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厚生労働省が推進する「働き方改革」に伴い、2019年から時間外労働の上限規制が定められるようになりました。2024年4月からは医師にも適応されることが決まっています。
そのようななか、長時間労働を課せられがちな初期臨床研修医の夜間業務に「ナイトフロート」制度を導入する医療機関が増えつつあります。今回は今後日本でも広がっていくと考えられるナイトフロート制度について詳しく解説します。
「ナイトフロート」制度とは?
ナイトフロート制度は、初期臨床研修医の長時間労働を是正する目的でアメリカで導入されました。1週間~1か月ほど夜間業務に専念する期間を設け、その間は日中の勤務が免除されるという制度です。
通常、研修医は当直などの夜間業務を行った翌日も、平常の日中業務を行います。そのため、36時間ほどの連続勤務が課されることが常態化していました。しかし、このような長時間労働は精神的・肉体的な疲労を引き起こし、効率的な臨床研修ができなくなることが懸念されます。そればかりか、ちょっとしたミスを起こしやすくなり、医療安全にも支障をきたす可能性も決して低くありません。
ナイトフロート制度を導入する医療機関では日中の業務が免除となるため、夜間業務を担当する期間にある研修医は、連続した長時間勤務を避けることができます。また、夜間業務を担当する期間にない研修医たちも夜間業務に就く必要がないため、日中業務や自学にゆとりをもって取り組むことが可能となるのです。
「ナイトフロート」制度ができた背景
ナイトフロート制度は、2003年にアメリカで取り入れられた取り組みです。1980年代、アメリカで36時間の連続勤務をしていた研修医が起こした医療事故によって、担当患者が死に至る事件が発生しました。この事件を契機に、アメリカでは研修医の長時間労働による過労は様々なミスを引き起こし、最終的には医療事故につながるリスクが高くなることが指摘されました。
その後、研修医の勤務時間制限を定めるべきとする動きはますます加速。1989年にはニューヨーク州で研修医の労働時間制限に関する法律がはじめて制定されました。そして、専門家が様々な議論を繰り返した結果、2003年には全米の研修プログラムに研修医の長時間労働を是正する要件が導入され、ナイトフロート制度を取り入れる医療機関が急激に増加したのです。
日本国内でもナイトフロート制度を導入する医療機関は増えています。2014年には沖縄県立中部病院で2年目研修医の内科救急においてナイトフロート制度が導入され、2017年には手稲渓仁会病院でも1か月のナイトフロートを年2回経験させる取り組みが行われています。
「ナイトフロート」制度導入によるメリット
「一極集中」型の夜間業務を担うことで労働時間を大幅に短縮できるナイトフロート制度ですが、この制度にはそのほかにどのようなメリットがあるのでしょうか?詳しく見てみましょう。
研修医の満足度向上
ナイトフロート制度の大きなメリットのひとつは、ゆとりある勤務が実現できることです。 初期研修医は医師としての即戦力を求められる場面も多々ありますが、医師法では「臨床研修に専念し、その資質の向上を図るように努めなければならない」と定められています。患者さまに対応する経験も大切ですが、足りない知識や最新の知見を補うための自己研鑽に要する時間も必要です。
36時間以上の連続勤務が日常化した研修医は、自己研鑽の時間を十分に持つことができず、さらに余暇もないため精神的・肉体的に困憊するケースも少なくありません。ナイトフロート制度が導入されると自由に使える時間も増えるため、研修医の満足度も向上し、より効果的な臨床研修を行えると考えられます。
研修医の負担軽減
ナイトフロート制度の導入は、長時間の連続勤務を避け、心身の負担を軽減することにもつながります。心身の疲れは臨床研修の効率を下げるだけでなく、医療事故のきっかけとなるケースも少なくありません。研修医にとってのメリットだけでなく、医療安全の観点では医療機関や患者さまにもナイトフロート制度の導入は大きなメリットとなるでしょう。
研修内容の充実
ナイトフロート制度を導入している医療機関によれば、夜間業務と日中業務を担う期間を明確に分けることで、それぞれの業務への集中度がアップし、結果的に研修内容が充実すると声が上がっています。ナイトフロート制度を導入している手稲渓仁会病院では、初期研修医1人当たりの夜間救急外来における記載カルテ件数は約2倍になったとのこと。
