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日本の医療システムの現状に疑問を持ち、「働き盛りの人が通いやすいクリニック」として2022年にイーヘルスクリニック新宿院を開業された天野方一先生。オンライン診療や土日診療などを通して働く人が医療に接する機会を増やし、病気の重症化や発見の遅れを防ぐ仕組みづくりに取り組んでおられます。
今回は、そんな天野先生に開業に至った経緯から開業ノウハウまでをじっくりとお伺いしました。これから開業を目指す先生必見の内容です。
開業を決めるまで~きっかけと役立った経験~
産業医としての経験が開業のきっかけに
インタビュアー(以下「イ」):天野先生が開業しようと思われたきっかけについて教えてください。
天野先生(以下「天野」:もともとは腎臓内科の勤務医をしていたのですが、専門医の資格を取得したあとに入った公衆衛生大学院で産業保健に興味を持ち、産業医として企業に入ることになりました。
そこでびっくりしたのが、数値に異常が見られるにもかかわらず病院に行かずに放置している人が思った以上に多いという事実です。病院で勤務しているときには気付けなかったので衝撃を受けました。
どうしてそのような事態が起きているのか?と考えたとき、その人達のヘルスリテラシーが低いため病院に「行かない」のではなく、「行きたくても行けない」のではないかと思うようになりました。
例えば、高めの血圧が気になって病院に行った場合、待ち時間や診察時間を経て薬局で薬を受け取るまでには2~3時間掛かりますし、移動時間も加味するとさらに時間を要します。
血圧の薬をもらうためだけに、忙しい人が仕事を何時間も抜けるのは難しいですよね。こういった日本の医療システムが原因で結果的に病院から足が遠のいてしまうのではないかと考えました。
そこで、「医療を諦めない仕組み」が必要だと感じ、働き盛りの人が通いやすいクリニックを作ろうと思ったのが開業を決意したきっかけです。
土・日や夜遅くまで診察を受けることができる、オンライン診療ができる...というように、働く人と病院との接点が少しでも増えれば、病気の重症化予防に繋がるのではないかと思っています。
クリニックでの非常勤アルバイトの経験が開業時に奏功
イ:開業する上で、これまでの経験や学びが役に立ったと感じることはありますか?
天野:開業を決意したとき、まずはイメージを固めるところからスタートしたのですが、以前ほかのクリニックで非常勤アルバイトをした経験が非常に役に立ちました。
大学病院に勤務しているだけでは、ニーズの掴み方やシステムの作り方など分からないことがたくさんあります。しかし、実際にほかの医療機関で働いてみると、そういった部分がうまく機能しているかそうでないかまでよく見えるため、とても参考になりました。
イ:非常勤アルバイトをされていた時は、どういったところに着目して学びを深めていかれたのでしょうか。
天野:多院展開しているクリニックの集患方法や、大学病院ではやらないような検査・メニュー・オペレーションの回し方などに着目していました。非常勤アルバイトを探す際は将来自分のキャリアに役立ちそうなところをアルバイト先として選ぶようにしていたので、これまで経験のなかったアンチエイジングや自由診療の領域などを学べる環境にも身を置くようにしていましたね。
当時は医師としての視点からしか見ていませんでしたが、経営者となった今となれば、ホームページの見せ方や宣伝の仕方などにも着目していればもっと勉強になったと思います。
非常勤アルバイトは「資金集め」兼「開業後のOJT」
イ:「これから開業を目指す人はこんな経験を積んだほうがいい」といったアドバイスがあればお聞かせください。
天野:自分の理想に近いクリニックを少なくとも1つか2つは見つけて、医師として実際に勤務する経験をしたほうがいいと思います。
その際、待遇面のよさだけで非常勤のアルバイト先を選ぶのではなく「なぜそのクリニックが流行っているのか」といったマーケティング面を学ぶ姿勢も重要です。開業する前に将来のライバルを見ておかない手はないのではないでしょうか。
開業準備について~期間・費用・立地・内装・採用・システム~
開業までの期間は、タイミングと過不足のない準備を見極めて
イ:開業するにあたって立地探しや設備調達といった準備が必要となりますが、天野先生はどのように進められましたか?
