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多くの医師は臨床研修(初期研修)を修了した後、専門医取得のために専攻医(シニアレジデント)として専門研修(後期研修)を受けます。研修先の主な候補は、これまで「大学病院」か「市中病院」でしたが、新たな選択肢として「医師アカデミー」と呼ばれる研修システムが注目されています。
この記事では、東京都立病院が運営する医師アカデミー(東京医師アカデミー、以下「医師アカデミー」)の概要について詳しく紹介します。
執筆者:中山 博介
医師アカデミーとは
医師アカデミーとは、東京都立病院機構に属する14の都立病院が運営する研修システムです。「総合診療能力を備え、社会のニーズに応えた質の高い専門医を養成する」*1ことをコンセプトにした「組織的な後期臨床研修システム」*2として2008年から運営されています。内科や外科はもちろん、精神科や麻酔科など幅広い診療科に対応する新しい研修システムです。
臨床研修後、多くの医師は専攻医として研鑽を積みます。その研修先の主な候補は「大学病院」か「市中病院」でした。
大学病院は経験できる症例が豊富ですが、人手不足や低賃金といった課題を抱えています。一方で市中病院は比較的賃金に恵まれますが、施設によって経験できる症例の幅が狭い可能性があります。
医師アカデミーでは、各病院が独自に研修プログラムを運営するのではなく、複数の病院が相互に連携することで、より幅広く質の高い研修を受けられます。
開講以来、所属する医師は年々増加し、毎年300人余りの若手医師が集う人気を博しています。
より高度な専門研修や研究が行える「サブスペシャルティレジデント」や「クリニカル・フェロー」を目指すプログラムもあり、専攻医修了生や外部医師からも人気です(後述)。
医師アカデミー設立の背景
医師アカデミーが設立された背景には、下記が挙げられます。
②若手医師の育成強化
①都立病院の人員不足
2004年、アメリカのマッチング制度を参考に「臨床研修制度」が導入されました。
当時すでに勤務条件の厳しさから"勤務医離れ"の傾向は高まっていましたが、そこに臨床研修制度が導入された結果、それまで研修先の王道だった大学病院ではなく、給料やカリキュラム内容がより魅力的な市中病院で研修を受ける医師が急増します。
日本医師会によれば、この傾向は現在に至るまで続いており、とくに市中病院の医師数増加率は高い傾向にあります。
こうして全国の大学医局はマンパワー不足に陥り、医局から各地の市中病院に派遣されていた医師も、本院に引き揚げられるようになりました。
都立病院も同様で、派遣医師が引き揚げられたことで人員不足が深刻化しました。そこで、研修制度を魅力的に改変し研修医や専攻医を青田買いすることで、いずれは都立病院の職員として採用する仕組みを整えるなど、中長期的視点で医師確保を目指したのです。
野村恭子:我が国の医師不足問題:医師臨床研修制度と医師の人的医療資源の活用.日衛誌 66:22-28,2011
平成24年度事業評価表「東京医師アカデミーの運営」|東京都財務局
医師養成数増加後の医師数の変化について(日医総研リサーチ・レポート No.126)|日本医師会総合政策研究機構
②若手医師の育成強化
医師アカデミー設立の背景には、若手医師の育成強化という目的も挙げられます。
上述のとおり大学への医師引き揚げによって人員が不足する事態となった都立病院では、とくに中堅医師が手薄となったため、若手医師の教育・育成が急務でした。
研修中に経験できる医療の幅や質は、その施設の規模や地域性・病床数などによって規定されてしまうため、単一の都立病院では研修の質に限界があります。そこで、都立病院全体で連携し、7,200床にのぼる総病床数を生かして、幅広く質の高い医療を経験できるようにするために「医師アカデミー」を設立したのです。
医師アカデミーの概要
医師アカデミーでは、より質の高い医師の育成を目指して、3つの研修カテゴリを設けています。
- シニアレジデント
- サブスペシャルティレジデント
- クリニカル・フェロー
1.シニアレジデント
臨床研修修了後の医師が、新専門医制度における専門医取得を目指す研修、すなわち「専攻医」取得のための専門研修(後期研修)コースです。
新専門医制度で定められている「14領域46プログラム」(2023年6月現在)に対応しており、内科や外科はもちろんのこと、精神科・麻酔科・放射線科などのいわゆるマイナー診療科でも専門医取得を目指せます。
シニアレジデントとは?|東京都立病院機構 東京医師アカデミー
シニアレジデントコース一覧|東京都立病院機構 東京医師アカデミー
専門医認定・更新基準(基本領域学会一覧)|日本専門医機構
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2.サブスペシャルティレジデント
基本領域の専門研修修了後、サブスペシャルティ領域の専門医取得を目指すための研修コースです。
たとえば、内科専門医取得後に、消化器内科や循環器内科、呼吸器内科などのサブスペシャルティコースを選んで、専門医取得を目指します。
院内では専攻医(シニアレジデント)や研修医(ジュニアレジデント)の育成、指導医の補佐など、指導的役割も求められます。
3.クリニカル・フェロー
すでに専門医を取得あるいは受験資格を持つ医師が、高度専門医療を修得するための研修コースです。高度な臨床経験はもちろんのこと、国内外の最先端医療機関への派遣や学位取得も推奨されています。
募集されるコースは毎年異なり、2024年4月からは「循環器不整脈」、「腎移植内科医養成」、「小児血液・腫瘍修練」の3コースが用意されています。
医師アカデミーで研修を受けるメリット
臨床研修修了後の医師にとって、大学病院と市中病院の両方のメリットを併せ持つ医師アカデミーは第3の選択肢となります。現時点では東京都立病院独自のシステムですが、全国から若手医師が集まっているようです。