また、医療機関によっては研修医同士の当直回数に差があるケースもあり、ナイトフロート制度を導入することですべての研修医が等しい臨床経験を持てるようになるメリットもあります。
研修医の実践力向上
夜間の救急外来は、日中の外来や病棟管理などではほぼ使うことのないスキルを求められる機会が多々あります。とくに、急変患者や重症外傷患者などの対応スキルは、夜間の救急外来などを熟していくことで身につくといっても過言ではありません。多くの急変・重症患者に対応する機会が増え、まさに「短期集中」で効率的に対応スキルを磨けるとされています。
「ナイトフロート」制度導入によるデメリット
先に紹介したように、ナイトフロート制度には様々なメリットがあります。とは言うものの、少なからずデメリットもあり、導入が困難な医療機関も少なくありません。最後に、ナイトフロート制度にはどのようなデメリットがあるのかを詳しく見てみましょう。
引継ぎの問題
ナイトフロート制度では、夜間帯に来院した患者さまは担当する研修医が対応し、さらに入院が必要な患者さまは翌朝まで管理を任されることになります。通常の勤務であれば、翌日もそのまま日中勤務に移行するため、患者さまの管理を続けるのが一般的な流れ。一方で、ナイトフロート制度では翌朝からの日中業務は課されないため、夜間帯の患者さまに関しては、日中業務の担当医に引継ぎを行わなければなりません。
多数の患者さまが夜間に来院する医療機関では、この「引継ぎ」に時間がかかり、スタッフの大きな負担になることが指摘されています。
正規教育が不足する
夜間業務を担う期間は指導医と接する機会が少なくなるため、研修医への正規教育が不足すると懸念されています。医療機関によって異なりますが、夜間帯は2年目研修医が単独で患者さまの対応に当たるケースも多く、誤った診断や治療をしても指摘する指導医がいません。そのため、自身の過ちに気付かないこともあると考えられます。また、外科手技などの指導を受ける機会が少なくなることも問題視されています。
昼夜逆転
ナイトフロート制度は長時間労働を是正して、研修医の心身の負担を軽減することを目的とする制度です。しかし、夜間業務を担う期間は昼夜逆転の生活になるため、心身の健康を害する可能性も指摘されています。一度昼夜逆転した生活を元に戻すのには困難をともない、夜間業務の期間が修了した後に、いわゆる「時差ぼけ」のような状態になることで日中業務に支障をきたす可能性もゼロではないでしょう。アメリカの研修プログラムでは、夜間業務を担う期間は6週間未満とされていますが、夜間業務を担う期間については慎重な検討が必要となります。
規模の小さな病院では導入が困難
ナイトフロート制度は、十分な医師を確保できる医療機関でなければ実施するのは難しいと言われています。というのも、夜間業務を担う医師が少ない医療機関では、短期間でナイトフロートが繰り返されてしまうからです。多くの研修医が揃っている医療機関では、夜間業務を担う期間は1年間に数回程度。対して、研修医が少ない医療機関では、限られた医師のみでその期間を順番に担当していかなければならなくなります。そのため、研修医の負担や生活の乱れは大きくなり、さらに正規教育の不足が深刻になることも懸念されるでしょう。
研修医の負担軽減策として、よりよい制度になることを目指す
ナイトフロート制度は、研修医の長時間労働を是正し、より効率的な臨床研修を実施することができるようアメリカで広まった制度です。アメリカでは現在7~8割の医療機関がナイトフロート制度を取り入れており、日本でも沖縄県立中部病院をはじめ、ナイトフロート制度を導入する医療機関が増えています。
ナイトフロート制度は労働時間短縮だけでなく、研修医の満足度向上、負担軽減、スキルアップといった様々なメリットがあります。その一方で、引継ぎの負担が増加する、正規教育の機会が少なくなる、生活が乱れがちになるなどのデメリットも問題視されているのが現状です。
2024年には医師も働き方改革にて時間外労働の上限が定められるため、日本でもナイトフロート制度が広まっていくと考えられます。デメリットをうまく解決し、実りある研修制度を確立することが望まれます。
ドクタービジョン編集部
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