天野:僕の場合はクリニックの立ち上げ時にビジネスパートナーがいたので、あらかじめゴールを決めてから動き出しました。しかし、振り返ってみればもっとしっかり構想を練る余裕を持てばよかったなと思っています。
例えば開業支援をしているデベロッパーや不動産会社、調剤薬局などが医師へ向けた勉強会を開催しているので、そういうところへ出向いて情報を集めるなどです。
ゴールから逆算するのも大事だと思いますが、まずはイメージを膨らませることが重要だと思います。
イ:開業を決意されてから実際に開院するまでどのくらい期間が掛かりましたか?
天野:開院までには1年半ぐらい掛かりました。
一般的にこの期間は遅くないと思いますが、オペレーション管理など中身の設計を詰めるためにもう少し余裕を持たせればよかったかもしれません。もちろんどこまでいってもベストにはならないですし、「タイミングが大事」という考え方もあるので一概には言えませんが、もう少しじっくりやっても良かったかなと思います。
自己資金ゼロの開業は可能。注意点とは?
イ:開業資金はどういった手段で調達されましたか?また、融資やローンの申請時に大変だったことがあればお聞かせいただけますか?
天野:開業資金は銀行と日本政策金融公庫の2つから借りました。自己資金はゼロです。ただ、ある程度の資産がないと銀行はお金を貸してくれませんので、「資金」はゼロでしたが常識の範囲内で「資産」は準備する必要がありました。
時間は掛かっても、コンセプトに沿った物件探しを
イ:今の物件に出会えるまでにどのくらいの期間が掛かりましたか?
天野:1年ぐらい掛かったと思います。
「働き盛りの人を応援する」というコンセプトがあったので、主要なターミナル駅の近くで開院したいと考えていました。しかし、新宿・渋谷・池袋といった大きい駅の近くの建物はオーナーが一般企業であることが殆どなので、なかなか個人では借りられないケースも多かったです。いくら良い事業計画書を作っても、十分な額の融資が受けられると伝えても、会社の方針で個人には貸さないと決められている場合もあるんです。不動産会社からは「絶対いける」と言われていたのに、最後の最後でダメになるパターンも何度かありました。
トータルで20~30件は物件を見に行ったと思います。「場所はよくても貸してくれない」というケースが続き、結構時間が掛かりました。
イメージの共有で内装デザインをスムーズに
イ:内装デザインはどんなコンセプトを想定しておられましたか?また、それをどのように内装業者に伝えられたのかもお聞かせください。
天野:「病院っぽくない病院」が内装のコンセプトです。僕が以前アメリカに留学していたこともあり、向こうで流行っている医療チェーンのようなイメージを想定していました。
内装業者には、実際にアメリカでうまくいっている医療機関のオシャレな写真を共有して「こんな感じにしたい」と伝えました。発注する際は数社に見積もりを出してもらい、比較検討した上で一番いいと思った会社に依頼したという流れです。細かい部分はその都度指示を出して話を詰めていきました。
そんなに高級である必要はないと思いますが、しっかりとコンセプトが伝わるような内装にするのが大事だと思います。
集患にはwebマーケティングが必須。業者任せは厳禁
イ:開院の際はどのように集患されましたか?
天野:開院時の集患はリスティング広告頼みでしたね。もちろんほかにもいろんな方法を試しました。患者さんへ向けた勉強会を開催したり、チラシを作って路上で配布したり、ポスティングしたり...その中で一番効果があったのがリスティング広告でした。新宿という土地柄も関係しているのかもしれません。
今ではSEOやMEO※の効果で当院のホームページが上位表示されるようになってきたので、リスティング広告に掛ける費用は開院当初の10分の1ぐらいに押さえられています。
※SEOとは、「検索エンジン最適化」のこと。Googleの検索結果で上位に表示されるための施策を指す。
MEOとは、「map検索エンジン最適化」のこと。Googlemapの検索結果で上位表示させるための施策を指す。
イ:SEOやMEOの勉強もされたのですか?
