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持続可能な開発目標(SDGs)の中にも含まれている「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」(UHC)。世界のすべての人が適切な保健医療サービスを支払い可能な費用で受けられることを意味する概念です。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大を経て、近年その重要性が再認識されています。
この記事では、UHCの概要や、新型コロナウイルス感染症との関連について解説します。
執筆者:竹内 想
ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)とは
ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(Universal Health Coverage:UHC)は「すべての人が、適切な健康増進、予防、治療、機能回復に関するサービスを、支払い可能な費用で受けられる状態」を示しています。2015年の国連総会で定められた、2030年までの国際目標である「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals:SDGs)の目標3(健康と福祉)にも含まれており、国際的に重要視されていることがわかります。
SDGs 目標3:あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を推進する
ターゲット3.8「すべての人々に対する財政保障、質の高い基礎的なヘルスケア・サービスへのアクセス、および安全で効果的、かつ質が高く安価な必須医薬品とワクチンのアクセス提供を含む、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)を達成する。」
「Global Compact Network Japan」webサイトより引用
https://www.ungcjn.org/sdgs/goals/goal03.html
目標3 あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を推進する|Global Compact Network Japan
児玉知子ほか:<総説>国連持続可能な開発目標3(SDG3) ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の達成状況と課題.保健医療科学 vol.70(3):224-234,2021
UHC達成のための3つのアクセス
UHCを達成するためには、下記3つのアクセス上の課題を改善することが必要となります。
①物理的アクセス
②経済的アクセス
③社会慣習的アクセス
それぞれのアクセスにおける課題を見ていきましょう。
①物理的アクセス
物理的アクセスの課題としてしばしば挙げられるのが、近くに医療施設や医療物資がないことです。
これを解決するには、インフラ(車道や鉄道)を整備し、医師・看護師などの専門職人材や医療物資を確保すること、医療物資を偏りなく分配することが必要となります。
②経済的アクセス
経済的アクセスの課題としては、医療費が高くて払えないことや、医療費負担によって貧困化することなどが挙げられます。医療費には、医療機関を受診するための交通費も含みます。
解決するためには、国民の多くが加入する(公的)医療保険制度の導入や領土全域にわたる医療機関の設立、そして貧困層のための公的扶助制度の導入(日本では生活保護受給者の医療扶助と考えるとわかりやすいでしょう)などが必要となります。
③社会慣習的アクセス
社会慣習的アクセスの課題としては、保健衛生サービスの重要性や必要性を知らないこと、家族の許可が得られないこと、言葉が通じないこと、賄賂を要求されることなどが挙げられます。こうした問題点があると、たとえ近くに医療機関があり、医療費を支払うことができても、医療へのアクセスが制限されてしまいます。
たとえば言語の壁に対しては、翻訳アプリの普及が一つの解決策になると期待できます。しかし、こうした問題点の根本的な解決には、国をあげて、国民全体で健康意識を高めることが必要になります。
ここまで、UHCの概要と、UHCを達成する上で解決すべき問題点を見てきました。続いては日本特有の事情や、私たち日本人と関連が深い内容について掘り下げていきましょう。
UHCと日本
日本では、国民皆保険制度が1961年に成立しており、すべての国民が公的医療保険に加入しています。また、医療機関を自由に選択できる「フリーアクセス」制が採用されています。こうした背景から、日本はUHCを達成した国であるとみなされています。国民皆保険制度が成立する前は医療を受けられずに亡くなる方も多かったため、UHCの達成は価値あることと言えます。
そんな日本においても、日本国籍を有しないが日本に住んでいる人、あるいは旅行者など、医療へのアクセスが容易ではない人がいるという課題があります。少子高齢化が進み高齢者の割合がさらに高く、かつ生産年齢人口の割合が低くなれば、医療従事者の不足により十分な医療供給体制を維持できなくなる可能性もあります。
UHCに対する日本の取り組み
