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年々ニーズが高まっている在宅医療。しかし、主な勤務場所としてこれまで病院で勤務してきた医師からすれば、病院医療との違いに戸惑いを感じる方は多いかもしれません。愛知県にある医療法人青嶺会の木の香往診クリニック理事長・佐竹重彦先生は、在宅医として働くうえで、病院医療との違いを認識し、周囲とうまく関わっていくことが大切だと考えています。
今回は、佐竹理事長が在宅医療を始めたきっかけ、病院医療と在宅医療を経験して実感した相違点、在宅医療の現場に適している人物像について伺いました。
木の香往診クリニック理事長・佐竹重彦先生
佐賀医科大学(現:佐賀大学医学部)を卒業後、熊本大学病院第二内科へ入局。2004年に沖縄県立中部病院・北部病院にて急性期疾患を中心とした内科全般に従事。2007年に愛知県の訪問診療クリニックにて在宅医療に携わり、2010年に木の香往診クリニックを開業。
佐竹理事長が在宅医療をはじめたきっかけ
本日はよろしくお願いします。早速ですが、佐竹理事長は在宅医として勤務される前は、救急医療の現場で働かれていたと伺いました。そこから佐竹理事長が在宅医療を始めたきっかけをお聞かせください。
医師になって3年目を終えたとき、救急車が来ても全く自信がなく、対応できない自分に「このままでいいのだろうか」という思いがありました。状況を変えるために救急疾患もふくめ、ジェネラリストとしての経験を積みたいと考え、沖縄県にある急性期病院に移籍し、内科急性期疾患を全般的に診療してきました。
そのまま沖縄にいる選択肢ももちろんありましたが、「新しいことにチャレンジしたい」という気持ちも芽生えてきた頃、ある方から「佐竹先生は在宅医療に向いているのでは」とアドバイスされ、それをきっかけに在宅医療の世界に足を踏み入れました。
お知り合いからのアドバイスがきっかけだったのですね。
そうですね。当時は今よりも在宅医療の知名度も低くて、私自身入職後のイメージがしっかりとあるわけではなかったので、「未知の世界だけど、内科全般的に診療してきた経験がきっと役に立つはずだ」という思いで飛び込みました。ところが実際に経験してみると、やはり苦悩することも数多くありました。
どのような苦労があったのでしょうか。詳しくお聞かせください。
在宅医療の現場は、病院よりも人的、物理的な医療資源が少なく、今まで当たり前と思っていたやり方で進めようとすると様々な支障が出てきました。在宅医療には幅広く問題点を拾いやすいという利点がありますが、逆に「どうしてこんなに何も介入できないんだろう」と壁にぶつかりました。
この答えの一つとして、私の診療に対するこだわりやこうあるべきという考えが強かったのだと思います。その背景として病院医療と在宅医療においての目的の違いという論点があると思います。急性期の病院医療では医学的な寛解と治癒を目指し、医療資源の範囲で最大の選択肢を実施することがほとんどです。対して在宅医療では、患者さまとご家族から、「家族がやりやすい方法にしてほしい」「無理なく家でできる範囲でいいです」といったご要望をいただく機会も少なくありません。そうすると「そもそもこれまで当然のようにやってきたやり方での診断や治療は、本当に優先されることなのか?」と疑問が生まれました。
在宅医療は、在宅という条件下でスムーズにできることをふまえ、起こるであろう事態を予測し、患者さまが何を望んでいるかを把握して最良の方法を提案し、どこまでができてその結果はどうなるのかを説明するという仕事です。つまり在宅医療とは、在宅における医療資源を理解し、患者さまやご家族の意向を捉え、治療や処置の選択肢を与え提案しながら、患者さまにとってよりよい環境を関わる人たちと全員で一緒に作っていくことなのです。
周囲から得る学びが「成長」につながる
木の香往診クリニックの特徴や強みについてお聞かせください。
スタッフ同士はお互いをリスペクトし、連携や協力が必要なときは助け合う風土があります。診療や患者さまとのやり取りでなにか困った事があれば周囲がフォローしますし、反対にわからないことが出てきても話しやすい雰囲気がクリニック全体にありますね。