天野:そうですね。やはりある程度はやらなくてはいけない時代だと思っています。
例えばリスティング広告に100万円掛けたとしても100万円分の集患ができるとは限らないですし、自由診療ほどではないですが、患者さまのことをお客様として捉える感覚も経営者としては必要だと思います。
イ:確かに。SEOの専門家に頼んだとしても、その効果を客観的に判断するにはご自身でレポートを読解できる知識が必要ですものね。
天野:実を言うと、開院する前はビジネスパートナーにマーケティングの分野をお任せし、自分は医療に注力することで役割分担が成立すると思っていたんです。しかし、いざ始めてみると「院長としてマーケティングのことが分かっていないのはまずいな」と痛感した、というのが正直なところです。
イ:必要に駆られて、という側面はあったと思いますが、天野先生のオフィシャルサイトやクリニックのホームページを拝見すると、しっかりと作り込んでおられて、マーケティングの分野にも楽しさを見出しておられるような印象を受けます。
天野:実際に勉強してみると「マーケティングは面白い」と思いました。
例えば、MEOの施策を考えていろいろと試していくうちにサイトが上位表示されるようになったり、少しずつ口コミが増えたり。成功事例ができてくると、さらにやりがいを感じますね。
人材採用は「客観視」「ミスマッチ防止」が肝
イ:開業された時点では天野先生お一人でスタートされたのですか?
天野:僕以外に採用担当のスタッフとパートナー会社の社員が2人ぐらいいました。
イ:では、人材の募集にはどのような手段を取られましたか?
天野:こちらもネットですね。1つに絞らず、いろいろな転職サイトに掲載してみました。
広告媒体によって反響の差はもちろん、応募者の傾向も異なるんです。「応募はすごく来るけど、採用には1人も繋がらない」なんてこともありましたね。
イ:スタッフを採用する際は天野先生が直接面接をされることもあると思うのですが、面接時に気を付けておられるポイントはありますか?
天野:当院の場合は僕を含めて面接官が3人いたので、3人で話し合ってあらかじめ評価項目を決めておき、加点方式で評価していました。面接の結果、応募者に対して誰か1人でも微妙な点数を付けていたらその人の採用は見送るといった具合です。
イ:評価項目とは具体的にどのような内容だったのですか?
天野:例えば「これまでに勤続年数3年以上の医療機関があるか」「新しい知識やスキルを身に付ける意欲がどのくらいあるか」といったごくベーシックなものです。しかし、基準があるのと無いのとでは大違いで、シンプルなものであっても基準があったほうが意見のすり合わせはしやすくなると思います。
イ:確かに、基準があると客観視ができますね。
では、人材募集で大変だったことや苦労されたことはありますか? 印象的だったエピソードなどがあればお聞かせください。
天野:医師の募集はすごく難しかったです。
コロナの全盛期に非常勤の先生を雇用したことがあるのですが、募集要項に「発熱外来にも対応できる」と書いて広告を出したにも関わらず、採用後に経験があまり無いことが分かった...ということもありました。
もともと僕の知り合いだった先生であれば、どのような経験をされてきたか、どのような診療をされるかが分かるので安心なのですが、全く縁のないところから求人広告を通して雇用契約に繋げるのは難しかったですね。
一度にすべて揃える必要ナシ。システム導入は必要なものから
イ:天野先生のクリニックでは医療設備以外にオンラインシステムなども導入されていると思うのですが、どのような基準で選ばれましたか?
天野:オンライン診療システム・予約システム・電子カルテは、全て同じシリーズを使っています。選んだ理由は、一通りの機能が全部そこで完結できてしまうからです。
オンライン診療は端的にいえばzoomでもLINE電話でもできるので、機能がまとまっていなくてもいいのかもしれませんが、僕の場合は一元化されているものが使いやすかったです。また、開業当初はカルテとは独立した予約システムを使用していたのですが、機能ごとにバラバラのシステムを使うと管理が面倒になりミスも増えるので、1つで完結できるものがいいなと思って統一しました。
イ:オンライン診療を利用するデジタルに慣れた方々を集患するのであれば、受け皿であるクリニック側もシステムを整える必要があるというわけですね。
そのほかに利用されているシステムはありますか?
天野:今のところはそれだけですね。将来的には、今使っているシステムとAPI連携してLINEにも繋げられるようなものを導入したいと思っています。
開業後の現在地~開業したからこそわかったこと~
開業医は「新米経営者」でもある
イ:勤務医だったときと開業医になられた今とでは、何が一番大きな違いだと感じられますか?
天野:冒頭でもお話させていただいたのですが、医療以外のことも知っておかなければいけないという点です。特に人をマネジメントする方法やマーケティングに関しては、好き嫌いを一旦脇に置いて取り組む必要があると感じます。
クリニック経営にとどまらないステージの広がり
イ:実際に開業されてみて、今はどういったところに一番やりがいを感じておられますか?
