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EBM(evidence-based medicine)の概念が医療現場で定着し、実践を心掛けている医師も多いと思います。一方で「根拠」になり得る情報も大幅に増えており、いかにして正しい根拠にアプローチし、解釈した上で実践するかが課題です。
EBMを実践する上で知っておきたい手順が「批判的吟味」で、近年その重要性が見直されています。この記事では「批判的吟味」とは何か、その手法やEBMとの関連などを解説します。
執筆者:三田 大介
批判的吟味とは
批判的吟味(critical appraisal、クリティカル・アプレイザル)とは、仕入れた情報や文献の内容を鵜呑みにせず、自分自身で判断する手続きです。
「批判」というと"否定的にとらえる"、"非難する"などの意味合いを感じますが、批判的吟味には決してそのようなニュアンスはありません。あくまでも結果が妥当かどうかの判断です。
たとえば、「治療Aは治療Bより有効である」という論文があるとします。よく読むと、治療A群よりも治療B群の方が年齢層が高く、基礎疾患も多いようです。また、統計学的な有意差はあっても生存期間に差はなく、血液データ上の改善のみのようです。
この結果をもって「治療Aの方が有効に違いない」と受け取ってしまうのは危うい、ということはおわかりいただけるでしょう。
批判的吟味の重要性
多くの医師にとって、医学論文などの文献を探すタイミングは「臨床的な疑問が生じた時」もしくは「勉強会などで情報を得たい時」ではないでしょうか。つまり、自ら新しい情報を得ようとしている時であり、一見良さそうな情報が出てくると「これは信じて良いだろう」と思ってしまいがちです。
しかし、それは本当に信用に足る情報なのでしょうか。
見つけた情報は、日々爆発的に増えていく情報のうちの一つでしかありません。医学教育に関するある論文*1が、昔(1950年代)は医学知識が2倍になるのに50年かかっていたのが、2020年には0.2年(73日)になるだろうと論じました。2011年に発表された論文なので、2020年に実際に0.2年になったかどうかはわかりませんが、少なくとも医学情報の増え方は顕著になっているでしょう。
世に出る医学論文の多く、とくにトップジャーナルであれば、査読がしっかりとされているため信頼できる情報が多いと言えます。一方で、発表後に撤回される論文も増加傾向にあります。Pubmedでは、2012年までに掲載された約2,500万件の論文のうち、約2,000件が改ざんなどの不正行為を主な理由に撤回されています。2020年には、Lancet誌に掲載されたCOVID-19に対する抗マラリア薬の論文が、データの信憑性の問題で撤回され話題になりました。
このように、情報があふれる昨今、医学論文においても質の低い情報にあたってしまう可能性は避けられません。Lancet誌のようなトップジャーナルを疑うことは難しいものの、私たちは情報を受け取り利用する際に「批判的吟味」を行う必要があるのです。
Peter Densen:Challenges and Opportunities Facing Medical Education.Trans Am Clin Climatol Assoc 122:48-58,2011(*1)
Ferric C. Fang,et al.:Misconduct accounts for the majority of retracted scientific publications.PNAS 109(42):17028-17033,2012
システマティックレビューやガイドラインなら、無条件に信用できる?
システマティックレビューは、特定の臨床的疑問(クリニカル・クエスチョン:CQ)について、文献を網羅的に集めて批判的に吟味を行い、情報を統合して評価するプロセスです。伝統的な"エビデンスピラミッド"の一番上層に位置しており、エビデンスレベルが高い手法として知られています(2016年に提唱されたエビデンスピラミッドの修正版では「エビデンスを見るためのレンズ」という位置付けに改められています)。
システマティックレビューに基づいて書かれる論文は指数関数的に増えており、2019年には1日80件もの論文が発表されています*2。これだけ数があると、残念ながら質の低い論文も一定数存在してしまうようです。COVID-19に関するシステマティックレビューの質を評価した研究では、85%もの論文について、研究手法の質を「低い」と評価しています(質が低い:約25%、極めて質が低い:約60%)*3。
さまざまな学会や研究が作成する『診療/治療ガイドライン』も、システマティックレビューの手法を用いて作成されます。しかし日本の場合、ガイドラインの質の低さを指摘する研究もあります。ガイドラインであっても、その内容を鵜呑みばかりしてはなりません。
M Hassan Murad,et al.:New evidence pyramid.Evid Based Med 21(4):125-127,2016
Falk Hoffmann,et al.:Nearly 80 systematic reviews were published each day: Observational study on trends in epidemiology and reporting over the years 2000-2019.Journal of Clinical Epidemiology 138: 1-11,2021(*2)
Yanfei Li,et al.:Reporting and methodological quality of COVID-19 systematic reviews needs to be improved: an evidence mapping.J Clin Epidemiol 135:17-28,2021(*3)
Yuki Kataoka,et al.:Quality of clinical practice guidelines in Japan remains low: A cross-sectional meta-epidemiological study.Journal of Clinical Epidemiology 138:22-31,2021
EBMにおける批判的吟味
GuyattやSackettにより提唱されたEBM(evidence-based medicine)は「根拠に基づく医療」と和訳され、今では広く普及しています。日本も1997年に「医療技術評価の在り方に関する検討会」を発足させ、診療ガイドラインやEBMデータベースの整備・推進を行ってきました。
EBMは、以下の5つのステップで構成されます。
Step 1 | 疑問の定式化 |
---|---|
Step 2 | 情報収集 |
Step 3 | 批判的吟味 |
Step 4 | 患者への適用 |
Step 5 | 各ステップの評価 |
このように批判的吟味は、情報を患者さんに適用する前の段階で実施されるものです。正しく批判的吟味ができないと、患者さんに正しく適用できません。また、各ステップを振り返る際(Step 5)に適切な検証ができません。
P. Armitage,et al.:Statistical Methods in Medical Research.Blackwell Scientific Publications,2002
「根拠に基づく医療」(EBM)を理解しよう|厚生労働省『「統合医療」に係る 情報発信等推進事業』 eJIM
「医療技術評価の在り方に関する検討会報告書」について|厚生労働省
批判的吟味のポイント
では、実際にどんなことをすれば、批判的吟味をしたことになるのでしょうか。
批判的吟味では、以下のようなことを気にしながら論文などを読み進めます。
- 研究の課題は何か?