当院では主治医以外の患者さまの診療を診る機会が数多くあります。そのメリットとして主治医としても気づかなかった点を見つけたり、他の専門の医師の視点や考えを学ぶなど本人の成長の場にもなります。
馴れ合いにならずにお互いに協力し合う姿勢といったところは組織文化としてある程度醸成していて、バランスが取れていると思います。
なるほど。「教育」という観点で、医療者間の距離感や話し合いの場を重視されているのですね。
はい。医療者間の情報共有やディスカッションは重要視していることの一つです。在宅医療では、介入が必要な問題は毎日発生します。そうした問題や検討・見直しが必要なことは朝のカンファレンスで拾い上げてフィードバックをしたり、参加者全員で意見を出し合ったりしています。
自分だけで経験して一つひとつ学んでいくことも大切ですが、人から学び得られることも多くあります。医師として働いていると、なかなか人から意見をもらったり学んだりする機会は少ないので、そうした在宅医療の実践とフィードバックは何よりの学びになるのではないでしょうか。
とくに木の香往診クリニックでは、様々な診療科の先生が在籍されていると伺っています。そうした面からも、スタッフ間での連携がスムーズだと学べることは多そうですね。
そうですね。それから特徴というなら、医師に求められる仕事に専念できる環境が整っていることも当院の特徴です。「看護師が様々な診療に関わる運用をマネージして、医師は診療行為や説明など本来の医師に特化した仕事に専念する」という院内での役割分担と分業が明確なので、医師がなんでもやるということはありません。
在宅医療は患者さまの望む「その先」をデザインする
佐竹理事長が考える、在宅医療のやりがいについてお聞かせください。
医療的な制限はあっても、やはり「家で療養したい」と考えている患者さまは多いんですよね。ですから、医師として患者さまの痛みを和らげて苦痛を緩和できたり、あるいは患者さまやご家族から「望んだ最期を迎えられた」と聞いたりしたときに、「よかった」という医療従事者として自然な気持ちが湧き上がってきます。
たとえばご自宅で最期を迎えたい癌末期の方を考えてみましょう。しっかり痛みや苦痛を緩和できているか?という基本的な課題は癌末期診療において最重要です。痛みの程度や対処方法など日々フォローしながら調節していく、それがうまく行ったとき、その提供できた価値を実感できます。また最期に近くなると病状の変化は速くなっていきます。予測した病状を説明し、実際の対応や説明ができること、これがどれだけ安心感を与えられるか、ということも医師として提供できる重要な価値だと感じます。
患者さまが望んだ療養生活を医師としてサポートできたと感じられたときに、やりがいを感じられるのですね。
そうですね。そのためにはある程度のスキル向上は必要になってきます。これらの価値をしっかり提供できるためのスキルは、まさしく実践でトレーニング、フィードバックしながら獲得するものだと思っています。
在宅医療は対応する領域が広いこともあり、初めて診る病気の患者さまを担当することも多いです。他の医師が担当した症例と対応を見聞きすることで、「在宅医療では、こういうことを予測して診療するのか」「こんなピットフォールがあるのか」と新しい発見もあるでしょう。
医療以外でも、たとえば患者さまとご家族への対応、安心させるような話し方など学ぶことはたくさんあるので、成長曲線で考えた場合の伸びしろは大いにあると思います。
在宅医療の現場で重要なのは「許容」と「柔軟性」
佐竹理事長が考える、在宅医療に向いている医師の特徴について詳しくお聞かせください。
第一に患者さまやご家族に「感じのよい人だな」と思ってもらえる対応ができる方が在宅医療に向いている医師だと思います。たとえば会話中に、うなずきやアイコンタクトがあるのとないのでは、相手に与える印象は大きく変わります。相手の受け止め方を想像しながら、「どんな言い方をすれば相手に感じが良いと思ってもらえるか」を意識できる人なのかどうかは、とても大切な要素だと思います。
とはいえ、丁寧すぎる対応にこだわる必要はないと思います。「この先生なら何を話しても大丈夫」という心地よさを感じてもらえるような安心感を与えることが大事です。
話しやすい医師であるために、佐竹理事長が「これは欠かせない」と考えている要素はありますか?