天野:まず、「天野を指名して予約してくださる患者様がいらっしゃる」という点にやりがいを感じます。
2つ目は、自分のやりたかったことをメニュー化してそのままできるということでしょうか。それから3つ目、これが一番いいと思うところなのですが、今回こうしてドクタービジョンさんにインタビューしていただいているように、医師の枠に囚われずほかのお仕事をされている方に会って話す機会が増えた点です。
僕やイーヘルスクリニックの名前を知ってもらう機会になればという思いはもちろんありますが、それよりも、医療の枠を超えて新しい何かが生まれるきっかけになれば面白いなと思っています。
マネジメント力は開業してからでないと磨けないスキル
イ:開業前には想定していなかった気付きや学びなどがあればお聞かせください。
天野:人のマネジメントですかね。正直に言うと、ビジネスパートナーがそのあたりをやってくれるんじゃないかという期待が開業前には少なからずあったと思います。しかし現実はそんなに甘くなく、自分が対処しなければならないケースがほとんどでした。
クリニックを立ち上げて間もない頃は、考え方や目指す方向性が異なる先生と今後について話し合いをしなければいけない場面などで、マネジメントの難しさに直面していましたね。
イ:マネジメントは実際に人を雇用してみないと実践できないので、開業前にスキルアップするのが難しい分野だと思うのですが、そのあたりはどのようにお考えですか?
天野:おっしゃる通りだと思います。実際に開業してみると想像以上にやることがあって、やはり経験してみないと分からない部分が大きかったですね。
例えば「雇われ院長を経験するとよい」といった話もありますが、どこまでマネジメントや経営面に参画できるかはクリニックによって異なると思うので、裁量を持たせてもらえるなら経験してみるのもよいかもしれません。
イ:天野先生は産業医としての経験も豊富にお持ちですが、この経歴は開業する上で有益に働いたと思われますか?
天野:そうですね。僕は開業前から産業医をしていて、今も10社くらいと契約しているのですが、経営者の経験がある今のほうが上辺だけでなく本当に相手の立場を理解しようと耳を傾けられている気がします。その点においては、逆に開業した経験が産業医として有益に働いているという感じです。
人材のバランスと、集患のための宣伝の必要性
イ:開業後に「こうしておけばよかった」と感じたことや「今だったらこうする」と思われることはありますか?
天野:初めのうちはベテランのスタッフをもっと多めに配置すべきだったという反省点があります。
当院の開業時は、ベテランよりも若手の割合が多い状態でした。皆さん熱意があって積極的に意見も出してくれたのでよかったのですが、経験の豊富なスタッフが揃っていれば、立ち上げ時のアクシデントやトラブルをさらに抑えられたのではないかと思います。バランスが大事だと学ぶいい機会になりましたね。
ほかには、準備期間中にもう少し宣伝をしっかりしてから開業すればよかったという反省もあります。
開業医は、スタートアップ企業の社長のようなもの
イ:開業する際に特に気を付けるべきポイントがあればお聞かせいただけますか。
天野:医療以外の仕事が思っている以上にたくさんあるので、そこにもやりがいを見出しコミットする心構えが重要だと思います。
開業してしまえば、医師だからといって医療以外をやらなくてもいいわけではない。普通の会社のスタートアップなら営業も人事もSNS投稿も全部社長がやりますよね。当たり前といえば当たり前のことだと思うんです。
例えば当院では患者さまからLINEで問い合わせを多くいただくのですが、ある程度はスタッフに任せられたとしても、僕にしか返答できない内容もいっぱいあります。そういった細かなところへの対応も含めて、一つひとつに丁寧に取り組む姿勢が必要になるんじゃないでしょうか。
イ:これから開業したいと考えている先生が今のうちに学んでおくべきことがあればお聞かせ願えますか?
天野:先ほどもお話しましたが、経営的に成功しているクリニック、例えば多院展開しているようなクリニックで実際に働いてみることをお勧めしたいですね。
人気の高いクリニックのオペレーションを学ぶために、一度非常勤アルバイトで入ってみるとか。それなら今日、明日からでも始められますし、非常に有益だと思います。
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イーヘルスクリニック新宿院 院長 天野 方一 先生
埼玉医科大学卒業後、腎臓専門医や抗加齢医学専門医等の資格を取得。2018年9月よりハーバード大学公衆衛生大学院に留学。
2022年4月、イーヘルスクリニック新宿院を開院。院長として保険診療をメインに約3000件のオンライン診療の実績を持つ。
ドクタービジョン編集部
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