ここでは、医師アカデミーのメリットを3つ紹介します。
非常勤先を自分で選べる
非常勤先を自分で選べる点が、医師アカデミーの魅力の一つです。
大学病院の場合は、地域の医療基盤を安定させるためにも、関連機関に医師を派遣する必要があります。所属医師は医局の指示に従う必要があるため、自分で非常勤先を選ぶことが難しく、遠方や低賃金の医療機関に派遣されることも少なくありません。
これは非常勤先の選択だけに留まらず、常勤先も医局の指示で決まります。筆者も数年置きに転勤や引っ越しを繰り返す医局員を数多く見てきました。
一方で、医師アカデミーでは常勤先はもちろんのこと、非常勤先を自分で選ぶことができるため、自分のニーズに合った病院での研修がかないます。
実際に入職する病院や診療科の状況によっては自由に選ぶことができない可能性もあるため、入職前に確認できると良いでしょう。
幅広い医療を経験できる
市中病院では、すべての診療科がそろっていることは多くなく、経験できる医療の幅は限定的です。
実際に市中病院の麻酔科で研鑽を積んだ筆者の場合、産科や脳神経外科・小児科のない医療機関であったため、これらの科の麻酔を日常的に経験する機会はありませんでした。
サブスペシャルティ領域である集中治療や緩和ケアもその病院は対応していなかったため、取得のためには転職が必要でした。
その点、医師アカデミーでは、都立病院間はもちろんのこと、必要に応じて都立病院以外の国内外の医療機関でも研修を行えるため、より幅広い医療を経験できます。医師としてのキャリア形成において、この上ない環境と言えるでしょう。
大学病院より高い給料を望める
過去に深刻な人員不足を経験した都立病院では、2006年ごろから給料や宿日直手当の改善を進め、2008年には産科医を中心にさらなる賃上げを実施するなど、新規雇用による人材確保に努めてきました。
2024年4月時点で公表されている専攻医1年目の給料は、月額約40万円(月20日勤務で宿日直を除いた場合)*3。年額にすると約480万円です。
一見低く感じるかもしれませんが、この基本給のほかに宿日直代(1回20,000円)・賞与・交通費の支給、都内宿舎の用意なども別途あるため、給与水準の低い大学病院よりは高待遇を望めるでしょう。
医師アカデミーの注意点
メリットだけでなく、注意点についてもご紹介します。入職を検討される方は事前に把握しておきましょう。
3カ月間のER研修がある
内科系・外科系コースのシニアレジデントは「ER研修」が必修です。医師アカデミーの目標の一つに「ER診療等において多様な症例を経験することで総合診療能力を身につける」とあり、その目標到達に直結するプログラムと考えられます。
1年次の7月~2年次6月までの1年間のうち3カ月間、広尾病院(渋谷区)・墨東病院(墨田区)・多摩総合医療センター(府中市)の3病院のいずれかでER研修を経験する必要があります。どの期間にどの病院で研修するかは病院側が決めるため、自身で決めることはできません。
ER研修が貴重な経験になることは間違いありませんが、期間が3カ月間あることはあらかじめ知っておいた方が良いでしょう。
診療科が限られる
先述のとおり、日本専門医機構が定めている19の基本領域のうち、医師アカデミーでは14領域しかカバーできません。眼科・脳神経外科・形成外科・臨床検査・リハビリテーション科の研修プログラムは用意されていないため、注意が必要です。
サブスペシャルティレジデントやクリニカル・フェロープログラムで用意されているコースが年度によって異なることにも注意が必要です。受講したいコースがあるかどうか事前にチェックしましょう。
医員採用を約束する制度ではない
若手医師を育成し、中長期的に医員を確保することを目的とする医師アカデミーですが、必ずしも医員採用が約束されているわけではありません。
各コースはエレベーター式に自動で昇進していく仕組みではなく、それぞれ公募・選考を行う形式です。コース修了後、医員になるためには改めて選考を受ける必要があり、進む診療科の人員などによっては希望が通らない可能性もあります。
研修修了後の進路については、外部の医療機関も含めて事前に十分検討しておく必要があるでしょう。
まとめ
東京都立病院機構の運営する医師アカデミーについて詳しく紹介しました。大学病院では業務量に対して給料が低く、市中病院では経験できる医療の質が病院の規模に左右されるなどどちらにも不安を覚える方にとって、まさに"いいとこ取り"ができる医師アカデミーは選択肢の一つとなるのではないでしょうか。
一方で、医師アカデミーはすべての診療科に対応しているわけではなく、医員として都立病院に残ることが保証されているわけでもありません。自身の理想的なキャリア形成と照らし合わせて、慎重に判断する必要があるでしょう。この記事がその一助となれば幸いです。
ごあいさつ||東京都立病院機構 東京医師アカデミー(*1)
医師アカデミーとは?|東京都立病院機構 東京医師アカデミー(*2)
都立病院における医師確保総合対策(案)について|日本産科婦人科学会
勤務条件|東京医師アカデミー(*3)
令和4年賃金構造基本統計調査|厚生労働省(*4)
25~29歳の医師のデータからおおよその年収を算出(「きまって支給する現金給与額」×12+「年間賞与その他特別給与額」)
よくあるご質問|東京都立病院機構 東京医師アカデミー新たな病院運営改革ビジョン~大都市東京を医療で支え続けるために~|東京都病院経営本部
執筆者:中山 博介
神奈川県の急性期病院にて、臨床医として日々研鑽を積みながら医療に従事。専門は麻酔科であり、心臓血管外科や脳神経外科・産婦人科など幅広い手術の麻酔業務を主に担当している。
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