相手に無理のない選択肢を提示するという点もですが、その元になるスタンスとして「こだわりすぎないこと」です。許容や柔軟性はとても大切です。たとえば緊急性がまったくないにも関わらず、エビデンスではこちらのほうが良いからと言って、これまで前医から処方された飲み慣れた薬をすぐにでも変更しようとしたら、患者さまはどのように感じるでしょうか。患者さまによってはこれまでの関係性を無視されたとして萎縮してしまうかもしれないし、窮屈に感じてしまうかもしれません。関係性が構築された後に「この薬でもいいけど、もしよければそのうち考えましょうか」と言われた方が、患者さまは安心できるでしょう。
結局、許容と柔軟性については自分が正しい、間違っていないという前提を絶対的に考えず、軌道修正できる謙虚さがあることだと思います。その許容や柔軟性をもって対応できることが、さまざまなスキルや経験よりも優先度が高いと思っています。
なるほど。確かにその通りですね。
はい。それからこの許容と柔軟性という要素は、対患者さま以外の訪問看護や介護士の方などにも当てはまります。在宅医療では自分がいる組織外の方とのやりとりが多いものです。しかし、職種の違いもありますが、これまでの病院での経験と在宅の場での経験という点でも違うので、意見の違いが出てくることもあります。
医師という職種の絶対性を優先して自身の意見を通すことは簡単です。しかしながらその方々も在宅医療を経験してきたうえでの意見なので、妥当性があるかもしれないわけです。さらに「患者さまが安心して生活できるようにサポートをする」という同じ目的をもっている仲間なので、許容や柔軟性はとても重要だと考えています。とはいえすべて許容しましょうということでもなく、やはりできないことはできないと誠意をもって寄り添っていく姿勢があるといいと思います。
在宅医療は医師としての適度なキャリアがあってこそ「喜び」と「深み」を感じられる
職種や立場が違えば、ものの見方や考え方は自ずと異なると思います。「許容」と「柔軟性」をもって接するのは、とても大切な要素だと思います。
そうですね。...ただそうは言っても、私自身も許容や柔軟性よりも自身のこだわりやプライドを優先してきたことでたくさん失敗を経験しています。「あー、これは感情的になってしまったな」「こうしたほうがよかったな」などと自分にも言い聞かせ、診療メンバーにも自身の失敗談を含めお話しすることもあります。
ただ実際、そんなに難しいことは要求されないと思います。当院には、在宅医療未経験からスタートした医師や、診療科も専門以外という医師も多く在籍しています。これまでお話したマインドセットに違和感がなければ当院での在宅医療に「合っている」先生だと思います。
それでは最後に、在宅医療に挑戦したいと考えている医師へ向けて佐竹理事長からメッセージをお願いします。
在宅医療には、これまで培ってきた病院での臨床経験を生かし、さらにそこから医師としての幅や視野を広げることのできる環境が整っています。専門以外の医学的なスキルもそうですが、まさに運用・実践の学びが多くあります。臨床経験を積んで医師として一定の自信がついてきたとき、「これからのキャリアをどうしようかな」と考えるタイミングがきっとやってくるでしょう。
そのときに、今いる環境が「何か違うな」「違う経験がしたいな」と感じている方がいたら、ぜひ飛び込んでみてほしいですね。当院にはたくさんの先生方が在籍していますが、私の経験上、これまで述べたような当院の考え方に違和感なく賛同できれば気軽に飛び込んでも問題ありません。徐々に自信もついてきて、のびのびと診療されています。
医学生・医師の方向け 在宅医療の今、未来
ドクタービジョン編集部
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