療を取り巻く状況の変化等を踏まえた医師法の応召義務の解釈についての研究」(2018(平成30)年、厚生労働省)の報告内容に基づき、応召義務を負わない『正当な理由』の最新の解釈を整理します。

応召義務とは

応召義務は、医師法第十九条1項に定められている、医師に課された義務の一つです。

診療に従事する医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」という内容で、「医療の公共性、医師による医業の業務独占、生命・身体の救護という医師の職業倫理などを背景に、訓示的規定として置かれたもの*とされています。

応召義務に違反した際の罰則

医師法は昭和23年に公布された法律ですが、応召義務については医師法制定以前の明治時代から、同じ趣旨の規定が存在しました。当時は罰則付きだったそうですが、医師法制定時に罰則は削除され、応召義務は医師が国に対して負担する公法上の義務とされました。現在、刑事罰は規定されておらず、私法上の義務でもないため、応召義務は医師が患者さんに対して直接負うものではありません

しかし、応召義務については医師の間で広く認識されており、医師一人ひとりの行動にも大きく影響しています。応召義務があるからこそ、医師は社会的要請や患者さんの期待に応えてきた面もあると言えるでしょう。公法上の義務であることは、医師免許に対する行政処分が下される可能性があるということです(ただし2018年時点で実例はありません)。また、医師個人ではありませんが、医療機関に対して応召義務違反を理由とする損害賠償責任が認められた事例もあります

私たち医師にとって、応召義務は決して軽視できないものであることがわかります。

応召義務に関する裁判例

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神戸地裁 平成4年6月30日判決

交通事故で両側肺挫傷・右気管支断裂を受傷した20歳の患者さんについて、神戸市内の第3次救急医療機関への搬送が依頼されたにもかかわらず、脳神経外科医と整形外科医が不在であることを理由に、受け入れが断られました。その後、隣接する西宮市の病院で処置を受けましたが、死亡に至ったという事例です。

適切な医療を受ける法的利益を侵害されたとして、受け入れを拒否した医療機関の開設者である神戸市に対し、患者さん側が損害賠償を請求。診療拒否の正当な理由は認められず、神戸市の賠償責任が認められました(200万円の請求に対して150万円が認容)。

応召義務をめぐる裁判では、診療拒否の正当な理由があるか否かが争点になります。この事例では、傷病に対して最も重要と考えられる外科医が病院にいた(脳神経外科医・整形外科医の不在は診療拒否の正当な理由にならない)こと、「診療中」と主張された外科医の具体的な診療内容を立証できないことなどがポイントとなりました。

判旨には、応召義務は公法上の義務であり、それが直ちに民事上の責任に結びつくものではないものの、「応召義務は患者保護の側面をも有すると解されることから、医師が診療を拒否して患者に損害を与えた場合には、当該医師に過失があるという一応の推定がなされ(中略)正当事由に該当する具体的事実を主張・立証しないかぎり、同医師は患者の被った損害を賠償すべき責任を負うと解するのが相当」と記載されています。

応召義務の見直し

応召義務は医師の規範として機能することから、診療拒否の『正当な理由』をめぐっては、厳しく判断がなされてきました。「昭和24年9月10日付医発第752号厚生省医務局長通知」によれば、次のような事例は「『正当な理由』に該当しない」とされています。

一.医業報酬が不払であっても直ちにこれを理由として診療を拒むことはできない
二.診療時間を制限している場合であっても、これを理由として急施を要する患者の診療を拒むことは許されない
三.特定人例えば特定の場所に勤務する人々のみの診療に従事する医師又は歯科医師であっても、緊急の治療を要する患者がある場合において、その近辺に他の診療に従事する医師又は歯科医師がいない場合には、やはり診療の求めに応じなければならない
四.天候の不良等も、事実上往診の不可能な場合を除いては「正当の事由」には該当しない
五.医師が自己の標榜する診療科名以外の診療科に属する疾病について診療を求められた場合も、患者がこれを了承する場合は一応正当の理由と認め得るが、了承しないで依然診療を求めるときは、応急の措置その他できるだけの範囲のことをしなければならない

厚生労働省「病院診療所の診療に関する件」(昭和24年9月10日医発第752号 厚生省医務局長通知)より引用
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00ta6276&dataType=1&pageNo=1