- 研究デザインは適切か?
- サンプルの選定やサイズは適切か?
- データの収集や結果の測定は適切か?
- 潜在的な交絡因子が考えられているか?
- 統計手法は妥当か?
- 研究課題について著者はどのような結論に達したか?
- 倫理的な問題は考慮されているか?
Azzam Al-Jundi1 and Salah Sakka"Critical Appraisal of Clinical Research"(2017)をもとに筆者が和訳・編集
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5483707/
批判的吟味を効率良く行うために
批判的吟味の重要性がわかったとしても、実践できなければ意味がありません。しかし、多忙な臨床業務の中で情報収集を行い、批判的吟味に十分に時間をかけるのは難しいでしょう。情報の多くが英語で書かれていることも、腰が重たくなる一因です。
そういった方に、以下のツールや対策をご紹介します。
ツールの使用
批判的吟味を行うためのツールがあるため、ぜひ活用してみましょう。各研究デザインに対するさまざまなものが作られており、代表的なものには以下があります。
研究デザイン | ツール名 |
---|---|
ランダム化研究 | RoB 2 |
非ランダム化研究 | ROBINS-I |
診断精度研究 | QUADAS-2 |
システマティックレビュー | AMSTAR 2 |
診療ガイドライン | AGREE |
ROBINS-I、AMSTAR 、AGREEは、『Minds診療ガイドライン作成マニュアル』の中で、概要や使い方が日本語で紹介されています。
より簡便に批判的吟味を実践できるツールやチェックリストを公開している団体・個人もありますので、気になる方はぜひ探してみましょう。
Jonathan AC Sterne,et al.:RoB 2: a revised tool for assessing risk of bias in randomised trials.BMJ 366:l4898,2019
Jonathan AC Sterne,et al.:ROBINS-I: a tool for assessing risk of bias in non-randomised studies of interventions.BMJ 355:i4919,2016
Penny F. Whiting,et al.:QUADAS-2: A Revised Tool for the Quality Assessment of Diagnostic Accuracy Studies.Ann Intern Med 155(8):529-536,2011
Beverley J Shea,et al.:AMSTAR 2: a critical appraisal tool for systematic reviews that include randomised or non-randomised studies of healthcare interventions, or both.BMJ 358:j4008,2017
Minds診療ガイドライン作成マニュアル2020 ver.3.0 第4章 システマティックレビュー|Minds
ジャーナルクラブ・抄読会の活用
ジャーナルクラブや抄読会は、批判的吟味を深く行う上で有用な機会です。自分の思考過程をアウトプットし、他者からフィードバックを受けることで、その手続きや手法をより具体的に学ぶことができます。他者のやりとりからも、批判的吟味を学ぶことができるでしょう。
ジャーナルクラブはレジデントの批判的な判断能力を向上させるという報告もあります。重要なのは、チームを組んで複数人で行うことで、継続的に論文に触れ、批判的吟味の機会を作り出せることでしょう。
コクランレビューの利用
批判的吟味を実践する時間がどうしても取れない場合は、コクランレビューを活用すると良いでしょう。コクランはイギリスに本部を置く非営利団体で、質の高い医療情報にあらゆる人がアクセスできることを目指し、標準的な医療情報の発信などを行っています。
コクランレビューの本文は英語ですが、検索機能は日本語でも利用可能なので、より簡便に利用することができます。ちなみに先述のツールのいくつかは、コクランも利用を推奨しています。
コクランとは|Cochrane
まとめ
この記事では批判的吟味について解説しました。適切にCQを立てて情報を吟味し、診療の場に活かすという手順を踏むことは、多忙な業務の中では時に困難なことでしょう。コクランレビューなどの二次情報をうまく利用できると良いのではないでしょうか。
最近はAIによる文献検索・情報整理が発展しています。課題も指摘されていますが、上手に利用することで日々の業務の効率化もかなうでしょう。
執筆者:三田 大介
理学療法士から再受験し、現在はリハビリテーション科医師として病院勤務。より多くの人に正しい医療知識を届けたいとライター活動を開始。医師、理学療法士の両方の視点を活かしながら、企業などのオウンドメディアを中心に医療・健康に関する記事を執筆。
▶X(旧Twitter)|@sanda_igaku
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