日本はUHCの観点では世界的に進んだ国であり、他の先進国に比べて低コストで世界有数の長寿国となった歴史と保険医療システムを有しています。
このため、他国がUHCを達成できるよう、国際協力機構(JICA)などの機関が積極的に海外援助に取り組んでいます。2016年5月のG7伊勢志摩サミットでは、技術的な観点からの提言や国際的な発言を行ったほか、2017年12月には、世界銀行や世界保健機関(WHO)、国連児童基金(UNICEF)、日本政府などと共にUHC達成に向けた具体策を議論するなど、大きな存在感を示しています。
2020年から世界的に拡大した新型コロナウイルス感染症によって、世界的にUHCの重要性が再認識されました。日本も国際的な存在感をさらに強めようとしています。2022年5月、日本政府は「グローバルヘルス戦略」という政策目標を打ち出しました。「より強靭、より公平、かつより持続可能なUHCの達成を目指す」としています。
新型コロナウイルス感染症をめぐる動きについては、次の段落で解説します。
UHCと新型コロナウイルス感染症
この数年でUHCに最も大きな影響を与えたのは、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)と言えるでしょう。2021年に発表されたWHOの調査報告では、新型コロナのパンデミックにより、世界の約90%の国で、必要不可欠な保健サービスに1つ以上の障害が発生していると報告されています。
大きな影響を受けているのは、精神・神経・薬物使用障害、顧みられない熱帯病、結核、HIV、B型・C型肝炎、がん検診、高血圧や糖尿病などのその他の非感染性疾患、家族計画・避妊、緊急歯科治療、栄養不良、予防接種、マラリアなどをめぐる保健医療サービスとされています。新型コロナ対策に多くのリソースを割く必要が生じた結果、これら既存の問題解決に割けるリソースが減少してしまった可能性が考えられます。
この影響は、医療従事者が限られている国(サハラ以南のアフリカ)で大きくなっています。しかし日本でも、たとえば2020~2021年のがん検診受診者数が新型コロナの流行前より10~30%ほど下がったり、HIV感染者の年間新規報告数(保健所などにおける検査・相談件数)が急激に減少したりするなど、医療機関の受診控えがうかがえます。また、病床数が不足し、十分な救急医療が提供できない事例が多く発生し、社会問題となったことを記憶されている方もいるでしょう。
国内外を問わず大きな影響を与えた新型コロナですが、日本では2023年5月に感染症法の位置付けが「2類相当」から「5類」になるなど、ポストコロナの時代が到来しています。
ポストコロナ時代における日本の国際保健への対応に関しては、2023年のG7広島サミットの前に岸田総理大臣が医学雑誌「Lancet」に寄稿した内容が参考になります。新型コロナの感染拡大で、これまでのグローバルヘルス・アーキテクチャーの脆弱性が露呈し、健康危機に関する予防・備え・対応(PPR)の強化や保健システムの強靭化によってUHCを達成する必要性が示されたとしています。
そして重要課題として、ポストコロナ時代に向けたUHCの推進を挙げ、日本は世界でも有数の超高齢社会として、人口動態の課題に焦点を当てる特別な責任を有している、とも述べています。
こうした記載から、ポストコロナ時代において、UHCにおける日本の役割はますます重要なものになっていくと日本政府が捉えていることがうかがえます。
ニュースバックナンバー「COVID-19による影響 90%の国で必須保健サービスに混乱 保健・医療の労働力が不足」|UNICEF
UN. Secretary-General:Progress towards the Sustainable Development Goals: Report of the Secretary-General.E2021 58,2021
岸田総理大臣による寄稿「人間の安全保障とユニバーサル・ヘルス・カバレッジ:G7広島サミットに向けた日本のビジョン」がランセット誌に掲載されました|厚生労働省
グローバルヘルス総論 COVID-19とUHC(稲場構成員提出資料)|首相官邸 第1回グローバルヘルス戦略有識者タスクフォース(令和3年7月)
まとめ
今回は、近年改めて注目されるUHCの概要や日本の現状、新型コロナウイルス感染症との関連などについて見てきました。日本では国民皆保険制度が成立しており、UHCを達成している国とみなされていますが、昨今の外国人移住者の増加や新型コロナのパンデミックで、課題も見えてきています。また、世界にはUHCが達成されていない国や地域が数多くあり、日本の知見が重要視されています。とくにポストコロナ時代において、UHCにおける日本の役割がますます重要になっていくと期待されます。
こうした事情から、UHCの概念について理解を深めておくことは、医師をはじめヘルスケアに携わる多くの方々にとって有用と考えます。この記事がUHCについて理解する一助となれば幸いです。
執筆者:竹内 想
大学卒業後、市中病院での初期研修や大学院を経て現在は主に皮膚科医として勤務中。
自身の経験を活かして医学生〜初期研修医に向けての記事作成や、皮膚科関連のWEB記事監修/執筆を行っている。
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