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在宅医療を受けたことがある方の数は、年を追うごとに増加傾向にあります。世間からのニーズが高まっていることに加え、在宅医療に対するイメージも相まって、在宅医療に興味を持つ医師も増えています。
渡邉寛宣理事長はご自身の経験から、「医師の本分は救命もさることながら、看取りも大きな柱である」と考え、医師として研鑽を積んだのち、福岡市博多区に医療法人寛惠会を立ち上げ、医科・歯科・在宅医療(内科・歯科)を展開しています。
在宅医療のリアル、在宅医療の現場で求められる人材像とはどのようなものか。渡邉理事長にじっくりと伺いました。
医療法人寛惠会理事長・渡邉寛宣氏
熊本大学卒業後、内科医として大学病院・市中病院へ勤務。その後、介護老人保護施設の施設長などを経て、2014年にがんこクリニックを開院。
肉親の死がきっかけで気づいた看取りの重要性
本日は宜しくお願いいたします。早速ですが、渡邉理事長が在宅医療に興味を持たれた経緯をお聞かせください。
肉親の死を立て続けに経験したことが大きいですね。医学部生になってすぐのころ、実父が脳出血で急死しました。当時、担当医から説明を受けたのですが、内容と対応にいくつか思うところがありました。その後、医学部生として学んでいくうちに、根本的に治療可能な病気というのは意外と少ないということを知りました。「多くの病気は、医師に相談すれば治せるのでは」と思っていた当時の私にとって、これは衝撃的な出来事でした。
医学部卒業も近くなり進路を考えるタイミングにさしかかったころ、今度はおじが膵臓がんで亡くなりました。親しい肉親が病気でなくなったのを目の当たりにして、「どれだけ手を尽くしても、人はいつか最期を迎える。そうすると医師にとって、治療や救命もさることながら看取りもとても大切な使命といえるのではないか」という考えを持つようになりました。
医学部卒業後、すぐに在宅医療の道を志したのですか?
在宅医療にも興味はあったのですが、その前にホスピスに対する興味を持ちました。しかし、「他の領域を知って知見が広がると考えが変わるかもしれない。まずは内科医として全身を診れるよう励んで、ホスピスへの思いが変わらなかったら方針転換しよう」と考え、卒業後は内科医として、大学病院や市中病院で経験を積みました。
医師としての経験を重ねていくうちに、研究よりも人と直接関われる仕事の方が自分には向いていると感じ、当時の上司だった先生たちに「ホスピスで経験を積みたい」と相談したんです。なぜホスピスを選んだのかというと、当時はホスピスが患者さまの最も主体的になれる場所だったからです。結果的に、病院やホスピスで得た経験が、訪問診療や在宅医療の患者さまにとっても主体の医療が大切なのだとより実感することにつながりました。
組織としてのスケールメリットをいかすことでオフはしっかり休める環境を実現
渡邉理事長が考える在宅医療のやりがいとはどのようなものでしょうか。
強いて言うなら、医療を受ける側である患者さまとご家族、医療を提供する私たちがそれぞれ思っていることを伝え合い、意見をすり合わせ解決策を考えることですね。
少し補足すると、以前は「医療は医療者主体で行うもの」という風潮が強く、患者さまが自分の意志を担当医に伝えるのはハードルが高いことでした。以前から患者さま主体の医療を提供したいと考えていましたが、だからといって全て患者さまが思う通りの医療を提供すれば良いということではありません。お互いが考えていることとできることを伝え合い、患者さまに納得してもらえる医療を提供する。反対に、患者さまの要望を聞き、条件が整っていて医師も対応や責任を取る覚悟ができる内容なら、その方法を選択しようというイメージですね。
ただこれは、在宅医療ならではのやりがいというよりも、医療におけるやりがいであるべきだと考えています。「せっかく受診したのに、じっくり時間をかけて診てもらえない」というご意見をいただいた経験がある医師は多いのではないでしょうか。この問題は、病院やクリニックだけでなく、24時間365日対応が求められる在宅医療の現場でも抱えています。在宅医療に本気で取り組もうとするほど、毎回1人に対して30〜40分も時間をかけて診療することの難易度の高さがわかるようになり、どうやって時間を捻出しようか知恵を出し合うことにつながります。
「24時間365日体制」は在宅医療を考える上で切り離せないキーワードだと思います。渡邉理事長と一緒に活躍されている医師の皆さまは、どのようにオンとオフを切り替えているのかお聞かせください。
私たちのグループでは、所属する医師と看護師全員が情報を共有可能なシステムを導入しています。主治医制にすると、医師が休みを取りにくくなってしまうため、「個人」ではなく「集団」であることのメリットを活かしました。
待機(オンコール及び往診対応等の業務)は月に数回お願いしていますが、それ以外は余程のことがない限りオフの医師に連絡することはないですね。普段は忙しいから、オフではしっかりリフレッシュしてもらっていますね。
「在宅医療は休めない」というイメージもあるなかで、すごいですね!詳しくお聞かせいただけますか?