こうした定めにより適切な医療を受けられる患者さんがいる一方で、治療費の未払いや際限のない医師の長時間労働など、応召義務が原因となる問題も発生してきました。医師の働き方改革の面で、応召義務は適切な見直しをすることが必要と考えられるようになったのです。

そこで行われたのが、「医療を取り巻く状況の変化等を踏まえた医師法の応召義務の解釈に関する研究」という、厚生労働科学研究(2018年度実施)です。社会情勢や働き方、テクノロジーの変化に合わせた応召義務のあり方が検討され、医師が応召義務を負わない『正当な理由』についても整理されました。

応召義務を負わない『正当な理由』の整理

応召義務を負わない『正当な理由』の"正当性"について、最も重要なのは「緊急対応が必要か否か」です。加えて「診療時間内か否か」「患者さんとの信頼関係を構築できているか」も重要な要素とされています。

これらを整理すると、以下のようになります。詳しい内容は、下記の画像や転載元の厚生労働省資料をご覧ください。

緊急対応が必要な場合

  • 診療時間内:事実上診療が不可能と言える場合のみ、診療しないことが正当化されます。
  • 診療時間外:倫理上応急処置を取るべきとされますが、原則として公法・私法上の責任を問われることはないと考えられます。

緊急対応が不要な場合

  • 診療時間内:原則として患者さんの求めに応じて必要な医療を提供する必要があります。
  • 診療時間外:即座に対応する必要はなく、診療しないことに問題はありません。ただし時間内の受診依頼、ほかの医療機関への紹介などの対応を取ることが望ましいとされています。

患者さんとの信頼関係などが影響する場合

  • 診療時間内:迷惑行為や、悪意を持った医療費不払いなど、患者さんとの信頼関係が喪失している場合は新たな診療を行わないことが正当化されます。
  • 診療時間外:即座に対応する必要はなく、診療しないことに問題はありません。

厚生労働省第67回社会保障審議会医療部会資料_医師法の応召義務の解釈_診療しないことが正当化される事例の整理

厚生労働省「医療を取り巻く状況の変化等を踏まえた医師法の応召義務の解釈に関する研究について」p.4・5より
https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000529089.pdf

ここで、2つの悩ましいケースについて考えてみましょう。1つ目は、新型コロナウイルス感染症です。2類感染症に位置付けられていた期間は、特定の医療機関で対応すべき疾患であり、応召義務の対象外と考えられていました。しかし2023年12月現在は5類となっており、ほかの疾患と同じように、上記の整理に沿って対応することが求められます。

2つ目は、飛行機内での「ドクターコール」です。『お医者様はいらっしゃいませんか?』という問いかけを無視した場合はどうなるのでしょうか。明確な判例はありませんが、飛行機に搭乗している医師は「診療に従事している医師」とは言えないことや、特定の医師に診療を依頼しているわけではないことから、応召義務の対象外と考えられます。

まとめ

医療イメージ

医師の働き方改革など、昨今の社会情勢や医療提供体制の変化をふまえて見直された応召義務。私たち医師にとって、過重労働にならないよう配慮されたことは、基本的には望ましいと言えるでしょう。

しかし、「緊急対応が必要か否か」という点について、どのように感じるでしょうか。現場で緊急対応の必要性を判断するのは自分だけ、という状況も少なくありません。その場で緊急対応不要と判断しても、あとから第三者によって判断が覆されてしまうかもしれません。救急隊の話などから病状を的確に把握する能力や、応急処置に関する知識を身に着けることは、患者さんのためだけでなく、自分の身を守る上でも必要です。

診療を行わない『正当な理由』は、勤務先の施設や診療能力、地域での役割なども総合的に考慮されるものです。こうしたこともふまえた上で、自分の能力やビジョンに合った職場選びが、今後ますます必要になるかもしれません。

Dr.Ma

執筆者:Dr.Ma

2006年に医師免許、2016年に医学博士を取得。大学院時代も含めて一貫して臨床に従事した。現在も整形外科専門医として急性期病院で年間150件の手術を執刀する。知識が専門領域に偏ることを実感し、医学知識と医療情勢の学び直し、リスキリングを目的に医療記事執筆を開始した。これまでに執筆した医療記事は300を超える。

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