現場では情報共有を徹底しています。診療時に本人や家族から得た情報はすぐに電子カルテに入力し、必要に応じて電話やチャットなどを利用することで、リアルタイムでの情報共有が可能になりました。
必要な際は介護施設に毎日訪問できるようにスケジュール組みを工夫して、問題がある方の有無を確認すると同時に、施設で働くスタッフの方たちとの連携もより強固にしています。施設のスタッフの方たちからすると、今日医師に伝え忘れてしまった内容があっても翌日伝えればいいので、伝達の負担を減らすことにつながるのです。
私たちとしても、日勤帯のうちに関係各所との情報共有がしっかりなされていると、事前にわかる範囲で急変を起こしそうな方への対策を講じることができます。できる範囲のこと一つひとつを工夫することで患者さまも私たちも夜間休める時間が増えますし、いざ「その時」を迎えても焦らずに済みます。
患者さまと誠実に向き合い最善の医療を提供するためにも「がんこ」にこだわる
在宅医療においてどの程度まで医療サービスを提供すべきなのか、不安や疑問を抱く医師も少なくないです。渡邉先生のお考えをお聞かせいただけますか。
医療従事者がやりたい医療を提供するのではなく、患者さまがどこまでしてほしいのか見極めることが重要です。そのうえで、たとえ患者さまが望んでいることでも何でも引き受けるのではなく、できることとできないことを細かく説明しています。
厳しいご意見をいただくこともありますが、それを説明することは患者さまとご家族のためでもあります。患者さまや家族と医療従事者の認識がズレた状況で本来なら病院でするような処置を望まれて実施しても、万が一トラブルが生じた際に「こんなはずじゃなかった...」と不幸になるのは、患者さまやご家族です。
在宅医療を受けている患者さまが自宅で喀血した場合、病院や施設であればナースコールを押してすぐ対応してもらえますが、在宅医療では医師と看護師が到着するまでのタイムラグが生じます。なので、「想像しなかったことが起きて、でも自分たちではどうにもできない状態をそのまま見れますか?」と説明して、ご家族にも理解を促すことがあります。
在宅医療を提供する医療機関として「できない」とお伝えするのは格好悪いことかもしれません。ですが、たとえ言いにくいことでも患者さまのことを考えて本当のことをお伝えして対応を一緒に考えることが、思いやりであり優しさだと思うのです。
在宅医療で欠かせないのはコミュニケーション能力と温かさ
在宅医療では患者さまがお住まいの個人宅に訪問される機会も多いですよね。在宅医療に慣れていない医師にとって個人宅訪問はハードルが高いと思うのですが、慣れるためのコツや注意点などはあるのでしょうか。
難しい質問ですね。いろいろありますが、やはり一番は医療機関とご自宅など療養先では患者さまが見せる顔は全く異なるのを理解することではないでしょうか。患者さまにとって、医療機関はアウェイ、ご自宅など療養先はホームです。仮に病院やクリニックでは患者さまを予約の時間から1時間お待たせしてもなんとか許していただけることが多いですが、同じことを在宅医療でやると多くの場合お叱りの言葉をいただきます。
在宅診療では、訪問先の方たちから頭からつま先、対応も含めて文字通り「品定め」されます。約束の時間に遅れそうなら事前に連絡して、少しでも遅れたらこちらから率先して謝れること。突き詰めると、医師である前に人としていかに謙虚かつ真摯な姿勢を維持できるかが在宅医療では特に求められる要素でしょう。
慣れるためのコツとは少し異なりますが、在宅医療は想像以上に話題の引き出しの多さや柔軟な対応力が求められます。今までの生き方や過ごし方が如実に反映される部分ですので、「今までの経験が、これからの自分を作る」と意識して自分の武器を増やすようにすると、将来役立つかもしれません。
渡邉理事長から見て、どのような医師が在宅医療に向いていると思いますか?
コミュニケーション能力が高い方ですね。在宅医療はコミュニケーションから始まるため、必須の能力と言えるでしょう。関連する要素として、人としての温かみを感じられることも重要ですね。同じ内容の注意をしても、温かみを感じられる方とそうでない方では、患者さまが受け取る印象も異なってしまうからです。在宅医療では認知症の方とお会いする機会も多いので、「理由はわからないけれど、この人は自分に対して害のある人ではない」と患者さまに感じとってもらえるようなイメージを想像してください。
他にも欠かせない要素として、在宅医療に対して明確な目的意識を持っていること、つまり「どうして自分は在宅医療をしたいのか、在宅医療の現場で成し遂げたいことは何か」、より突っ込んだ言い方をすると「在宅医療の現場で働くことで、人としてどうなりたいのか」まで自分なりにしっかり考えて目標を立てている方です。在宅医療は本気でやろうとするほど、苦しい場面に何度も直面します。しかし一方で、世間では「在宅医療は楽をできる現場」というイメージも持たれていて、そういった理由で在宅医療に興味を持つ医師もいます。きっかけは人それぞれでも目的意識がしっかりしていないと、いざ在宅医療の現場に立って「こんなはずではなかった」とショックを受けて、心が折れてしまいかねません。
人間力を高めたいと考えている方にとって、在宅医療と訪問の現場は病院勤務とはまた違った体験を、これでもかというくらい体験できる場所です。できること・できないこと・周辺要因などを考慮しながら、その患者さまにとってバランスのよい解を導き出すためにも、目的意識を持つことは大切だと考えています。
「眼科や皮膚科でも在宅医療に挑戦できますか」と質問をいただくことがありますが、ある程度の規模の医療機関なら教育体制とノウハウが確立しているため、希望する在宅医療機関に確認されることをおすすめします。
在宅医療の道へ進んだ場合、将来考えられるキャリアプランについてお聞かせください。
在宅医として第一線で活躍し続けることもそうですが、在宅医療の現場を経験することで、福祉や介護など医療と密接に関連する分野への関心が高まってくるかもしれません。在宅医療で診るのは、患者さまの病気だけではありません。患者さまの生活環境、家族構成と背景、福祉、介護、社会保険制度など、病院で勤務しているとなかなか見えにくい分野の要素がちりばめられているため、今まで感じなかった問題を感じるようになる機会が増えるからです。そうやってさまざまな観点を俯瞰的に捉えて、バランスのよさを「がんこ」に追求することが大切だと思います。
現在在宅医療に携わっている方だけでなく、これから在宅医療にチャレンジしたいと考えている方には、ぜひ25年先を見据えたキャリア形成を検討していただきたいです。日本では高齢化が進行しており、高齢者を対象にした内容を提供する在宅医療機関が多くなっています。5年、10年、15年もすると人口動態と在宅医療へのニーズも変化しますので、「将来どのような悩みを抱える方が在宅医療を希望するのか」考え対応していくことが重要です。
医師と医療法人の代表それぞれの立場からお話を聞かせていただき、ありがとうございました。最後に、在宅医療に挑戦したいと考えている医師に向けて、メッセージをお願いいたします。
在宅医療は今まで想像すらできなかったような出来事が、当たり前のように起こる世界です。とても興味深いことばかりで、人間としての深みを増していくような経験を否応なくしていくことになります。
人間力を高めたい方はもちろん、在宅医療に対する目的意識がある方にはぜひともチャレンジしていただきたいです。これからの在宅医療を一緒に考え、盛り上げていきましょう。
医学生・医師の方向け 在宅医療の今、未来
ドクタービジョン編集部
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